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イノベーションを生む鍵は「遊び心」 約300企業が導入、サントリー初の大規模デジタルプロダクト「SUNTORY+」立ち上げの舞台裏

導入

AlphaDriveは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部から識者をお招きし、定期イベントを開催しています。今回のゲストは、サントリー食品インターナショナル株式会社イノベーション開発部プロダクトマネージャー、プロジェクトリーダーの赤間康弘氏。法人向けヘルスケアサービス「SUNTORY+(サントリープラス)」の立ち上げをリードした人物です。
サントリー天然水やサントリー烏龍茶、BOSS、伊右衛門、GREEN DA・KA・RAなどの飲料を扱う同社が、いかにサントリー初の大規模デジタルプロダクトのローンチに至ったのか。その舞台裏に迫りました。

1.続けたくなる複層的な仕組みが設計されたヘルスケアアプリを開発

 SUNTORY+は、小さな「できた」の積み重ねによって、楽しく健康を促進できる法人向け健康アプリです。「できることから、健康へ」という考え方の下、ストイックにではなく自然と楽しく健康習慣が身につく内容になっています。
 アプリ内では、「朝起きて水を1杯飲む」など約60種類の超低ハードルな”ゆるく続けられる”健康アクションが提案され、誰でも簡単に健康対策が始められます。さらに効果は科学的根拠に基づいているといいます。操作方法も非常にシンプルで、アクションをしたら達成ボタンをタップするだけ。褒められたり、飲料クーポンがもらえたりと、複層的なモチベーション設計により長く続けられる仕組みになっています。企業(組織)向けのサービスとなっており、導入するには企業や組織内にサントリーの自販機を設置することで、無料で利用できます。

 「SUNTORY+は、従業員向けアプリ、人事ウェブサービス、リアルプロダクトとしての自販機がセットになったハイブリッド型サービスです。健康経営については、多くの企業が『意識の高い一部の従業員しか反応してくれない』『実際に健康行動を始めてくれない、続けてくれない』という課題がある中、SUNTORY+には始めたくなる、続けたくなる複層的な仕組みが設計されています。特に『リアルとデジタルをハイブリッドにした体験』が効果的に働いており、例えば、出社して設置された自販機や飲料を目にすることで『アプリをやらなきゃ』と思い行動が生まれた、という声をユーザーの皆さんからいただいています」(赤間氏)

 赤間氏は、ユーザーに刺さる事業立ち上げのため大事にしてきたポイントを「プロダクトづくり×チームづくり」の2つだと強調します。
 プロダクトづくりの「本懐」として、赤間氏はこのように語る。「課題解決型でマイナスをゼロに持っていくのはもちろん、遊び心で人を驚かせながら、ゼロをプラスに転じさせることです。そのためにも浅い課題をただ解決するのではなく、人間の根源的な欲求や心地良さをコアに据えた企画開発を徹底するべきです。そこまで持っていくことで、真にユーザーに刺さるプロダクトを作ることができます」。
 チームづくりにおいては、「最高のチームが最高のものをつくると信じています」と話す。「SUNTORY+は、10社・9部門・100人以上という多様性のあるバックグラウンドを持つチームのもとで開発しました。プロセスにおいては、チームのビジョン・ミッション・バリューを設計した上で、Flat(上下のない関係性)、Frank(率直でくだけた関係性)、Flexible(柔軟性)、Fun(遊び心)、Fairness(公平性)の5つの『F』を大事にしました」。
 リリースから1年強で約300企業が導入しており、利用者アンケートでは「健康行動が増えた」とする回答者が88%に達しているそうです。また、一般的なヘルスケアアプリの継続率は1ヵ月後に15%を切るというデータがある中、SUNTORY+は6か月経っても65%の方が継続できているといいます。

 赤間氏は「われわれの本当のゴールは、人の生活を豊かにすること。今後も導入企業数を増やし、多くの人々の健康で楽しい暮らしを定着させることです。その上で、社会保障や健康保険組合といった大きな社会課題も解決していきます」と意欲を見せます。

2.サービス利用料「0円」の法人向けビジネスモデル

 ここからは、AlphaDriveの古川央士がファシリテーターとなって行われたパネルディスカッションの内容を振り返ります。

──SUNTORY+を生み出した大規模DXプロジェクト発足の経緯を教えてください。

ヘルスケアというドメインがあらかじめ定められている中、新事業開発について議論を重ねていました。そんな折に、私が健康飲料のブランドマネージャーをしていた関係で、新規事業の企画チームが立ち上がりました。その活動の中でシリコンバレーのデジタルヘルス先進企業に触れ、サービス開発にフォーカスを定めていきました。とはいえ、最初から大規模なDXプロジェクトだったわけではなく、会社の端っこで小さく活動していました。
それから徐々に成果が出てきたため、周囲を巻き込みながら規模を拡大していきました。顧客設定で、企業の健康経営に重きを置いた理由は、企業の健康保険組合の約7割が赤字という深刻な社会課題になっており、多くの企業が困っているという背景と、自販機事業の変革の武器になればと思ったことです。企業に設置された自販機と、そこで働く従業員は物理的にもタッチポイントとして距離が近く、そのタッチポイントを活かすことで、新しいハイブリッド型のビジネスモデル、ユーザー体験をつくれると考えました。

──SUNTORY+は、自販機を設置するだけで全てのサービスを0円で利用可能です。もちろん導入企業300社の自販機が、サントリーのものにリプレイスされること自体が大きなインパクトを持ちますが、同時に、せっかくこれだけ使ってもらえるサービスをつくれたのなら「これだけでも儲けられるのでは?」とも思いました。

構想段階から「従業員が楽しく続けられる」「人事部門は気軽に導入できる」「自販機を設置してもらえる(=業界も潤う)」そんなWIN-WIN-WINを目標にしており、それを達成できました。確かに、多少のサービス利用料をいただく方向性もあったのかもしれませんが、今回は、そこで勝負しなくても飲料の販売で十分にマネタイズできると考えました。
競合戦略としても、他社が同様のヘルスケアサービスを従業員1人当たり月額300~500円で提供している中、無料というのは強力な競争力になります。リアルプロダクトを持っているメーカーならではの強みを活かしたビジネスモデルになっています。

3.サントリー飲料の広告っぽくならない理由

──UIなども拝見しましたが、「健康アクションを提案する→アクションを実施→飲料クーポンがもらえる」という一連の動線を持っています。これは、サントリー飲料を飲ませるための広告のようにも感じられてしまう可能性があります。その点は、何か工夫をしたのでしょうか。

広告臭を出すとユーザー体験を崩すことになるため、そうならないように設計しましたが、完全にその「ニオイ」を消してはいません。しかし、導入企業の声を聴いてみると、「健康意識を高めるためにも積極的にサントリーの飲料を飲みたい。飲んでほしい」という根強いファンがおり、否定的な意見は少ないことが分かりました。

──つまりは、たとえ広告っぽいアプローチをしても嫌がられていないということですね。それはもともと強い製品を持っていたからなのでしょう。だからこそ健康アプリとの親和性が生まれているとも言えると思います。

自販機や飲料というリアルプロダクトを持っている企業だからこそ戦える、そのビジネスモデルとユーザー体験をうまく設計した点が、今回のプロジェクトの肝だったと思います。

──高い継続率を生み出すための「UIやUXのつくり込み」という観点では、どのようなことを意識しましたか。

可能な限り早い段階から、実際に動くミニマムプロダクトをつくり、想定ユーザーに触ってもらいました。その中の1人に、プロダクトが「刺さった」方がいて非常に手応えを感じたので、N1分析でそのユーザー層の価値観を徹底的に分析し、その後の企画につなげました。
また、「体験のROI」と呼んでいますが、体験へのユーザーアクションの投資と、それに対応するリターンの設計に徹底的にこだわっています。投資である健康アクションは小さく、でもリターンとなる「褒め」や「リワード」は複層的で大きくするということを強く意識しました。その過程ではデジタルプロダクトを得意とするパートナー企業とのご縁にも恵まれました。

4.良いプロダクトを生み出すためのパートナーとチームづくり

──内製化が難しい企業のITサービス開発では、最初のパートナー探しが肝要です。どのような基準で選定しましたか。

長い付き合いになることを想定し、かなり慎重に選びました。具体的には、複数の会社さんと、最終的には今回のパートナーになっていただいたGoodpatchさんなどに、同一の期間・要件・費用でプロトタイプ開発を依頼しました。Goodpatchさんは常に当事者意識を持ち、とてもスピーディに、こちらがお願いしたこと以上のアウトプットを出していただけました。また、開発実装をお願いしているHeartRailsさんとの出会いも大きく、とても信頼しています。

──パートナーさんとは日々どのような改善を行っていますか。

プロトタイプを作っては壊してをスピーディに回すことをベースに、定性のインタビューと、定量のデータ分析を行っています。例えば、昨年1年間だけでも数百回のデータ分析からさまざまな企画を導き出しました。とはいえ、データだけではなく、自分たちが毎日使っている中で感じた課題や気付きはとても大事なので、チーム内で共有し、企画を立てたり、チーム内ハッカソンを実施して改善のアイデア出しにつなげています。

──まさしく「課題解決型でマイナスをゼロに、遊び心で人を驚かせ、ゼロをプラスにする」活動ですね。冒頭の赤間さんのお話の中には、「5F」というワードもありましたが、良いプロダクトを生み出すためのチームづくりについて、もう少し掘り下げて教えてください。

特徴的なところでは、アプリ開発、分析、カスタマーサクセス、営業推進、マーケティングなど、チーム分けが進むと壁ができてサイロ化しがちですので、プロジェクト管理ツールとして「Notion」を導入し、全ての議事録や仕様書、企画書、分析結果などあらゆる情報をチーム全体に共有して透明性を上げています。また、われわれのアジャイル開発では2週間に1回スプリントを回しますが、スプリントの終わりではKPT(Keep・Problem・Try)など通常の建設的議論・振り返りに加え、独自に「マイニュース」と「ありがとう」というイベントを組み込んでいます。「マイニュース」では、「最近ハマった漫画」など仕事に関係のないことを話し、「ありがとう」ではチームメンバーに謝辞を述べています。
こういった取り組みにより、「5F」の精神をチーム全体に定着させていきます。とにかくフラットでフランクなチーム風土を保つために、様々な取り組みや日々の小さなところまで気を付けています。

── KPTとともにルーティン化されていれば、メンバーは取り組みやすくなります。その点も含め組織運営にかなり工夫をされている印象を持ちました。最後に読者に向けてメッセージをお願いします。

サントリーはリアルプロダクトに強い会社ですが、こうしてDXやデジタルプロダクトに本格的に動き出しています。日本のリアルプロダクトに強いメーカーでもこうした「おもろいプロダクトやサービス」をつくれば、それはユーザーに真に刺さると信じています。これを読まれている皆さまも仲間だと思っていますので、ぜひ一緒に世界を変えるような、人々の生活が豊かになるプロダクトをつくっていきましょう。

──素晴らしく前向きなメッセージ、ありがとうございました。

登壇者について

赤間 康弘

サントリー食品インターナショナル株式会社イノベーション開発部 プロダクトマネージャー/プロジェクトリーダー

武蔵野美術大学卒業。同大学にて深澤直人氏に師事。任天堂株式会社入社。企画制作本部にてゲーム/サービスのプランナー、ディレクターとして従事。スーパーマリオシリーズ、スプラトゥーン、ゼルダの伝説シリーズ、ニンテンドーeショップなどの企画開発を担当。その後、サントリー食品インターナショナル株式会社に入社。飲料のブランドマネージャーを担当後、イノベーション開発部にてSUNTORY+(サントリープラス)の立ち上げを行う。第20回英国アカデミー賞、第20回日本ゲーム大賞グランプリ、iFデザインアワード、グッドデザイン賞、TheGameAwards2015 2部門受賞など受賞多数。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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