導入
ライオン株式会社の新価値創造プログラム「NOIL」から生まれた夕食テイクアウトサービス「シェフトモ」。LINEで近くの飲食店にバランス良い献立を週単位でまとめて注文し、自分のペースで受け取ることができるサービスだ。自身の生活における「不」から生まれ、拡大していった新規事業。一児の母として家事・育児に奮闘しながら「シェフトモ」サービス化に挑む廣岡茜氏に事業誕生の軌跡を聞いた。
1. 料理やめます宣言から生まれたサービス「シェフトモ」
−まず「シェフトモ」の事業概要を教えてください。
コンセプトは、「あなたの街のおまかせネットワーク」。平日の料理に悩む方がLINEで近くの飲食店に夕食作りをおまかせできるというサービスです。
利用者はバランスの良い献立をシェフに作っていただくことができ、週単位でまとめて注文が可能。テイクアウト限定サービスのため、デリバリー時間に家で待機する必要がなく、自分のペースで夕食を取りに行くことができます。忙しい日々の中でも自分を大事にできる社会をつくるというビジョンを掲げており、可処分時間の創出をミッションにしています。
飲食店側のメリットとしては、リピート率・注文頻度の高いサービスのため、常連ができやすく、テイクアウトのためお客様の顔が見えるサービスとなっていること。コロナ禍でデリバリーが増えた中で、お客様とのコミュニケーションが減ったことは飲食店側のモチベーションダウンに繋がっていると聞きます。シェフトモはお客様の喜んでいる顔が実際に見えることがメリットの1つです。また、前の週に1週間分の注文数を把握できるため業務効率化にも繋がっています。
シェフトモは飲食店から販売金額の15%を手数料としていただくモデルで、2021年にベータ版で運用を開始。都内200店舗・登録者数6,000人を突破しており、2025年の全国展開を目指しています。
−サービスのアイデアはどのような経緯から生まれたのでしょうか?
夫の仕事が忙しく家事ができない現実があり、私自身が日々ワンオペで家事・育児に奮闘していました。中でも料理があまり得意ではなく、非常にストレスに感じていたんです。そこで家族に「もう料理やめます」と宣言をしました。
ただ、食べていかなきゃいけないのでどうしようかと考えて思いついたのが、保育園の近くにある飲食店に夕食づくりをお願いすること。「我が家の夕食を作ってもらえませんか?」とご相談したことが始まりでした。自分の生活上の最大の「不」である料理にフォーカスしたことが、大きなポイントだったと感じています。
この取り組みをママ友に話したところ、「うちもやりたい」と一気に広がり、多くの人がお金を払ってでも解決したい課題なのだと知りました。そこで新価値創造プログラム「NOIL」を利用して、飲食店に夕食作りを依頼するサービスを提案することにしました。
−Uber Eatsや惣菜店など競合も多いように感じますが?
「NOIL」の審査会でも、社外審査員からはレッドオーシャンな上にライオンの資産も活きにくいと辛口な意見をいただくことが多かったです。「ミールキットもあるし、家事代行もUber Eatsもあるし、なかなか難しいですよ」と。ただ私は1人の生活者として、既存のサービスでは課題解決されていないという実感が大きくありました。私自身あらゆるサービスを利用しましたが、ミールキットですら作るのが大変だったり、Uber Eatsやコンビニだけでは飽きてしまったり。食事は毎日、1日3回家族分があるので、今のサービスでは解決しきれないニーズがあると考えました。幸いなことに社長は、空いている資産や人材をマネジメントしてビジネスできれば面白いのでは、と後押ししてくださり、なんとか採択に至りました。
−出前サービスや事前に電話注文する形式と比べて、メリットはどのあたりになりますか?
LINEで簡単に注文できることは大きなメリットです。子育て中のママは平日忙しく、電話番号を調べたり電話をかけたりすることすら手間なんです。1週間まとめて注文するスタイルというのも負担軽減につながっています。細かなことですが、働きながら子育てしているコアターゲットにとっては大きい手間の削減に繋がっています。
2. 飽和市場での価格競争に疲弊。新しいチャレンジを渇望していた
−育児をされながら新規事業に挑戦、かなり忙しかったと思います。挑戦を決意した経緯は?
新規事業に挑戦するまでは、11年間ファブリックケア事業部で商品企画を行っていました。洗剤などの商材は飽和市場で、ドラッグストアでは20円安い商品にお客様が簡単に乗り換えてしまうことも多い。非常に厳しい市場で戦う中で、成果を出すことに苦労していました。もっと強力な「不」のある市場で勝負したいという思いがありました。そんな時に新価値創造プログラム「NOIL」が始動し、「あなたの思いが、常識の壁を破る。」というキャッチコピーを目にしました。会社が主語になりがちな風潮の中で、自分の思いを全力でぶつけていい仕事がある。それならば挑戦したいと、飛び込むことにしました。
−今まで積み上げてきたキャリアもある中で、新規事業への挑戦を迷う人も多いですが、一歩踏み出せた理由はありますか?
元々新しいことにチャレンジするのが好きな性格で、同じ部署で11年間働いていたので、「新しいチャレンジ」に渇望していました。また、同じ部署で働き続ける中で、なかなか成長しにくくなってきたことに焦りを感じていたんです。入社当初5年くらいは成長していたと思うのですが、スキルがついてくるとある程度落ち着いて仕事を回せるようになってしまいがち。このまま頑張っていても、会社に成果を出したり、世の中に大きなインパクトを残したりできるのだろうかと不安な気持ちが大きかった。でも社内新規事業は、正社員としてしっかりお給料も頂いた上でこれだけチャレンジングな仕事ができる上に、様々な人との出会いもあり、チャレンジしたことに評価をしてもらえる。新規事業へのチャレンジはメリットしかないと思います。
3. シェフトモは、ライオンが目指す「習慣づくり」を実現できる
−ご自身の原体験から事業を創る場合、個人的な意見ではないことを証明する必要もあるかと思います。そのあたりはどう示したのでしょうか?
近所の飲食店に夕食を依頼した後、周囲の20名ほどに一気に取り組みが広がっていったんです。そこで自分以外にもニーズがあることを知り、事業の可能性がありそうだと実感しました。10円、20円安いとすぐに心変わりされてしまう洗剤の市場を見てきた中で、1,000円でも2,000円でもお金を払って解決したい人がこんなにいるのだ、それならば会社に提案なきゃと。
ただこの段階では社内での説得材料として力が足りなかったため、この取り組みについてのnoteを書いたところ、全国で大きな反響がありました。「自分の思いをよくぞ代弁してくれた」という声が多く、エビデンスとして見せるようにしていました。応募段階でここまでターゲットニーズを掴めていたのは大きかったと認識しています。
−大企業での新規事業ということで、規模やニッチさ、ライオンとの親和性についての指摘はなかったのでしょうか?
社外からそういった指摘があることは多いのですが、社内からはあまりありません。というのも、ライオンが会社として掲げているパーパスに、シェフトモは沿っているんです。それは「習慣づくり」ということ。
シェフトモはまさに、食習慣にフォーカスしており、日常に組み込むことができるサービス。「月水金はシェフトモに夕食を頼む」などと決めてしまうことで可処分時間が生まれ、ゆとりある生活を実現できます。ライオンが今までアプローチしてきた歯磨きや洗濯、掃除などの領域を超えて、食という大きなマーケットに「習慣づくり」という軸で挑戦できる。これは会社としてポジティブに受け止めてくれていますね。
−品質保証の水準が高いライオンの中で、PoCや実証実験を実際に世の中で検証することに対する議論はありませんでしたか?
もちろんその論点は出てきますが、品質保証の水準が高い商品開発部署にいた経験が活きた部分でした。通常の製品も新規事業も、トラブルが起こることはあります。重要なのは、トラブルをあらかじめ予測し、対応を準備しておくことです。
「こういうことが起こったらどうするの?」と聞かれた時に「何も考えていませんでした」という回答では、社内での信用を一気に失います。逆に「その時はこうします」と回答を全て準備できていれば、信頼獲得に繋がるのでこのハードルはクリアできます。
自分が経験のない領域であれば、社内で専門的知識を持つ部門の方にあらかじめ相談しておくのもおすすめ。個別に相談するとプロジェクトに対して応援してくれるようにもなるし、会議などでも「事前にご相談済みで、こう対処します」と言えますよね。
4. 忙殺されて得た、チームコミュニケーションの気づき
−仮説検証時に苦労したことを教えてください。
最初はコストをかけずにペーパーのプロトタイプから始まるので、営業やLINEでの注文受付など手作業で動かすことが多く本当に苦労しました。アナログ部分が多いとミスも起きやすいし、ミスが起きるとその対応に追われる。単純に工数を取られることが多かったです。
作業に忙殺される中で、もう1人の女性メンバーと「こんなに大変なのにみんな積極的に手伝ってくれない」と悲観的になってしまったことも。でも後から他のメンバーに聞いてみると、「大変そうだけど2人で仲良く生き生きと頑張っているように見えた」と言われたんです。どのくらい追い詰められているか、何をサポートして欲しいか、上手く情報共有できていなかった。
そこからは、もっと1人1人に思いを伝え、具体的に助けてもらいたいことを伝えるように意識しました。ただ自分自身が手作業する中で見えてきた改善要素をプロダクトに反映し、徐々に効率的になってきている。それは自分で手を動かしたからこそ得られた成果かなと思います。
−飲食店の開拓はチームメンバーだけで行われているのでしょうか?
基本的にはチームメンバーのみで行っているので、登録店舗が一気に増えないのは課題ですね。「シェフトモ」がメディア等で注目をいただく中、せっかく登録したのに「なんだ、全然家の近くに登録店舗がないじゃん」という落胆の声が聞こえてくるのは辛いです。ライオンの事業ということもあり、全国に一気に広がるのではという期待も大きいと思います。スモールスタートにはなっていますが、徐々に拡大を目指しているので、もう少しお待ちいただきたいと思います。
ただ、飲食店の皆様には売上だけでなく、常連さんが増えるということ、目の前でお客様が喜ぶ姿が見られることは大きなメリットになっているのではないでしょうか。
5. 社内攻略のコツは、「廣岡を応援するムード」を作ること
−大企業の新規事業は社内攻略も鍵になってくるかと思います。気をつけていたことはありますか?
今までお世話になった人をどんどん味方につけ、「廣岡を応援しよう」というムードを社内に作っていくことは心がけています。
例えば何か頼まれたら必ずやりますし、ギブアンドテイクのギブを積極的にやる。15年会社にいる中で関係性のある方にはまず関心を持っていただけるよう発信しますし、事務局や上司もそこは助けていただいています。また提案する際は、自信を持ってポジティブな空気を作るようにしています。
あとは、社内のメンバーが積極的に事業に関心を持ってもらえるような関わり方を考えていますね。飲食店の登録にあたって試食することがあるのですが、試食ならみんな楽しみながら参加してもらえるので、「シェフトモサポーターズ」として試食に参加してもらっています。
−新規事業に様々なハードルがある中で、挫けそうになった時はどう対処されていますか?
やはりお客様の声が大きいです。「早く自分の地域でも展開してほしい」という期待や、「シェフトモを手伝いたいので、履歴書を送らせてください」という声をもらうこともあります。シェフトモを応援してくれている方のメッセージを見ると嬉しいし、自分を奮い立たせることができます。
−最後に、新規事業に挑戦されている方々へメッセージをお願いします。
どんなに辛いことがあっても、ポジティブにやっていくことを心がけています。ポジティブシンキングで新規事業を楽しめたら勝ちだと思います。ぜひ一緒に頑張りましょう。
登壇者について
廣岡 茜
ライオン株式会社 ビジネス開発センター ビジネスインキュベーション
2006年ライオン株式会社入社。営業を2年経験後、マーケティング部門の配属となりNANOX等の衣料用洗剤の商品企画に11年間携わる。2019年に社内の新価値創造プログラムNOILに応募した「夕飯テイクアウトサービス・ご近所シェフトモ」が事業化テーマとして採択される。2020年1月よりビジネス開発センターに異動し事業開発し、21年2月よりサービスをローンチした。プライベートでは家事が大嫌いな1児の母でワンオペ育児中。「子育て中でも自分を大事にする社会をつくる」をVISIONに掲げ、公私混同で新規事業に夢中。
古川 央士
株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO
青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。