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SBイノベンチャー流、事業を生み出し続ける新規事業プログラム運営の極意

0.導入

AlphaDriveでは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部から識者をお招きし、定期的にイベントを開催しています。今回のゲストは、SBイノベンチャー事業推進部部長の佐橋宏隆氏。AlphaDrive執行役員の古川央士が、2020年に1o周年を迎えたソフトバンクグループの社内起業制度の全貌に迫りました。

※この講演は2020年に収録されたものです

1.「新30年ビジョン」に盛り込まれた事業創業と、事業を創出できる人材づくり

 ソフトバンク株式会社の100%子会社であるSBイノベンチャー株式会社は、2011年に発足したソフトバンクグループの社内起業制度「ソフトバンクイノベンチャー」の運営および事業化検討決定後の支援を行っています。ソフトバンク創業30年の節目に行われた定時株主総会後、孫正義氏が「新30年ビジョン」を発表。その中に含まれている「事業創造」「事業を創出できる人材づくり」を実行している組織です。

 「ソフトバンクにおける新規事業の基本戦略は、パートナー戦略」。SBイノベンチャー株式会社の佐橋氏はそう話します。
 「イノベーター理論で言うと、下図の左(イノベーター)に近付くほど不確実性の高い『多産多死』の領域ですが、ソフトバンクグループ全体で見れば、そうした領域でこそパートナーとの提携が不可欠です。SBイノベンチャーもまた、数少ない『ゼロイチ』の事業創造を担う会社です」(佐橋氏)

 SBイノベンチャーの全体像は、「Innoventure Lab(インキュベーション、ゼロイチの事業創出・社内起業家の育成)」「審査」「Innoventure Studio(アクセラレーション、PMFの推進支援・会社経営支援)」の枠組みで構成され、アイデア創出前から事業化後のスケールフェーズまで幅広く支援しています。※PMF:プロダクトマーケットフィット=製品が市場に適合しているかを見極めること。
 そのプロセスでは「リーンスタートアップのマイルストーンを採用したステージゲート制」が敷かれており、具体的には、検証前提となる市場機会の明確化(=MOA。最長3カ月)→顧客対話を通じたプロダクト開発(SPF、最長6カ月)→事業仮説の再現性の確立(=PMF。最長12カ月)の各ステージに基準が設けられ、基準に到達しなかった場合は撤退を余儀なくされます。

 Innoventure Labでは、国内外のスタートアップに関する知識や新規事業開発のノウハウ、仮説検証の方法など幅広い知識を習得・実践するプログラムが用意されています。2016年6月に始動し、登録者数は発足以来増加し続けており、2020年7月時点で4400人に達しました。
 「具体的な活動は、業界著名人を招いた新規ビジネス創出に役立つ定期講演会、アイデア創出や案件ブラッシュアップを目的とした定期勉強会、短期集中で仮説設計・検証の場を提供する週末合宿、早朝から個別支援に対応したメンタリング、チームアップ支援です」(佐橋氏)

「審査」のステージでは、書類審査、中間審査、最終審査が行われ、全てを通過すると事業化が決定します。
「最終審査を通過すると、起案者はSBイノベンチャーへ兼務出向となり、500万円の予算が与えられます。その事業準備金を元手に、本部部署とは物理的に離れたインキュベーションルームにて事業化検討を進めてもらい、KPIに対して一定の水準を満たせば、事業化が承認されます。なお法人化後も段階的な資金支援・経営支援・増資を受けられますし、Innoventure StudioにおいてSBイノベンチャー専任担当による個別支援も受けられます」

2.制度立ち上げ初期フェーズ・長期化フェーズの課題

 ここからは、アルファドライブの古川央士がファシリテーターとなって行われたパネルディスカッションの内容を振り返ります。

この社内起業制度が正式スタートしたのは2011年でした。しかし当時は「社内起業制度なんて何をやってもうまくいかない」とされた冬の時代。いくつか手本とする制度はあったものの、本当に手探り状態でした。

──制度立ち上げの初期フェーズにおいては、どのような課題がありましたか。

当初は最終審査に通過した案件をソフトバンク社内の関連部門に引き取ってもらっていたのですが、各事業部長に話を聞いてみると、日ごろからトップダウンの重要案件を課せられる中で、急に出てきたボトムアップ案件にまでリソースを割くのは困難のようでした。それでも起案者が当事者意識を持って推進していってくれればよいのですが、新規事業未経験のため難しいというのが実情でした。そこで完全なる「出島」の環境をつくってしまった方がよいと判断し、そのための舞台としてInnoventure LabやInnoventure Studioができました。

──新規事業制度では会社のアセットを使うべきか否かという議論が生じがちですが、そこについてはどのように考えていますか。

ソフトバンクの場合は既存事業部の中にも新規事業部門があるため、そこから出てくる新規事業とはすみ分けをしています。つまり会社の既存事業やアセットに依存しなくても、自立的にゼロイチができる新規事業を創出してもらっています。会社のアセットを使うのは、その後のスケールするときでよいと考えています。

──他にはどんな課題がありましたか。

トップの呼びかけでスタートした制度ということもあり、最初の一次審査応募件数が1000〜1500件に達しました。

──かなり多いですね。

既存部門の部門長職約200人を審査員としてアサインして臨みましたが、かなり大きな負担をかけることになりました。しかも部門長は、完成された既存事業との差分で考えてしまい、どうしても減点評価になってしまうという課題もありました。そのため、「こういう着眼点ならばここをピボットすればこんなに可能性が広がるよ」といったポジティブなフィードバックが望めませんでした。その経験から、審査員は新規事業経験者が担うことになりました。

──少数の審査員で運営できるようにするには、案件自体も絞る必要がありませんか。

その通りです。現在は、審査にかけるのは1回当たり100件ほどを上限としています。入口(応募)のハードルも上げました。しかし、そうするとついてこられなくなる社員も出てくるため、それをフォローする目的もありInnoventure Labができました。

──その後制度が継続して今に至るわけですね。長期運営する中での課題は?

参加者を減らさないことでしょうか。応募の難易度を上げたことで意図的に件数を減らしましたが、制度の形骸化による減少は防がなければいけません。ただ応募を待つのではなく、「アイデアがあるのに応募しなかった人には、何かしらの理由があるはず」と考え、Innoventure Labでは積極的に参加者との接点を増やし、諦める理由を解消できるようにサポートしています。

3.新規事業開発のモチベーションを維持してもらうためには?

──社内に眠る新規事業人材はどのように発掘・育成してきましたか。

人材発掘としてはメンバー専用サイトとHubSpot(ハブスポット)をデータ連携させたメンバー情報管理のためのCRMを構築し、Innoventure Labメンバーの最新情報をリッチ化しています。とはいえ最初の接点はどこかで直接会って事業相談を受けたり、何かの勉強会に参加してもらったりが多いです。泥くさいですが、とにかく接点を増やしていくことに尽きると思います。

──2020年7月時点で4400人の参加者がいるとのお話がありましたが、既に参加している方以外との新たな接点はどのようにつくっていますか。

講演会・勉強会に魅力的なコンテンツを用意し、Innoventure Labではないメンバーにも募集をかけています。「参加したければInnoventure Labに登録してね」と。

──なるほど。うまいテクニックですね。

また、新しい参加者を増やすことはもちろん重要ですが、重きをおいているのは再チャレンジしてもらうことです。一度でもこの制度に参加したことがあり、そのときに出した事業アイデアについても、どうピポッドすればよいのかがクリアになっている。かつ、人としての能力も高い。そうした人には、再チャレンジしてもらいたいと働きかけています。

──そこで言う「能力の高さ」とはどんなことですか。おそらく既存事業における能力の高さとは別物だと思うのですが。

そうですね。事業化検討および事業化初年度くらいまではなかなか増員もできないため、事業化に当たっては5人くらいのチームをつくってもらうことを条件の1つにしています。当然そのチームを自走させていくためには、巻き込み力や推進力を含めたリーダーシップを求めます。

──チーミングはどのように考えていますか。

イベントで知り合って意気投合しただけのチームだと、実は「課題が共有できていなかった」「軸がずれていた」なんてことが後から分かり、崩壊するケースがあります。単なるスキルマッチングにならないよう初期段階から働きかけるとともに、人材を探しているチームがいた場合は、そのチームに適した人材をわれわれがマッチング支援をすることもあります。

──チームとしてモチベーションを維持してもらうための試みはありますか。

結局、新規事業制度の初期段階におけるモチベーションは、困っている本人から課題を聞き、その人のために何とかしてあげたいと思えるかどうか、だと思います。不退転の決意とでも言いますか、課題当事者への思いが情熱に変わり、それがまた使命感に変わっていく。そうした瞬間を、Innoventure Labの中で意図的につくっていけるかを常に考えています。

──それはアルファドライブの哲学とも完全に一致します。新規事業では会社や事務局のできることはそれほどなく、モチベーション向上のきっかけをくれるのも顧客でしかない。サポート役にできることがあるとすれば、顧客のところへ行きやすい環境を整えてあげたり、行ったときに有意義な対話ができるスキルを身に付けるサポートをしたりすることです。

日本全体で見れば、社内起業は新規事業創出の手段の1つとしてまだ定着していないかもしれません。その意味では、われわれもまたチャレンジャーです。同じような課題を持っている企業の新規事業開発部門の方と、積極的に情報交換していきたいと思っています。ご興味ある方は是非お声がけください。ありがとうございました。

登壇者について

佐橋 宏隆

ソフトバンク株式会社 人事総務統括 未来人材推進室 イノベンチャー推進部 部長 / SBイノベンチャー株式会社 事業推進部 部長 / umamill株式会社 取締役 / conect.plus株式会社 取締役 / MICEプラットフォーム株式会社 取締役

ソフトバンクBB株式会社(現ソフトバンク株式会社)入社後、人事部門を経てソフトバンク株式会社(現ソフトバンクグループ株式会社)社長室へ異動し、グループの中長期戦略策定や新規事業PJ等を担当。東日本大震災の後、エネルギー事業の立ち上げのためSBエナジー株式会社を設立し、事業企画部長として、メガソーラーを中心とした再生可能エネルギー事業を推進すると共に関連投資先の役員も兼任。2014年より現職にて、ソフトバンクにおける社内起業プログラムの設計・運用・審査、および個々の事業の成長支援を推進する。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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