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JR東日本7万人社員から1000件超、続々とアイデアが湧き出る新規事業制度の極意

導入

東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)の新規事業開発プログラム「ON1000(オンセン)」は、駅員・運転手・車掌などの鉄道事業部から生活サービス事業部に至るまで全社員が募集対象。東日本で働く約7万人の社員が、「既存の延長線上ではない、“非連続”な事業であること」を条件に事業アイデアを起案できる制度だ。

湧き出る温泉のように新規事業を生み出し続けるチャレンジカルチャーはいかにして作られたのか

1. 自社とのシナジーは不要!非連続的な事業を生み出す「ON1000」

──菊池さんは、新規事業に携わるまでどのような経歴を歩んでこられたのですか?

東日本旅客鉄道(JR東日本)に入社、鉄道事業以外の当社で生活サービス事業と呼んでいる駅ビル事業や駅の構内事業に携わってきました。駅ビルショッピングセンターの運営のフロア運営や、お店を入れ替えるテナントリーシングなど。

その後、三鷹〜立川の高架下12キロの一体開発プロジェクトを手掛けることになりました。駅ビルを開業させたり、高架下の間の空間を作っていったり。いわゆる沿線開発事業です。

2018年に現在の部署で事業創造本部に異動となり、社員から提案を受けた新規事業開発プログラム「ON1000(オンセン)」を企画立案しました。現在は主に、新規事業開発の仕事を行なっています。

──新規事業プログラム「ON1000」について教えてください。

JR東日本・全社員を対象にした新規事業提案プログラムです。温泉と同様、湧き出るように、数多くの新規事業を生み出したいという思いが込められています。また、新規事業の成功率は「千三つ」(せんみつ)と言われるため、1000のアイデアが集まるようなプログラムに、という意図も込めています。

「ON1000」が掲げるテーマは、「既存の延長線上ではない、“非連続”な事業であること」。既存のリソースを生かした事業を新規事業として生み出す企業も多いですが、弊社は非連続な事業で未来の新しいビジネスを生み出すことを目的に置いています。アイデアのジャンルはロボット、ブロックチェーン、エネルギー、SDGs、何でも構いません。

そのため、時間・課題・物理的な場所の軸で、既存事業から大きくスコープを広げるよう呼びかけます。今目の前の課題ではなく、30年後の未来に目を向ける。自社課題ではなく、社会課題や環境問題に着目する。そして、東日本ではなく、日本全国あるいは世界を市場に見据える。幅広い視点でアイデアを起案できる制度になっています。

──そこまで事業範囲を広げる制度も珍しいと思います。どのような背景で新規事業制度を立ち上げたのでしょうか?

JR東日本の鉄道事業は、人口との関連のある収益です。人口が減少すれば移動ニーズが減り、比例して収益が下がります。我々の予測では、2040年にはJR東日本対象エリアにて、3割程度の人口が減少する。少子高齢化社会の今、鉄道以外の事業で収益を生み出すことが急務なのです。

さらに、コロナ禍で鉄道事業に大きな打撃があった。新規事業をどんどん生み出さなければならないという危機感は全社に浸透しており、経営ビジョンでも謳っています。

2. 500文字でエントリー完了!多彩なワークショップで誰もが参加できる制度に

──制度立ち上げのきっかけ・経緯について詳しく教えてください。

弊社は国鉄からJR東日本に民営化され、2017年に民営化30周年を迎えました。民営化直後は、生活サービスと呼ばれる駅構内・駅ビルの事業開発を進めてきましたが、30年で既存事業化してきた。そこで30周年プロジェクトの中で、もっと多様な事業を生み出す新規事業制度を立ち上げようという案が挙がりました。

実は以前、社内に別の新規事業提案制度はあったのですが、10年ほど前に休止になっていました。会社とのシナジーや収支を重視した結果、エントリーのハードルが高かったんです。そこで当時の反省を振り返りながら、他社事例も聴きながら、弊社にとって浸透しやすい制度を模索していきました。

──様々な観点を取り入れた「ON1000」制度の特徴とは?

弊社の社員全員が対象になりますので、鉄道事業に携わっている駅の社員や運転士も当然応募可能です。事業構築スキルのない社員でも参加しやすいよう、エントリー前に新規事業の考え方やアイデアの出し方を学ぶワークショップを行なっています。

ON1000の名前の由来にもある通り、とにかくたくさん考えて、とにかく実行していくプロジェクトになっているので、エントリーは簡単です。用意された500文字のフォーマットに入力するだけ。新規事業で非常に大事な「誰の、何をどのように、なぜやらなければいけないのか」という観点が盛り込まれたフォーマットになっています。

書類審査の後プレゼン審査があり、通過すると事業創造本部の社員・外部コンサルタントによる3ヶ月のメンタリングを受けてもらいます。事業化に向けて、様々な視点からブラッシュアップしていく。

最終審査ではJR東日本の社長が審査委員長を務め、通過案件は、事業化検証フェーズに入ります。現業と事業創造本部の兼務となり、半年ほどP oC検証(概念実証)を実施。検証終了後に再度、本当に事業化できるのかを審議し、承認されると事業創造本部に異動、本務で事業推進に携わることができるというプログラムです。

事業化後は、3年程度で黒字化を目指し、事業部に組み込まれることもあれば、独立した事業部の創設、子会社化など柔軟に対応する予定です。

──事業はどんな審査基準で選ばれるのでしょうか?

本人の思いが一番重要です。メンターや外部のコンサルタント会社がサポートし、事業計画のブラッシュアップに伴走するので、事業開発スキルは後から付けられる。それよりも、本当に事業をやり遂げたいという思いがあるのか、能動的に動けるのかを審査しています。

事業規模はそこまで必須項目にしていません。いきなり鉄道事業に匹敵する事業を作るのは困難ですし、「ON1000」はマイクロカンパニーをどんどん生み出すことが目的。黒字化できるかどうかは重視しますが、いきなり事業売上を迫ることはありません。

3. ベビーカーからペットの健康サポートまで。再チャレンジも大歓迎

──今年で3年目となるON1000。応募数はどのくらいあるのでしょうか?

初年度は1,051件の応募がありました。2年目は595件だったのですが、3年目はコロナ禍で会社の状況への危機感も高まったのか、881件の応募が集まってきました。1,2年目の経験者が3年目も応募し、プレゼン審査に通るケースも多いです。毎回10件以上提出する人もいます。

同じアイデアでもブラッシュアップすれば再び挑戦可能なので、どんどん事業案の質が上がっている印象です。初年度は1,051件の応募に対して書類通過をしたのが約50件。プレゼン審査に8件通過し、社長の最終審査に通ったのが3件です。

──具体的にどんな事業が今進んでいるのでしょうか?

ベビーカーのレンタルサービスや、地方の観光ツアーバスを個人旅行でも買いやすくするプラットフォーム、ペットの健康サポート事業など本当に多岐に渡っています。ペットの事業は提案した社員の飼っているペットが手術時に血液が足りず、Twitterで呼びかけて何とか手術を成功させたという経験から生まれた事業です。

既存の延長線上ではないですが、アイデアのイメージは駅や鉄道起点のものが多く、乗客の方々の課題解決から考えていくケースが多いですね。お客様がすぐ目の前にいるというのは、新規事業を生み出す上で大きなポイントになっていると思います。

──事業範囲が絞られないと、逆にアイデアを考えにくいというケースもあると思います。アイデア出しへの工夫はありますか?

テーマは特に設けてはいないのですが、やはり課題があるところにビジネスの種があるので、どこに課題があるのかを考えるようワークショップで伝えています。個人の生活者として、本当に困っていることは何か。どうしても会社人として発想すると会社の課題に目が向きがちなので、生活者としての視点を持つように促します。

4. エリア支社の事業部長から各現場への挑戦促進が効果的

──挑戦の風土というのは全社に浸透しているのでしょうか?

そうですね。人口が減少すると鉄道事業の収益も下がるという事実をずっと発信し続けていること。会社を成長させさせていくために、どんどん新しいことをやらなきゃいけないんだという風土は浸透しているなと思います。コロナ禍で特に危機感は増した印象です。

「ON1000」は約7万人の全社員が対象、年齢はもちろんあらゆる雇用形態・職種の全員にチャンスがある。しかも既存の事業の延長線上ではないので、全員が同じスタートラインに立っています。自分もアイデアを出してみよう、と思える制度になっていると感じています。

──とはいえ、離れたエリアで決められた仕事をしていると、“自分には関係ない”と感じてしまう社員もいそうです。全社員を巻き込む工夫はどのようにされていますか?

社内にポスターを貼ったり、社内報で案内したり、経営陣が積極的にPRしたりなどの工夫はもちろんしています。エリアごとの支社と連携しながら説明会をカスタマイズしたり、新規事業について初めて聞く社員・応募を本格的に検討している社員など段階別に分けたワークショップを企画したり。コロナ禍をきっかけにオンライン会議が促進されたので、遠隔でもこういったイベントに参加しやすくなったことも良かったです。

中でも効果的なのは、エリア支社の次部長・事業部長などの幹部から、各現場に問いかけてもらうこと。上長から新規事業にチャレンジして良いんだと言ってもらえることは後押しになるようです。また今現場の社員、駅社員・運転手も含めて、全員にタブレット端末を1人1個配備しているので、そういったツールを活用して情報発信やセミナー実施をするようにしています。

5. オープンイノベーション活用で、事業構築力の高い新規事業制度へ

──プロジェクトの実効予算は予め確保しているのでしょうか?

PoC期間についてはある程度目安の予算を決めて、最初に意思決定をするようにしています。ただ実際にいくら使うかはプロジェクトによってまちまちなので、それは事業計画に基づいて個々に判断します。現実問題、部門PLに基づく上限はあるので、他部署との調整もしながら進めています。

──新規事業と既存事業の連携を図りたい時、スピード感をあげる調整などはされていますか?

部署やグループ会社によってケースバイケースではありますが、やっぱりメリットをどう提示するかでスピード感はだいぶ変わってくるなと思います。両者のメリットが一致すれば、1ヶ月程度でPoCに至るケースも多い。大企業だから遅くなるといったジレンマを感じたことはないですね。

──ON1000参加によって人事評価にはどう影響してくるのでしょうか?

現業によるとは思いますが、会社としては新しいことに取り組むことがイノベーションであると掲げているので、ON1000に参加する姿勢というのは当然ポジティブに寄与していると思います。もちろん我々運営側も現場に出向き、参加者の活動内容や今後の動きを逐一伝えることで、上長に理解を得られるよう動いています。

──制度において感じている課題があれば教えてください。

現業と事業創造本部の兼務期間は、両立が難しい時期もあります。新規事業には、ワーッと時間かけて検証しなきゃいけない期間がある。この特性と現業で携わっている職場の波とか必ずしもうまい具合に一致するとは限られないので、そういった時期は結構大変な瞬間であるのかなと思います。また、1人で考えるのではなく、チームビルディングをしながら事業のブラッシュアップをしていける仕組みにしていきたいです。

──今後制度として見直していきたい箇所はありますか?

駅というリアルなサービスを中心に事業があるので、現場のお客様に向いたサービスを描きやすいのはすごく良いポイントなのですが、どのように実現するのかはなかなか考えにくいんです。テクノロジーシステムや事業構築のノウハウが少ないのは、課題に感じています。解決したい課題が見えた段階で、うまく他社とオープンイノベーションを推進する場を作っていけると嬉しいですね。ぜひ他の会社さんと連携させていただきながら、新規事業で一緒に日本を盛り上げていきたいです。

登壇者について

菊池 康孝

東日本旅客鉄道株式会社 事業創造本部

東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)に新卒入社後、駅ビルショッピングセンターのフロア運営、テナントリーシング業務を経験。その後、中央線の三鷹~立川新規高架下一体開発プロジェクトにて駅ビル開発や沿線開発事業に携わる。2018年、現在の所属部署である事業創造本部にて、社員による新規事業開発プログラム「ON1000(オンセン)」を企画立案し、スタート。プログラムの実施、制度設計、推進体制整備に取り組んでいるほか、JR東日本の実際の新規事業の企画・推進を実施している。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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