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「両利きの経営」の実践論。成熟企業がイノベーションを起こす方法 チャールズ・オライリー教授 来日イベントレポート

0.導入

成熟した企業が「両利きの経営」を実践し、新規事業を創出するためには何が必要か──。2023年2月7日、AlphaDrive/NewsPicksは国内企業のトップマネジメント層約60名を招き、エグゼクティブセミナーを開催しました。

ゲストは「両利きの経営」の提唱者であるチャールズ・オライリー氏、日本における共同研究者である加藤雅則氏、欧州企業において「両利きの経営」を実践するアンドリュー・ビンズ氏の3名。新著『コーポレート・エクスプローラー ──新規事業の探索と組織変革をリードし、「両利きの経営」を実現する4つの原則』(2023年2月3日、英治出版)をテーマに、最新の知見を語りました。

当記事では、皆さまにその内容をお伝えすべく、イベントの一部をレポートします。

※本セミナーは『コーポレート・エクスプローラー ──新規事業の探索と組織変革をリードし、「両利きの経営」を実現する4つの原則』(2023年2月3日、英治出版)の出版を記念して開催されました。(https://www.amazon.co.jp/dp/4862763294

1.成熟企業の新規事業を担う「コーポレート・エクスプローラー」

既存のコア事業を改善・深化しながら、新規事業の創出に取り組む「両利きの経営」。日本でも多くのビジネスパーソンの間で、スタンダードな概念として浸透しつつあります。一方、大企業をはじめとする成熟企業にとって、スタートアップが得意とする「破壊的イノベーション」は不向きとされており、新規事業の創出は多くの企業にとって悩みの種になっています。

オライリー氏やビンズ氏らは著書の中で、企業の内側からイノベーションを実現する担い手を「コーポレート・エクスプローラー」と定義。成熟企業から新規事業が生まれにくい現在、コーポレート・エクスプローラーの存在がイノベーションの鍵になると言います。

『コーポレート・エクスプローラー ──新規事業の探索と組織変革をリードし、「両利きの経営」を実現する4つの原則』

セミナーの前半、主著者であるビンズ氏が登壇しました。マッキンゼーやIBMなどで長年コンサルタントとして活躍し、多くの企業のトランスフォーメーションに伴走してきた同氏は、「大企業でもイノベーションを起こせる、大企業だからこそスタートアップに勝ることができる」ことが、同書最大のメッセージだと話します。

ビンズ氏:「現代のイノベーションの代表格であるグーグルやアップルらが小さなガレージからスタートしたという事実から、いつの間にか『イノベーションは小さな企業に任せておけばいい』という発想が広がりました。大企業のマネージャーは、自分たちがイノベーションを起こすことよりも『どのように社外からアイデアを得るか』という考えに固執しているように見えます。これでは、組織は思うように成長できません。

しかし世界を見渡すと、新たな領域で事業を立ち上げて成長する大企業が多数存在することが分かります。かつてGAFAに負けると思われたマイクロソフトは、オンプレミス型のサービスが主力事業でしたが、既存サービスとは異なるチームを設置して、SaaSのプラットフォームを集中的に成長させました。今日、マイクロソフトのサービスは世界中を席巻しています。

ビンズ氏:「日本企業でも、AGC(旧旭硝子)のように伝統的なガラス事業からライフサイエンスという新規事業を創出した例があります。これも、既存事業から新規事業へと注力領域をシフトした非常に戦略的なアクションといえるでしょう。

また、ヨーロッパで2,000万人もの顧客を抱える保険会社のユニカ・インシュアランスでは、ハンガリー支社でCEOを務めていたクリスティアン・クルティス氏が、サブスクリプション型の保険商品を創出。同社は200年もの歴史を持つ成熟企業ですが、ベンチャーキャピタルに頼ることなく、社内の新規事業で保険業界にイノベーションを起こしたのです。

2.成熟企業がイノベーションを創出する方法

成熟企業が社内でイノベーションを起こすため、コーポレート・エクスプローラーはどのように行動するべきか。ビンズ氏はイノベーションを起こす三つの原則を示します。

ビンズ氏:「一つ目が『着想(アイディエーション)』です。起業家もコーポレート・エクスプローラーも、まずは新しい事業アイデアを生み出さなければなりません。

二つ目が『育成(インキュベーション)』。顧客課題に対するソリューションを具体的に検討し、どのアイデアがふさわしいか、事業化のための仮説検証の段階です。

三つ目が『量産化(スケーリング)』。顧客のニーズに対して、自社の資産とケイパビリティを結集して、検証された成果を量産化する道筋を考えます」

またビンズ氏は、成熟企業が陥りやすい事象として、新規事業を採用する基準が明確でないために、アイデアばかりが生まれ、育成・量産化に進めなくなる“Innovation Zoo”を挙げます。経営者はコーポレート・エクスプローラーが活動しやすい組織環境を整えること、さらに自社の資産とケイパビリティを組み合わせて、大企業の強みである量産化への道筋をつけることを重視すべきだと言います。

さらにビンズ氏は、コーポレート・エクスプローラーと起業家の違いを「組織におけるリーダーシップ」だと語ります。

ビンズ氏:「コーポレート・エクスプローラーには、イノベーションを起こす力だけでなく、組織カルチャーを変革するリーダーシップも求められます。つまり、イノベーターであると同時に、チェンジ・エージェントでもあるのです。なぜなら、成熟企業で新規事業創出に取り組むと、多くの場合それを阻む “サイレントキラー”に直面します。これは組織のルールや慣習、常識といったもので、意図しなくても発生する、新しい考えへの拒否反応です。

私が見てきたコーポレート・エクスプローラーの成功者たちは、サイレントキラーに立ち向かうため、『自分が活躍する』よりも『皆の力を結集するためにはどうすべきか』を考え、チームメンバーを巻き込みながら新規事業を実現しています」

最後にビンズ氏は、アポロ11号による月面着陸を引き合いに、逆風にさらされるコーポレート・エクスプローラーと実践企業にエールを送りました。

ビンズ氏:「人類を初めて月に送るという歴史的なプロジェクトが進行していた当時、アメリカの世論調査では約70%の人が反対していました。しかしNASAは、それをやり遂げた。クレイジーといわれた人こそがイノベーションを起こし、英雄になるのです。このプロセスを、コーポレート・エクスプローラーは経験することになるでしょう」

3.「両利きの経営」実践のポイントは“アラインメント”

次に、オライリー氏が講演。企業が「両利きの経営」を実践する条件について語りました。

オライリー氏:「『両利きの経営』とは、組織が主力とする成熟事業において、顧客志向の漸進的な改善や効率化を進めながら、新しい事業を開発して成長させていくことです。これを組織が実行する上で、最も重要になるのが組織アラインメント(組織活動の基本要素である『KSF-人材-文化-制度』における整合性)です」

オライリー氏は、組織アラインメントが強固なほど、戦略を実行できる可能性が高まると語ります。

オライリー氏:「重要なことは、戦略実行のためにどのように行動すべきかを社内で共有していることです。ここで忘れられがちなのが “文化”という概念でしょう。ただ、文化とは風土や社風といった抽象的なものではなく、その組織特有の行動パターンです。文化を行動パターンとして捉えると、マネジメントが可能となります。マネジメント層の方は、組織内の行動パターンを文化だと考え、育んでいってください」

組織文化の醸成は企業を成功に導くと同時に、企業を危険にさらす可能性もはらんでいると、オライリー氏は続けます。

オライリー氏:「組織は成功するほど年を重ね、文化としての行動パターンが蓄積されます。この成功体験が必然的に組織惰性(イナーシャ)を生み出すため、組織活動が固定化されてしまい、イノベーションとはかけ離れたものに変わってしまう。そのような体験が思い当たる方も多いのではないでしょうか。なぜこのような現象が生じるかというと、顧客に寄り添うという根本的な考え方が、内向きの論理を優先する形へと変化してしまうからです」

そしてオライリー氏もまた、イノベーションを起こす三原則「着想」「育成」「量産化」の重要性を説きます。

オライリー氏:「(数々のイノベーションを起こしてきた)アマゾンでは、従業員が自由にアイデアを提案できる仕組みがあります。発案者はまず、プレスリリースと質疑応答からなる文章『PR/FAQ』にアイデアをまとめます(=着想)。次に、どのように事業化するかを慎重に検討し、指摘を受けながら改良を重ねていきます(=育成)。そして、良いアイデアには会社がリソースを提供し、ミニマムのプロダクトを実装。顧客が満足すれば、さらに拡大していきます(=量産化)。

従業員がビジネスのアイデアを提案し、顧客課題に寄り添いながら事業アイデアを検証する機会を経て、自社の資産と組織能力を投入して規模を拡大する。イノベーションの三原則を実践し、50億ドル規模のビジネスを実現したことが、アマゾンという企業が成し遂げた『両利きの経営』なのです」

しかし多くの場合、既存事業からアセットや人材を確保し、新規事業へと回すことは困難です。オライリー氏はAGCの取り組みを例に挙げながら、「両利きの経営」実現のためのアクションについて話します。

オライリー氏:「まず、幹部層が目線を完全にそろえることです。幹部間に意見の相違が生じると、社内政治の問題に発展してしまいます。次に、探索事業に正統性を与える包括的なビジョンを持つこと。そして、新規事業のための独立したチームを設けることです。“深化”にあたる既存事業と“探索”にあたる新規事業は、全くの別物。これらを構造的に切り離すことで、新規事業が成長した際、人材やアセット、顧客への販路を確保できます。経営者はこの仕組みづくりに対し、5〜7年のスパンで取り組むといいでしょう」

4.「両利きの経営」は、誤った認識で広がっている

二人の講演の後、共同研究者の加藤氏がコメント。日本において「両利きの経営」が誤った認識で広がっている現状を訴えました。

加藤氏:「両利きの経営」は昨今、日本でも広く知られるようになりました。これは非常に喜ばしいことではありますが、その際に「知の探索」「知の深化」という言葉が使われたことから、個人の学習論やマインドセットの話として認識されるようになりました。

本来「両利きの経営」とは組織システム、組織アラインメントの考え方であり、個人レベルの知的活動とは異なるもの。経営者の覚悟を問うているのです。

誤った認識が広がってしまったことで、企業の中には(知の探索・知の深化に取り組む)部署を設けてそれで終わり、というケースが出てきています。「両利きの経営」は、探索活動のための社内環境である組織アラインメントをどのように調えるのか、という取り組みです。オライリー先生たちの理論には、「知」(knowledge)という概念は含まれていない、ということをこの場を借りて改めて訂正します。

オライリー先生、アンドリューさん、2人の考えやメッセージを、日本独自の解釈ではなく、真っ直ぐに受け取っていただけますと幸いです。

5.パネルディスカッション:「両利きの経営」で求められる、トップマネジメント層のスキル

講演の後、オライリー氏、ビンズ氏、加藤氏に、モデレーターを務める麻生が加わり、パネルディスカッションが行われました。

麻生:「『両利きの経営』を実践しようとする日本企業では、イノベーション部門を新設して有能な人材を配置しても、いざ運営すると機能しないケースが散見されます。どのようなマネジメント方法が適切でしょうか」

ビンズ氏:「探索事業を立ち上げる方法は、いくつかあります。一つ目は、社内から幅広くアイデアを募るボトムアップの方法です。例えば、インテルのように社内のアクセラレーターやイノベーターが取り組む方法で、アイデアをより大きなビジネスに変えられるメリットがあります。

二つ目は、経営者のトップダウンで探索のための別部門をつくること。これはAGCやNECが実践している方法で、実証実験などで裏付けられたソリューションに対して、大量のリソースを投入するように働きかけることができます。

三つ目の方法は、先ほどの講演で取り上げたユニカ・インシュアランスのように、従業員自らがコーポレート・エクスプローラーとなり、取り組むことです。多くの企業では、コーポレート・エクスプローラーが自然に誕生することを望むでしょうが、偶発性が必要です。三つ目を実現するには一つ目、二つ目の方法に取り組み、新規事業を支援する環境や仕組みを整えていくことが必要でしょう。

トップマネジメント層には、既存事業と新規事業を同時に理解し、目の前の利益と未来をつくる事業とのバランスを保ち、矛盾を両立するリーダーシップが求められるのです」

加藤氏:「少し日本の例で補足すると、探索部門(イノベーション部門)をつくっても、それで終わってしまっているケースがあるようです。コーポレート・エクスプローラーが組織の中で孤立してしまわないように、経営トップが自ら既存事業との間をミディエーション(仲裁)するなど、定期的に進捗を確認するハンズオン型の支援が重要です」

5.パネルディスカッション:“Innovation Zoo”に陥らないため、ハンティングゾーンを設ける

麻生:「日本の成熟企業では、思うようにアイデアが集まらない、コーポレート・エクスプローラーが生まれないといった課題があります。どのようなアプローチが有効でしょうか」

オライリー氏:「アイデアを出しやすい仕組みを用意し、広く募ることです。例えばインテルでは、事業アイデアを募集するテンプレートを全従業員約9万人に提示したところ、1年間で約500ものアイデアが集まったそうです。

それらをスクリーニングし、25のチームにプレゼンをしてもらい、5〜7個を育成プログラムに入れてトレーニングし、最終的に2個のプランを事業化しました。

200程度のアイデアがあれば1つの新規事業が生まれると考えると、十分な数ですよね。もっとたくさんのアイデアが集まる企業もありますが、多すぎるとかえって“Innovation Zoo”に陥る恐れもあります。これについてはアンドリュー(・ビンズ)さんに話してもらいましょう」

ビンズ氏:「“Innovation Zoo”に陥らないためには、どのアイデアを進めるのか、ストップするのかといったハンティングゾーン(事業化に注力する領域)を設けることが重要です。自社のアセットを用いて大きな事業にできるか、コモディティー化しないかなど、さまざまなことを設定した上でアイデアを募ることがトップの役割でしょう」

加藤氏:「アンドリューさんは本の中で、ハンティングゾーンの重要性を説いていますね。企業はパーパスを掲げるだけでなく、『パーパスをどこで実現するか』というハンティングゾーンを最初に定めなければいけません。“Innovation Zoo”に陥らないためには、まず的を定め、それから『着想・育成・量産化』の原則を実行することが必要なのです。またこの実行プロセスは、新規事業に取り組むチームが正当な役割を担っているということを社内外に示す効果もあります」

ビンズ氏:「AGCなどはハンティングゾーンを定めることで、事業範囲の境界線を従業員と共有しています。トップに求められるのは、何も未来を正確に予測することではありません。『自分たちはどこからきて、どこに向かうのか』という大きなストーリーを示し、エンジェル投資家のようにコーポレート・エクスプローラーの活動を支えていくことです」

オライリー氏:「日本企業の強みは、長期的な思考を持ち、事業の社会的意義や組織のパーパスをしっかりと考えられることです。加えて、可能性に満ちた若い人材を抱えています。まず経営トップが方向を定め、従業員に挑戦する機会を提供することで、コーポレート・エクスプローラーが生まれると思います」

セミナー開催後、質疑応答、メディアを対象とした囲み取材を実施。その後、ゲストと参加者の交流会が行われました。

AlphaDrive/ NewsPicksは創業以来、多くの企業の組織変革・新規事業創出を支援してきました。
これからも事業に取り組むとともに、皆さまのビジネスのヒントとなる、最新の知見をお伝えする機会を設けていく予定です。
ぜひご期待ください。

写真:曽川拓哉
執筆:相澤優太
編集:大久保敬太

登壇者について

チャールズ・オライリー

スタンフォード大学経営大学院 教授/チェンジ・ロジック 共同創業者

アンドリュー・ビンズ

チェンジ・ロジック 共同創業者

加藤 雅則

株式会社アクション・デザイン 代表取締役/IESE(イエセ) 客員教授/チェンジ・ロジック 東京駐在

麻生 要一

株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO

大学卒業後、リクルートへ入社。社内起業家として株式会社ニジボックスを創業し150人規模まで拡大。上場後のリクルートホールディングスにおいて新規事業開発室長として1500を超える社内起業家を輩出。2018年に起業家に転身し、アルファドライブを創業。2019年にM&Aでユーザベースグループ入りし、2024年にカーブアウトによって再び独立。アミューズ社外取締役、アシロ社外取締役等、プロ経営者として複数の上場企業の役員も務める。著書に「新規事業の実践論」。

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