0.導入
新規事業開発の担当者が知っておきたい「基本」を掘り下げるセミナーシリーズ「今さら聞けない 新規事業開発のキホン」、今回のテーマは「事業開発に必要なスキル」です。株式会社アルファドライブ取締役兼COOの古川央士が解説します。
1.必要なスキルはフェーズごとに変化する
新規事業開発のフェーズは、主に7つ(図参照)に分けられます。そして、フェーズごとにやるべきことが変化する特徴があります。初期フェーズでは少人数で取り組んでいても、フェーズが進むにつれ所帯が大きくなり、大人数で事業化や事業拡大を考えなければならなくなります。そのため、新規事業開発には通り一辺倒なスキルではなく、各フェーズに適応したスキルが必要になります。
特に第4フェーズ「事業性実証」は大きな転換点です。「仮説を立て、検証を通じて事業計画をつくる」から「事業を運営して拡大させる」へと変わりますので、必要とするスキルの変化は明らかです。
2.新規事業開発の7フェーズを徹底解説
ここからは、各フェーズで必要となるスキルを解説していきます。
①アイデア創出(WILL/ENTRY期)
新規事業のスタートとなるアイデア創出のフェーズです。企業内の新規事業開発であれば、既存事業から抜てきされる人もいるかもしれません。その場合、これまでの安定していた既存事業から離れ、チャレンジングな領域に身を投じることになります。
ここで求められるのは、事業開発の着火点となる「WILL(当事者としての想い)」を認識し、それを発揮するスキルです。同時に、起案者もしくは事業リーダーとして周囲や関係者を巻き込みプロジェクトを引っ張っていく「リーダーシップ力」も必要です。一方で、最初の一歩を踏み出すことがこのフェーズの主目的であるため、後半のフェーズで求められる「事業計画を書く力」のようなスキルはここでは不要です。
②顧客課題実証(MVP1期)
顧客課題実証は、頭の中だけで考えるのではなく、実際に顧客となる相手を見つけ、彼らの言葉を深掘りしながら課題を特定するフェーズです。
このフェーズでは、積極的にたくさんの顧客に会いに行く「フットワーク力」「突破力」、正しく顧客ヒアリングを行うための「リサーチ力」「ヒアリング力」、本質的な課題を見失わないための「構造化力」が必要です。
③ソリューション実証「MVP 2期」
顧客の課題を見つけた後は、その課題を解決する方法を考えて検証するフェーズに移ります。具体的には、課題を抱えた顧客にどのような価値を提供すれば解決するのか定義し、それをソリューション化していきます。
ここで必要になるのは、提供価値を言葉に変える「言語化力」、定義した価値を形あるものに落とし込む「プロトタイピング力」です。さらに、顧客の反応が芳しくなかった場合に、即座に方向転換する「ピボット力」も重要です。
次のフェーズの事業性実証に適切につなげるためには「要素分解力」と「ストーリー構築力」も備えているといいでしょう。
④事業性実証「SEED期」
ここまでのフェーズを通して「顧客の満足」を得られた事業アイデアだけが、事業化へと移行します。
事実性実証のフェーズでは、サービスを世に送り出せるレベルまでつくり込む「サービス開発力」が必須となります。さらに「セールス力」「カスタマーサクセス力」「オペレーション設計力」も欠かせません。
特に近年のサービスは“売って終わり”ではなく“売ってからが始まり”です。顧客からフィードバックを得る仕組みも設計できるスキルは重要です。
⑤事業拡大「ALPHA期」
一定程度事業が成功すると、事業拡大のフェーズに突入します。市場をより広く捉えてスケール化を目指します。
事業拡大で求められるのは、広義の「マーケティング力」です。そして事業成長に伴い体制が拡大して組織化するため「組織マネジメント力」と「採用力」も必要になります。また、成功した事業には必ずといっていいほど競合が現れます。競合に勝つために、「競争戦略構築力」も必要になるでしょう。
⑥事業成長「BETA期」
より高度な事業拡大を図っていきます。このフェーズに到達する頃には、組織の規模は3桁まで膨れ上がっていることも考えられます。そこで事業拡大フェーズで培った組織マネジメント力をさらに発展させた「100人組織マネジメント力」が求められます。企業としての「コーポレートガバナンス力」なども必要でしょう。
また、当初想定していた顧客セグメントを一定獲得できた、またはできる見通しが立っていることでしょう。そこからさらに事業を拡大・発展
⑦大玉化「EXIT期」
事業としてサービス提供・拡大し続けるのであれば話は別ですが、企業内の新規事業であれば、イクジット戦略を選択するケースも想定されます。その場合は、会社の経営戦略の中に新規事業を組み込み、その会社・グループの1カンパニー・1事業セグメントを担うまで“大玉化”させていく「経営戦略構築能力」が求められます。
3.必要なスキルは、役割分担でカバーする
このように、新規事業開発にはフェーズによってさまざまなスキルが必要です。起案者はこれらすべてのスキルの習得が必須かというと、そうではありません。
新規事業改発で重要なのは「役割分担」の考えです。フェーズが進むごとにやるべきことが変化し、求める人材・スキルもユニークになってきます。チームの中で役割分担して、現在のフェーズに必要なスキルをまかなっていけばいいのです。チーム内にスキルを持つ人がいなければ、それを得意とする人を引き入れましょう。起案者は、先々の人材戦略の中で自分はどの役割を担うのか、どの役割の人を採用したり育成したりするのかを考えてみるとよいでしょう。
4.スキルの習得は、現状認識と反復学習で進める
ここまで解説した各スキルは、後天的に身につけていくことができます。そのためにまず行うべきは、メンバーの「現状認識」です。
自分あるいは育成対象者が、どのような資質・スキルを有しているのか認識します。例えば、イントラプレナー資質評価、POT Assessment、EQPI、MBTIなどのプログラムを使いながら、ある程度機械的(客観的)に把握することをお勧めします。
次に行うのが、「論理と実践の反復学習」です。論理的なことばかり学んでも、実践で役立たなければ意味がありません。反対に、基礎的な知識がない状態で実践に移っても、成果を持ち帰ることは難しいでしょう。理論と実践を反復させることが大切です。
理論学習の具体的な方法としては、書籍での学習や、インターネットを用いた動画学習、資料共有などが挙げられます。当社の関連会社が提供する「NewsPicks Learning」もこれに当てはまります。
実践学習の方法は、とにかく「顧客に会いに行く」ことです。これをよりスムーズに行い、成果を得るための方法として、社内外のメンターの活用が挙げられます。経験を持つメンターの支援を得ることで「どのような聞き方をすればいいか」など、実践のヒントを得られるでしょう。
5.Q&A
セミナーの最後に、参加者から寄せられた質問に回答しました。一部を紹介します。
Q :新規事業の担当者です。事業案に対して、経営陣から「収益性はあるのか」と指摘を受けます。まだイメージを具体化できない場合にどうすればいいか、解決の手段やスキルがあれば教えてください。
古川:指摘のタイミングによって解決方法は変わります。例えば、アイデア創出や検証といった前半のフェーズであれば、以降にピボットしていく可能性があるため質問に答えるのは難しいでしょう。一方、後半のフェーズで同じ指摘を受けて「イメージを具体化できない」としたら、これは起案者に問題があるかもしれません。事業化が進む後半フェーズでは、明確な論拠がなければ経営陣は納得しません。
この場合に有効なのは、「論拠」を伝えること。例えば「顧客がある課題を抱えており、現在それに対してどのくらいのお金や時間が使われている。
そして現状では課題は解決しきれていない」という実態として提 示できれば、課題を解決する新サービスができれば、顧客がお金を払ってくれるという論拠になります。
また、有償検証(有償PoC)を行って「顧客がサービスにお金を払った実績」をつくり、それを論拠に収益性を示してもいいでしょう。
Q :事業拡大フェーズに必要な「競争戦略構築力」ですが、事業を考える前半フェーズでも必要なのではないでしょうか。
古川:今回解説した「競争戦略構築力」は、実際に事業を立ち上げた後に起こる本当の競争戦略です。それに対し、アイデア創出や実証のフェーズで検討する戦略は、あくまでも机上のものです。どれだけ深く考えたとしても、空想上の出来事でしかありません。
起案時にある程度の競合を想定しておくのはよいことですが、必須のスキルではないと考えます。
登壇者について
古川 央士
株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO
青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。