0.導入
AlphaDriveには、企業の研究開発部門のあらゆる課題解決に伴走する支援組織「R&D Incubation Center」があります。宇野大介氏がセンター長を務め、同氏主幹のもとR&Dに特化した支援を行っています。今回は、宇野氏と同センターの副センター長である山邊昌太郎氏(広島県観光連盟 チーフプロデューサー、カルビーフューチャーラボ クリエイティブディレクター)の2人に、ライオンとカルビーの事例から「事業開発も分かる研究員の育て方」についてお聞きしました。
1.ゴール・体制・文化を変えた「ライオンイノベーションラボ」
R&D Incubation Centerセンター長である宇野大介氏は、ライオン入社以来、歯磨き剤の開発に従事。2018年にライオンイノベーションラボを立ち上げ、所長に就任しました。同ラボは、「イノベーションの量・質・スピードを高めるための全社のハブになること」と「従来の事業部・開発研究所体制を超える“驚きのある”新規事業を創出すること」の2つをミッションとしています。
ライオンイノベーションラボには、従来の研究組織と大きく異なる点があります。それは「ゴール、体制、文化」と、宇野氏は説明します。
「われわれのゴールは技術をつくることや製品を開発することではなく、あくまで新規事業をつくることです。それに伴いピラミッド型・階層型ではなくネットワーク型の組織を構築しました。一番偉いのは所長ではなく、新規事業のテーマを立てたテーマリーダーです。私は、所長就任時に『もう既存事業にかかわらない』『全員に起業家を目指してもらう』『私のことを“所長”と呼ぶのを禁止』と宣言しました。従来の研究職と一線を画する象徴として、白衣ではなく、オリジナルのデニムハーフコートを着て仕事に臨んでいます」(宇野氏)
2.「圧倒的顧客志向」を掲げる「カルビーフューチャーラボ」
続いて、R&D Incubation Center 副センター長である山邊昌太郎氏は、2016年にカルビー株式会社に入社しました。同社は長らく「(新たな)ヒット商品の不在」に悩んでおり、社外の視点と技術に活路を見いだすべく、2016年に副社長直轄の完全独立組織「カルビーフューチャーラボ」を設立しました。山邊氏は、同組織のクリエイティブディレクターとして招請されました。
ラボのミッションは、「3年後までにヒット商品を3つ出すこと」。それを成し遂げるための戦略として、「圧倒的顧客志向」を掲げました。
「カルビーはずっとシーズ(技術・ノウハウなど)からものをつくる“山の登りかた”で商品づくりをしてきました。しかし、ラボ設立のタイミングでジョインした私は、技術もノウハウも材料のことも、つまりシーズのことを何も知りません。反対側にある『「お客様のニーズ』」から山を登るしかありませんでした。一方、巨大なサプライチェーンを持つメーカーは、直接お客様のことを知らないことも多いものです。カルビーもその例に漏れずでした。そこで、私たちにとって必要不可欠だったのが『圧倒的顧客志向』という考え方でした」(山邊氏)
3.研究員に新しい仕組みや文化を理解させるためには?
前述した通り、宇野氏とは山邊氏は、新しい形のR&D組織をつくり、リードしてきました。実際にどのように取り組んできたのか、R&D Incubation Centerリードの猪谷祐貴がファシリテーターとなり、パネルディスカッションを行いました。
猪谷:最初のテーマは「新しく会社に導入した仕組みや文化」です。新規事業開発ができるR&D組織をつくるために、どのような仕組みや文化を導入していったのでしょうか。
宇野:ラボ発足当時は、私を含め、新規事業開発経験者がおらず、何が正しいかも分からない状態でした。組織の在り方そのものから変えなければならず、ピラミッド型からネットワーク型の組織へと、大きく転換しています。特に新規事業の起案者が取り組みやすい環境を整えるべく、サポートに徹することを意識しました。
猪谷:カルビーでは、研究開発本部(栃木県宇都宮)やマーケティング本部(東京都丸の内)と、ラボ(広島県広島)を物理的に離すことで、ラボの機能を維持していると、聞いています。ライオンはどうですか。
宇野:当社の場合は逆です。「(他の社員も)ラボを見に行くべき」という方針で、社内朝礼や外部向けイベントがあるたびに社長が、ラボの名前を出してくれていました。その効果もあり、社内のプレゼンスが上がった気がします。
猪谷:同じ「ラボの機能を守る」という目的でも、対称的なアプローチがとられていて興味深いです。カルビーのラボは、社内外3人ずつのメンバーで構成されています。新しい文化に変えるという意味では、新規事業未経験側である社内メンバーに戸惑いはありませんでしたか。
山邊:当初のメンバーは、私を含む社外2人と社内プロパー1人でした。社内プロパーの彼は「かっぱえびせん」の商品開発に携わってきた人物です。テーマから見つけていかなければならない新規事業開発は、既存の商品開発とは異なるマネジメントスタイルで進むこともあり、大きなカルチャーショックを受けたと思います。いや、受けてました笑。
猪谷:既存事業の研究開発・商品開発で「正しい」とされてきたスタイルから抜け出すのは容易ではありません。「これが正しいやり方」だと納得させるため、山邊さんはどのような方法をとられましたか。
山邊:新規事業開発は、コンセプトからつくらなければいけません。コンセプトが正しくないまま進めてしまうと、お金・時間・人員が全て無駄になります。駄目ならできるだけ早く駄目だと分かった方がよいのです。そこで「まずは試作品の『バージョン0.1』を作り、検証し、その後も検証を繰り返してブラッシュアップしていこう。世の中に無いものを創りだそうとしているのだから、そうして出来上がった商品はもちろん、そこに至るまでの実験的プロセスもカルビーにとっての価値になる」と、新規事業開発の心得を理解してもらいました。
宇野:研究員は職業柄、 つくり込まなければ落ち着かない性分です。でも、新規事業開発はそうではうまくいきません。つくり込む前に何度も失敗し、痛い思いを繰り返すことが重要です。もちろん、やっていくうちに「そこまでつくり込まなくても評価はできる」という実感は得られると思います。
4.大企業ブランドはメリットが大きいがデメリットもある
猪谷:次のテーマは「会社の強み」についてです。両社とも大手メーカーであり、それぞれの強みを持ちます。新規事業開発において会社の強みは、どのように作用しましたか。
山邊:多くの消費者は、カルビーブランドに対して「身近」というイメージを持ってくれているようです。商品開発に向けてともに活動してくれるサポーターを募集したところ、すぐに1000人規模のコミュニティになりました。ラボが創業地の広島で活動していることで、地元の人々が心強いサポーターになってくれています。その意味では、地域性も強みであるといえるでしょう。また、企業に関心を持たれることが多いのも特長です。
宇野:当ラボでも、新規事業にまつわるヒアリングなどを行う際は、「ライオン」というブランドを出せば大半の人が話を聞いてくれます。ラボでは外に出て行く機会も多いため、これまでの既存事業では気づかなかった自社ブランドの影響力を実感しました。
山邊:反対にブランド力の大きさが、ラボにおいてマイナスに作用することもあります。例えば、新しい商品をつくる際にはパートナーの存在が欠かせません。私たちとしてはそうした取引先と“一緒に”“一から”商品を考えていきたいのですが、現実には旧来の商慣習が影響し、「全てカルビーさんが仕様を決めてくれる」と思われてしまう。その常識を崩すためにも、最初のコミュニケーションに十分な時間をかけています。
宇野:それで共感を得られてワンチームになったときは、非常に心強いですよね。
山邊:そうですね。いつもと違うスタイルでコンセプトを設定し、よく取引をしている5社に製造委託先を持ちかけた時に、いつもはコンペになるはずが、この時は賛同していただいたのは1社のみでした。他の4社はいつもと違うスタンスで受託することを回避されたようでしたが、1社だけがそのコンセプトと開発プロセスを面白がり、強くコミットしてくれました。その会社にとっても当社とのつき合い方を大きく変える試みとなり、チャレンジだったと思います。このようなことが一度でも成功すれば、それがラボのやり方として定着していきます。
5.正当な人事評価に必要なのは「数値」でなく「状態」。そして「フラットな関係性」
猪谷:次のテーマは「人事評価の考え方」。これまでのR&D・商品開発と新規事業開発では人事評価の仕方も異なるかと思います。ライオンイノベーションラボでも研究所から社内研究員を集めていますが、当初は人事評価をどのように考えましたか。
宇野:新規事業開発では具体的な成果が見えにくいため、従来の評価方式はそのまま使えませんでした。そこで、チャレンジの多さやその過程などを1つの評価指標とするなど、独自の評価設計を試行錯誤しています。正しく評価するためには、よりメンバーのことを知る必要があり、1on1など対話の頻度もかなり増えました。
山邊:基本スタンスは、宇野さんと同じです。正確な評価のために握らなければならないのは、「数値」ではなく「状態」です。かつ、それを上司が一方的に決めるのではなく「みんなで決めていく」という心づもりが大切だと思います。そうしたことからも、私とメンバーの関係は非常にフラットです。
猪谷:最後に「研究職が事業開発をやる意義」についてのお考えを教えてください。
宇野:研究職は、実験をするのが主な仕事です。そして実験とは、たくさんの失敗から活路を見いだし、正解を探っていく行いです。つまり、行為自体は、新規事業開発とほとんど同じなのです。違うところがあるとすれば、新規事業開発でヒントをくれるのは常にお客様だということ。研究職は、新規事業開発にとてもフィットすると思います。やってみれば視野が大きく広がるので、機会があるのなら是非チャレンジしてください。
山邊:研究職に共通するのは「とにかくよいものをつくりたい」という思いと、こだわりではないでしょうか。その思いやこだわりは新規事業開発が目指す針路とぴったり重なります。研究室に閉じこもりがちな研究開発では「顧客視点」がおざなりになりがちですが、お客様から直接的に得るフィードバックはきっと研究職の頑張りを後押ししてくれるはずです。
猪谷:本日はありがとうございました。
登壇者について
宇野 大介
R&D incubation center長
明治大学農学部卒業後、1990年4月にライオン株式会社へ入社し、約33年間、歯磨剤の製品開発、クリニカブランドのブランドマネージャー、歯磨剤製造プロセス開発、新規事業立ち上げの業務に従事。特に2018年1月に立ち上げた新規事業創出の専門チームであるイノベーションラボでは、所長として目的・組織・文化の3つの視点で従来の研究所とは大きく異なる組織を構築。5年間のマネジメントで約50名の新規事業人材を輩出。新規事業を創る人を創るを生業とすると決め、2023年株式会社アルファドライブにジョイン。好きな事は、読書、ゲーム、SF、アニメ、ウイスキーなどなど。
山邊 昌太郎
カルビーフューチャーラボ クリエイティブディレクター、R&D Incubation Center 副センター長
1970年2月生。広島県出身。 1992年株式会社リクルート入社。新規事業開発,リクナビ責任者,求人各誌編集長を歴任。 2008年同社退社。個人事業主として事業会社各社のコンサルおよび事業企画支援に携わる。 2016年カルビー株式会社入社。新規事業開発拠点Calbee Future Laboを立ち上げ。「圧倒的顧客視点」で既成概念を超えた商品開発をリード。(現在も同社クリエイティブディレクター) 2020年4月より現任。 2020年11月より広島大学客員教授。 自由をこよなく愛す。