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成長し続ける企業をつくるために三井物産Moonの先進的な事業開発と起業家創出

0.導入

 AlphaDriveは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部から識者をお招きし、定期イベントを開催しています。三井物産グループのベンチャースタジオ「Moon Creative Lab」(以下Moon)は、シリコンバレーと東京に拠点を置き、世界にインパクトを与える「0→1(ゼロイチ)」のビジネス創出に挑戦しています。事業創出と人材育成を両輪で回すために、どのような組織体制と仕組みを構築しているのでしょうか。Moon立ち上げの立役者であるプレジデント 兼 CEOの横山賀一氏、Moon Creative Lab Head of Tokyo Officeの高田智之氏にお聞きしました。

1.シリコンバレーのカルチャーと人を巻き込み、多様性をミックスする

 Moonは、三井物産から新たなビジネスを「つくる」ベンチャースタジオです。三井物産グループ4万4000人超の社員と組織からアイデアを発掘し、それをMoon所属のエンジニアやデザイナーなど専門性のある人材とともにビジネス創出につなげる挑戦をしています。

 始動するプロジェクトは主に、
①三井物産グループ社員個人から持ち込まれるアイデア
②16の営業本部と200以上の子会社など組織から持ち込まれるアイデア
③Moonの独自アイデア
の3つのパターンがあります。
アイデア募集のプラットフォーム「SMAP(SMart connected Application Platform)」で定期的にアイデアが公募され、年数回開催されるピッチイベントで優れたアイデアを選定。選ばれたアイデアは具体的なビジネス開発にステップアップし、ローンチを目指します。なお、①の個人ルートのアイデアの場合、三井物産社員(起案者)は客員起業家としてMoonへ出向することになります。

 Moonはシリコンバレーと東京(北青山)の2箇所に拠点を構えますが、横山氏はその理由を次のように説明します。
 「Moonの取り組みがユニークなのは、西と東からさまざまな専門性・経歴・好奇心・情熱を持った人が集まり、社内起業家と協力してビジネスをつくる点です。ここでいう『西』とはシリコンバレー、『東』とは東京のことを指します。三井物産という大企業内で社員が『人のやらないこと』をやろうとしても、さまざまなしがらみに引き戻され、できない理由を探してしまう。しかしシリコンバレーにはそれとは逆に、やるべき理由をたくさん並べて一緒にビルドアップしてくれるカルチャーがあります。そうしたカルチャーや人を巻き込み、いろいろな多様性をミックスすることで、初めて面白い仕事がつくれる。そう考え、2拠点で活動しています」(横山氏)

2.「つなぐ」から「つくる」へ進化。Moon立ち上げの背景

  AlphaDriveでは以前、Moonから企業内新規事業にチャレンジし、全国300カ所以上のテレワークスペースが15分50円から利用できる検索・予約サービス「Suup(スープ)」を事業化させた堀口翔平氏をお招きし、社内起業家側の立場からお話を伺いました。今回は、横山氏と東京拠点の運営を担う高田氏をゲストにお招きし、AlphaDriveの古川央士がMoon運営に迫りました。

──Moonは2019年1月から本格始動しています。まずは立ち上げの背景を教えてください。

横山:三井物産には10年おきにその時点で変革すべきことを深掘りする長期業態ビジョンという活動があります。直近2018年には、2030年を見越した「長期業態ビジョン2030」のためのタスクフォースが立ち上がりましたが、そこで「総合商社として新しいビジネスを創出できるケイパビリティーを積み上げなければならない」という課題が挙がりました。具体策として立ち上がったのが、Moonです。

──Moonには「『つなぐ』から『つくる』への進化」という素晴らしいスローガンがありますが、その言葉通り、事業投資を中心としてきた総合商社が「つくる」仕組みを新たに整備するのは容易ではなかったと思います。

横山:三井物産にはかねてより、社内制度としてイノベーション創出に向けたさまざまなトライを繰り返していました。また立ち上げのタイミングも、国内外問わず、多くの大企業の失敗経験が積み上がってきた後だったこともあり、「やってはいけないこと」だけはやらないよう心がけました。

──新規事業の分野でたびたび大きな関心事として話が持ち上がるMoonでも、その立ち上げは「失敗学から吸収した」というのは非常に興味深いお話です。

3.投資判断基準は起案者・起案組織に「コミットメントがあるかどうか」

──前項のMoonの紹介の中で興味深かったのは、社員個人ルートの場合、社員=起案者が客員起業家としてMoonに出向する仕組みです。兼業ではなく、ビジネス開発に専念できる「出向」という方式をとったのはなぜでしょうか。

横山:三井物産には「自分の時間の20%で常に新しいことを考えよう」というムーブメントがあります。しかし私自身がやってみてもそうなのですが、現業があるとどうしても慣れている仕事に時間を使いがちで、20%の時間をなかなか捻出できません。だからMoonでは100%の力でビジネスを創出してもらおうと考え、「出向」としました。ただ出向者には時間制限を設けており、「永久にできる」わけではありません。3カ月に一度、進捗具合を確認し、進んでいなければ最短3カ月で元の職場に戻します。

──アイデアベースにある起案者を誰も彼も引っ張ってくれば、ビジネス開発のやり方が分からないため進めることができず、出向打ち切りが頻出するということも想定されます。出向のタイミングはどのように見極めているのでしょうか。

横山:これには失敗経験があり、最初のころは古川さんの言うようなケースが頻発していました。当然、人事からも不評で抜本的に見直した経緯があります。現在は「いきなり出向してビジネス開発をしなければいけない」という事態に陥らせないため、事前に「Moonアカデミー」を受講し、ビジネス開発に求められる必要最低限の知識やノウハウを習得してもらうようにしています。

──次にピッチを経てビジネスアイデアをプロジェクト化していく段階についての質問ですが、この際の投資判断基準は?

横山:アイデアの段階では顧客課題・社会課題に対する目のつけどころの良し悪しで判断していますが、それよりも重視するのは、その後の壁打ちの中で起案者に可能性を感じるかどうかです。具体的には、人の話を聞ける柔軟性、ビジネス開発の途中で遭遇する困難を乗り越えられるコミットメントやパッションなどを見ています。

4.単年の成果は求めない。Moonのゴールは「将来的な企業価値の向上」

──高田さんにお聞きしたいのですが、Moonにおけるメンタリングやサポート、育成の体制はどのようになっているのでしょうか。

高田:フェーズごとに用意しています。ピッチ後、Moonに入ってきて最初の数カ月間はアイデアライゼーションです。起案者の意見を聞きながらデザインリサーチャーを交えて、アイデアをどのような形にしていくかを検討します。その後、エンジニアやデザイナーなどがジョインし、MVP(Minimum Viable Product)を進めていきます。

──エンジニアやデザイナーは複数のプロジェクトを少しずつ兼任しているのでしょうか。

高田:最初の仕組みはそうだったのですが、最近は各々が「メインでやるプロジェクト80%、残り20%は兼任」という感じに変わってきています。あまり細かく兼任させてしまうと、起案者を「独り」にしてしまいがちになったため、必ず1人はパートナーとして携わっている状態にしています。

──お二人は、Moonから飛び立つ各ビジネスがどのようになっていくことが、三井物産としての成功だと考えていますか。

横山:「スモールビジネスを積み上げていく」ではなく、「他の会社ができないようなイノベーティブなことをどんどんやっていく」という感覚です。年ごとのPLだとかそういうことではなく、将来的な企業価値の向上と、その可能性を徹底的に追いかけていくことを重要視しています。「初年度にこれだけの売り上げがあった」という結果も素晴らしいことですが、そこにとどまらせないように常に意識しています。

高田:三井物産のベンチャースタジオなので、大企業のアセットを積極的に使うことがベストな選択ではあるのですが、あまりそれに頼りすぎてしまうとせっかくのポテンシャルを制限してしまう可能性もあります。三井物産という枠組みを意識せずに、大空に向かって飛び立っていってもらいたいというのが正直な気持ちです。

5.起業家としてのマインドセットを育成したい

──大企業社員が「起業家」へと変革するために重要な要素があるとしたら、どんなことだと思いますか。

横山: 1つに絞るとしたら、新しいものへ挑んでいく上でのマインドセット。勉強による知識習得ももちろん大切ですが、「起業家精神」になってもらうことが最も重要です。

高田:フルマラソンで走る距離は42.195キロメートルと決まっていますが、新規事業やイノベーションの走行距離は決まっていません。どのくらいの距離に臨むのかが分からない、どのようなペースで走ればよいのかが分からないという難しさがあります。そこで走り切るのに重要になるのが、マインドセットだと私も考えています。その点Moonは、そうしたマインドセットが「当たり前」となっているシリコンバレーに拠点があるため、向こうの人たちと触れあいながらトレーニングができます。

──最後に、Moon卒業生の活躍についてご紹介ください。

横山:すべての案件が事業化まで進むわけでなく、途中でフォールドとなる案件もあります。ただ、そうしたMoon卒業生は三井物産の元の職場に戻ってからも、Moonで培ったマインドを通常業務に生かしてくれています。中には、三井物産の関係会社で新しい事業を立ち上げた人もいます。また卒業生がMoonのカルチャーを組織へと広げてくれてもいます。それに触発されたメンバーから「自分もやりたい」という声が上がるなど、会社組織全体の新規事業開発の機運は確実に高まっています。

高田:Moonにフィットせず、元の職場に戻っていくケースもありますが、それは決して悪いことではありません。ここで得た何かを持ち帰ってもらい、それを三井物産としての次なるビジネスにつなげてもらう。Moonにはそうした効果もあると期待しています。

──本日は、どうもありがとうございました。

登壇者について

横山 賀一

Moon Creative Lab プレジデント兼CEO

Moon Creative Labの創業者で、プレジデント兼CEO。 Moon全体の運営と成長を牽引する他、ペンチャーの種となる案件の発掘、メンター陣や起業家たちの選抜を担う。三井物産では、ロボット掃除機からアジアにおける病院経営に至るまで、多様な領域で新規事業の立ち上げを重ねてきたイントラプレナーとして活躍。 人生の1/4以上を海外(イタリア・ベルギー・アメリカ)で過ごし、IMDにてPED を修了、慶應大学にて経済学学士号を取得。休みの日にはサイクリングやハイキングを楽しむほか、ジープでオフロードに繰り出してバックカントリーを冒険することも。

高田 智之

Moon Creative Lab Head of Tokyo Office

大阪生まれ、シカゴ育ちの起業家。パロアルトおよび東京にデュアルヘッドクオーターを置くMoon Creative LabのHead of Tokyo として、日本における組織全体の目標設定や運営全般を支援するとともに、Moonがインキュベートする各ベンチャーのメンターの役割を担う。ミシガン大学で工学修士取得。ハーバードビジネススクールでMBA取得。アメリカで、Fordやコンサルティングなどを経験し、2007年に東京に移動。運動をもっと楽しくするアプリ「ライブラン」の創業者で、パッションは100歳の運動会で優勝すること。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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