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業務の中で生まれた「違和感」を事業アイデアに キリングループ発 LeapsIn事業誕生の軌跡

導入

2018年にキリングループから生まれた株式会社LeapsIn(リープスイン)は、食品製造のマッチングプラットフォームを運営。食品業界における「情報の非対称性」を解消することで、豊かな「食」の提供に貢献することを目指す。キリングループという大きな組織の中で、いかに社内起業を成功させたのか。株式会社LeapsIn代表取締役の日置淳平さんに話を伺った。

1. 始まりは、研究開発業務の中で生まれた「違和感」

──まずは「LeapsIn」のサービス概要を教えてください。

「LeapsIn」は食品プロダクト開発を行う企業と、全国の食品工場を繋ぐマッチングサービスです。サイト内でユーザー登録を行い、案件・工場の情報をそれぞれ入力すると、おすすめの案件や工場がマッチングされ、商談を進めていただくことができます。案件側・工場側ともに1200アカウントを超えるような規模に成長(2021年11月時点)。食品OEM業界において、なかなか希少なプラットフォーム規模になってきているのかなと思っています。食品プロダクト開発のコンサルティングと、システム使用料でマネタイズを実施。今後は様々な機能を追加していくことを構想しております。

──サービスの構想はどのようにして生まれたのでしょうか?

私は2008年にキリングループ入社後、工場の管理や研究開発に携わってきました。研究開発を行い、いざ商品化しようとする時に大きなハードルとなっているのが、どの工場でどう製品を実現し、量産化するかという点です。食品の受託製造OEMという業界はまだまだアナログな部分が多い。工場を探すにはひたすらWeb検索をしたり、展示会に行ってパンフレットを集めたりする必要があります。

例えば飲料会社であるキリンの中でグラノーラのような固形食品を開発しようとする時、グラノーラを生産できる工場を自分で探さないといけない。食品工場は全国に約5万社ありますが、自社HPがない工場もあるし、各工場のスペックが一覧になっている訳でもありません。製品を開発するたびに手作業でリストを作るのですが、プロジェクトが終わるとリストは破棄されてしまう。

なぜデータを蓄積しないんだろう、もっと工場とのマッチングを効率化できないのだろうか。よく新規事業では「不」という言い方をしますが、私の中では業務の中の「違和感」が始まりだったように思います。

──既存の付き合いのある工場以外を探す時に課題が発生するのですね。

そうですね。食品業界にフードスタートアップや6次産業と呼ばれる地域の食の高付加価値化などが増えている中、新規プレイヤーにとって工場とのマッチングは大きなハードルになっています。また大企業でも新規事業を行う際、既存事業のネットワークだと100倍ぐらい規模が違う、といったケースも多い。正直1年半ほどプラットフォームを運営してきて、こんなに困っている人がいるんだと実感しています。

──工場側にはどのような課題があるのでしょうか?

食品産業は、意外に季節性のある産業なので、閑散期と繁忙期の差が激しく稼働の平準化が課題になっています。また地域の工場は都内に営業担当を1人置いておく余裕がないなどの課題も抱えています。さらに、コロナ下で展示会が開催されない昨今、新規取引先との出会いもありません。工場にとっては新規顧客の獲得手法として、「LeapsIn」を活用いただいています。

2. 顧客を獲得しにくいから、マッチングプレイヤーに価値が生まれる

──自社HPを持っていない工場もあるということでしたが、どのように顧客獲得されているのでしょうか?

1年半ほどやってきて、今は工場側は、登記リストにひたすら電話で営業していくのがベストプラクティスだと感じています。工場向けにWeb広告を出しても見られないわけですから。色々な切り口で工場をカテゴライズして効率化しようとはしていますが、なかなか難しいですね。

顧客獲得コストは想定以上にかかっていますが、そもそも顧客の獲得しにくさがあるからこそ、マッチングプレイヤーに価値が生まれるのだと思います。工場側と企業側、営業戦略を変えることでそのギャップを埋めることができる。どちらもWebで獲得できるならマッチングサービスは要らないです。我々は「情報の非対称性」と呼んでおり、これを解消することをミッションに置いています。

──顧客獲得コストを事前に計算していても、机上の空論であることは多いですよね。

様々な新規事業プランを拝見すると、営業コストが明らかに低く見積もられている事例は多いと感じます。顧客獲得コストをいくらで計算していますと言っていても、新しいサービスであればあるほど、先行事例がないため試算は難しいですからね。何が確からしいのかは、極論やってみないと分からない部分だと思います。あまりオンラインに固執せず、様々な手法を検討しておいた方が良いのではないでしょうか。

3. 事業立ち上げの最適解が、社内新規事業だった

──日置さんは新規事業制度に2度応募されたと伺いました。1年目と2年目の間はどのようなことに取り組まれていたのでしょうか?

1度目の起案時に正直、事業案の説得力が欠けていると思っていました。そこで2年目の起案に向けて、顧客を探すことに専念しました。工場が見つからずに困っている企業はいるのか、工場側にニーズはあるのか、いくらだったら利用してくれるのか。実際の顧客を見つけることで、業界構造や課題の確からしさを浮き彫りにしていきました。

──ユーザーヒアリングにおいて気をつけていたことは?

定量的な数も大事ですが、サービスが出来上がるまでに何百もの顧客にリーチできるものでもないですよね。重要なのは、どこまで確信が持てるか。一人のユーザーを深掘りして、その背景にある業界構造を想像する、理解することを意識していました。我々の顧客である工場は、なかなかオンライン上では見つけられない。その中で一人のユーザーを掘り下げて、確からしいシナリオを作れるかどうかは重視していました。

──1度で諦めずに2度目を挑戦されたのは、どのような思いがあったのでしょうか?

周囲から後押ししていただきましたし、1度目の提案が駄目だったとき、このまま辞めたら自分が納得できなかったんですよね。辞めるという選択肢と、もう少し続けてみるという選択肢を比べた時、続けるという選択肢がただ勝ったんです。

──社内起業以外にも、副業や起業などといった選択肢もあったかと思います。社内起業に挑戦する選択肢を選んだ理由は?

自分には「許容可能な最大リスクを考える」と常に言い聞かせています。今自分で独り立ちをしてリスクを背負えるだろうか、別のところに持っていくことにリスクはないのか。生々しいですが、willとリスクのバランスを鑑みると、社内起業へ再度挑戦するという答えになりました。自分が取れる最大のリスクがどこなのか、リスクを許容できる範囲でチャレンジしていくことを意識しています。

──業界の課題解決・マッチングに取り組むのは、ご経歴が生きる事業案だったのではないでしょうか?

私も起案前は、買い物代行アプリなど別業界に興味があったのですが、toCサービスはデジタルネイティブ世代と戦っていかなければならない。一方、アナログな産業をいかにデジタルで効率化していくかは、産業に対する深い理解が必要です。自分が起案するときに、経験してきたキャリアを一定程度活かせるのではという目論見はありました。

4. 独自マトリクスを描いて「既存事業との親和性」論点を攻略せよ

──社内新規事業を行う際、既存事業との親和性は論点になると思います。工夫したことはありますか?

私は「アンゾフの事業拡大マトリクス」を、事業領域とマネタイズビジネスモデルという2軸で書き換えて考えました。「LeapsIn」は、新事業領域×新ビジネスモデル。ビール・飲料ではない食品全般の領域と、物を売って儲けるのではないSaaSのモデルです。キリンの既存領域とビジネスモデルから見ると比較的飛び地に見えるけれど、「LeapsIn」を布石に使い、将来的に色々なレバレッジを効かせていくのが良いのではないか。囲碁の神の一手のように、盤面全体を見たときに後からつながっているような事業にしていくことを描いていました。

──それは凄い作戦ですね。ビジネスモデル・事業領域どちらかを変えるときの参考にもできますよね。

そうですね。また将来的には、サプライチェーン全体で取り組まなきゃいけない食品業界の不があります。フードロスの問題や、カーボンニュートラルの問題。そこを解決できるプレーヤーは、プラットフォームプレイヤーしかいないし、やっていきたい。だからある意味、領域をダイナミックに広げていくことを提案段階から意識していました。

5. 社内新規事業を取り巻くエコシステムは不完全、という前提を持つ

──伝統企業で社内起業をスムーズに進めるため、チーム体制づくりの秘訣はありますか?

大前提として、スムーズに進める秘訣を私が持っているわけでなく、一緒に考えましょうというスタンスでお話しします。一般論として社内新規事業は、通常の起業家が持つ制約に加えて、大きな既存事業という制約もありますね。その中でどうチームを作っていくかというのは、私自身もすごく試行錯誤しています。現在は10人以上の業務委託のチームで進めているのですが、業務委託メンバーに丸投げすることはできない。自分のリソースを少しずつレバレッジかけて、チームを作る。社内新規事業を取り巻くエコシステムは不完全だという認識の元、動く必要があると思います。

──採用あるいは異動で調整するのは難しいものでしょうか?

社内の公募を使うとリードタイムが長くなり、スピーディーに採用できない課題がありますね。これは社内新規事業「あるある」だと思います。ただ業務委託のチームだと定例会に入るなど、細々とした管理にリソースが割かれていくので、バランスが非常に難しいですね。

──出島のメリットはどこにあると感じられていますか?

メリットデメリットというよりは、狙いを持ってするものだと思います。それこそ出島を作って、そこに海外の文化を取り入れていくんだ、といった目的意識を持たないといけないですね。

その上で、新しい世界観をリードしていくために会社のミッションやフィロソフィーを提示できることや、不確実性の高い領域にいち早く飛び込んでいけることはメリットではないでしょうか。既存事業とコンフリクトする部分にもいち早く飛び込めるスピード感は、狙ってやっていくべきなのだろうと思います。そこはどうしても既存事業の1事業部だと難しい部分ですね。

──新規事業へのサポート体制はいかがですか?

もちろん、社長を含めて様々な方が認めてくれたから子会社化できたのだと感じています。そこには感謝しているのですが、一方でサポートを目当てにしているのも少し違うと感じていて。サポートがなかったとしてもやり遂げたい、ライフワークとして位置付けていくくらいの気概を持っていないと、新規事業をやるのは勝ち筋ではないと思います。

──品質保証に厳しく、石橋を叩くプロセスに悩む社内起業家も多いようです。

非常にわかります。ただ食品メーカーが築き上げてきた品質保証というのは、素晴らしいことですよね。私がすごく尊敬しているイントレプレナーの1人の言葉で印象に残っていることがあります。“元の企業の看板を背負ってやるからには、今まで積み重ねてきた人の上に自分は立っていることを意識しなきゃいけないから、勝手に品質リスクを冒して何かをしていいわけではない” と。本当にその通りだと感じていて、今の会社ブランドの上に新規事業が成り立っているのだとしたら、そこはやっぱりリスペクトして守らなきゃいけないこともある。その意識を持ちながら、品質リスクを本当に乗り越えなければ自分の描く世界観を達成できないのか、一度考えた方が良いかもしれません。

──最後に、社内起業に挑戦されている方へメッセージをお願いします。

コロナ禍の影響もあり、久しぶりにこういう新規事業の難しさについてリアルで語る機会があり、色々な気づきが私もありました。まだまだ我々としてもやらなきゃいけないこともあるし、難しい部分も大いに残っているので、一緒に頑張りましょう。いろんな方から「見ているよ」と言っていただけるので、そこに対しては期待を裏切らないように頑張っていこうと思っています。

登壇者について

日置 淳平

株式会社リープスイン(LeapsIn, Inc.) 代表取締役CEO

2008年にキリンビバレッジ株式会社に新卒入社し、食品工場での生産管理、品質保証を経験。 その後、研究開発部門にて新規技術開発とその工業化に携わる。 2018年に社内ベンチャーとしてLeapsInを立ち上げ、代表取締役CEOに就任。スタートアップ企業や地域の6次産業における、食品プロダクトの量産化を支援するサービスの開発に取り組む

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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