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成熟企業は「新規事業・人材・組織」でグローバル競争をどう勝ち抜くか?

0.導入

社会や市場が大きく変わりつつある現状は、成熟した大企業にとって存亡の危機なのか、それとも新たな飛躍へのステップボードなのか。過去の成功体験にすがるばかりでは、変化の波を乗り切ることはできません。

成熟企業の存続・飛躍のために有効な手段となるのが、スタートアップとの連携です。資本力や組織力を備えた成熟企業がスタートアップのスピード感や柔軟な発想を取り入れ、新たなブレイクスルーを模索することが、グローバルも視野に入れた成長の鍵となります。

今回は、3人のパネリストをお招きして、成熟企業におけるスタートアップとの連携の考え方や実践例、成功の要諦についてお話しいただきました。

1.成熟企業の未来を開く鍵は、スタートアップとの連携にある

岸田文雄首相は2022年の年頭記者会見で、同年を「スタートアップ創出元年」と定め、同年11月には「スタートアップ育成 5か年計画」を策定し、スタートアップ支援を鮮明にしました。変化が激しい世界情勢の中、日本経済が力強く再浮揚するきっかけになるとして、大きな期待を集めています。

この好機を生かすには、ただスタートアップの成長を待っているだけでは足りません。これまで日本経済を牽引してきた成熟企業が、スタートアップと連携し、新しいビジネスを推進することが求められています。

今回、大手企業の立場として東急不動産ホールディングス株式会社 取締役執行役員の宇杉真一郎氏、成熟企業とスタートアップの連携を支援してきた立場として株式会社プロノバ 代表取締役社長・株式会社ユーグレナ取締役CHROの岡島悦子氏、行政の立場として経済産業省の石井芳明氏の3人が会し、それぞれの立場から意見を交わしました。

ディスカッションの冒頭で石井氏は、くだんの「スタートアップ育成5か年計画」を取り上げ、同計画には「人材」「資金」「オープンイノベーション」の3本の柱があると解説しました。

「スタートアップの成長を推し進めるには、チャレンジする『人材』と、その成長を助ける『人材』を増やしていくことが重要です。また、スタートアップがグロースするためには『資金』も必要です。日本のスタートアップはアメリカなどに比べて規模が小さいことが多いため、官民ファンドを含めた資金提供の機会を増やす必要があります。

そして『オープンイノベーション』。スタートアップがチャレンジしやすい制度の整備、成熟した企業が事業部門をスピンオフする際の制度も用意し、スタートアップ・成熟企業がうまく連携できるエコシステムをつくっていこうとしています」(石井氏)

2.成熟企業には「両利きの経営」が求められる

石井氏の話を受けて岡島氏は、成熟企業がスタートアップと連携し、成長するには「両利きの経営」の考えが必要になると話します。同氏は約20年にわたり、成熟企業とスタートアップの協業をサポートしてきた実績を持ち、敬愛を込めて「ゴッドマザー」と呼ばれています。

「成熟した企業にとって、スタートアップとの連携は非常に重要なテーマであり、この20年の間に議論し尽した感のあるテーマです。もちろん、失敗事例も数多く見てきました。

そうしたことを経て思うのは、スタートアップとの連携を試みる成熟企業が、連携の要点をしっかり押さえておく必要があるということです」(岡島氏)

要点の一つは「両利きの経営」です。多くの成熟企業は、既存のビジネス領域で「利益を安定的に出す」ことを優先して事業を展開してきました。一方、スタートアップは、新しいビジネス領域でいかに事業を大きくするか、すなわち「成長率を上げる」かを最重要課題としています。

連携する際に、両者の方向性がずれていてはうまくいきません。もし成熟した企業がスタートアップとの連携を目指すならば、利益と成長率の双方を追求する「両利きの経営」へのシフトが必須になってくる、というわけです。

「両利きの経営を進めるうえで、一番の武器は『人(人的資本)』です。無形資産である人材の強化は、有形資産に比べて投資額が小さい割に、長期で見ると非常に大きなリターン(企業の成長)につながる可能性があります。私は以前から、人材を資産と捉える『ヒューマンキャピタル』の重要性を主張してきました。近年、徐々に人的資本経営に取り組む企業が増えてきており、人を基軸とした『両利きの経営』が広がることを期待しています」と岡島氏は語ります。

3.企業価値を高めていくには「社員の意識変革」が重要

成熟企業の当事者としてコメントするのが、東急不動産ホールディングスの宇杉氏です。同氏の言葉からは、成熟した企業が抱える人材マネジメントの重要課題が見えてきます。

「私は不動産会社の人間で、膨大な有形資産の集合体の中で生きています。皆さまもご存じの通り、不動産会社は『有形資産=ビル』などを持っていれば、そこが確実に収益を生んでくれました。しかし、近年は『PBR 1倍割れ*』が問題となっており、有形資産で大きな利益を得ることが難しくなっています。市場からも、いくら資産があっても成長を感じられない企業には、将来性が期待できないと判断されてしまいます」(宇杉氏)

* PBR(株価純資産倍率)は、株価が1株当たり純資産の何倍かを示す指標。PBR1倍割れの企業は、株主から提供された資本より市場評価が低い状態にある。

宇杉氏は、従来のように有形資産に過度に依存するのではなく、人的資本をはじめとした無形資産に目を向け、新たな価値の創出を図ることが必要だと語ります。そのうえで、自社の課題として、「安定した有形資産に頼る傾向のある社員の意識をどのように変革していくか」を挙げます。

「イノベーションによって新たな価値を生み出す組織へと変わるためには、旗印が必要です。政府のスタートアップ政策には、成熟企業とスタートアップとのオープンイノベーションが重要であると説かれており、これが格好の旗印として機能することを期待しています。社員の意識がイノベーションに向けば、既存の不動産会社の収益構造を見直し、いかに新たな成長を実現するかといった議論につながります」(宇杉氏)

さらに宇杉氏は、今後いっそう人的資本を意識した経営が重要になるとの認識を示します。

「現在、当社では、東京・渋谷を『新たな時代のエコシステムを象徴する街』へ変えていくプロジェクトに取り組んでいます。推進役を担う当社としては、スタートアップと共創できる創造性やリーダーシップを持った人材を育成していく必要があります。当社にとって人的資本強化の取り組みは、これからが重要な局面になります」(宇杉氏)

4.DX推進のジョイントベンチャーを核に人材改革を進める丸井グループ

ディスカッションの中盤では、パネリストの3人が関与する事例が紹介されました。まずプロノバの岡島氏から、自身が社外取締役を務める株式会社丸井グループの取り組みが共有されました。

丸井グループはもともと小売業を主軸とした会社ですが、近年はフィンテック企業への移行が進んでおり、ビジネスの変革に応じた人材の確保が課題でした。

「スポーツにたとえるなら、これまで野球が得意な人材が集まっていたチームが、サッカーをやることになり、さらにはサーフィンなど全く異なるスポーツが得意な人材も必要となってきた、という状況です。ここでアメリカの企業であれば、大胆に人員を入れ替えるところですが、日本ではそうはいきません。そこで丸井グループでは『UX改善』支援で大きな実績を持つ株式会社グッドパッチとのジョイントベンチャーで、株式会社Muture(ミューチュア)を立ち上げました」(岡島氏)

Mutureを改革の旗印としてDXを進めたことで、丸井グループには従来採用できていなかったPM(プロダクトマネージャー)を担う人材が加わり、新しいカルチャーがつくられていると岡島氏は語ります。

5.オープンイノベーション領域のスタートアップ支援に注力するKDDI

経済産業省の石井氏は、成熟企業とスタートアップとの連携の好例として、KDDI株式会社の事例を紹介します。

「オープンイノベーションの世界において、KDDIはとても分かりやすい事例といえます。同社のイノベーション組織の扱いは非常に巧みです。本社ではスーツにネクタイ姿の人々が大半ですが、スタートアップの支援部隊はラフな服装です。イノベーション部門を切り出している好例といえます」(石井氏)

またKDDIは事業共創プラットフォーム「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」を設けてスタートアップを支援しています。

6.内製にこだわることなく、必要に応じて専門家に委ねる

東急不動産ホールディングスの宇杉氏は「状況の変化に対応して、改革が必要な部門を社外に切り出すことの有用性」を示す自社の事例を紹介しました。もともと東急不動産ホールディングスには、子会社を多くつくることによって成長を図る文化があり、現在同グループには、独自の採用体系や勤務体系を持つ子会社が42社あるといいます。

東急不動産ホールディングスでは2021年、子会社の一つである東急ハンズを外部の大手ホームセンターに売却しました。自力での変革ではなく、小売業界に精通する外部に委ねることにより、大胆な方向転換を目指したのです。

「この経験からいえるのは、社内での改革にこだわる必要はないということです。むしろ経営改善は、その分野を得意とする企業に任せたほうが、ポジティブな結果が得られるということです」(宇杉氏)

7.既存の論理にとらわれない若手がスタートアップを支えていく

ディスカッション終盤、「成熟企業からの出向や、社長経験者を活用した人的資本の確保」をテーマに、フリートーク形式で活発な意見が交わされました。(以下、敬称略)

——子会社を多く立ち上げている東急不動産では、社長になるということが、何ものにも代え難い経験になると考えているそうですね。

宇杉氏 収益的にベストかどうかは別として、人材の成長という意味では、社長の経験は大きなプラスになると考えています。経営の経験を積むと、視点が全く違ってきます。

岡島氏 同感です。私もいろいろな会社で後継者育成計画を作成していますが、「若いうちに、ひと山持たせる経験をさせたい」といつも考えています。財務諸表からも資金繰りまでも全部経験させることで、経営者の卵として育っていきます。

——経済産業省では、経営に携わる人材を世に送り出していくため、行政として制度をつくったと伺いました。

石井氏 成熟企業からの出向起業がしやすくなるよう、補助金制度を立ち上げました。まず新しく立ち上げる事業について私たちが査定を行い、具体的な金額を決定します。内容によっては数千万円が支給される例もあり、企業側がそれなりの決意を持って臨めば、十分に応えられる規模の補助金制度だと自負しています。

岡島氏 出向起業は私も多くの事例を見てきましたが、気をつけたいのは、社内での地位が高い人を責任者として派遣するケースです。成熟企業でのキャリアや実績がある人は、スタートアップとスピード感などが合わないことが多いのです。

石井氏 スタートアップのスピード感は、本当に重要です。スタートアップは日々資金を燃やしながら進んでいます。そんなスタートアップに対して「(成熟企業の論理を持ち出して)数週間検討します」という返答はNGです。

キャリアや実績がある人ほど、自分たちの論理・ノウハウをスタートアップに持ち込んでしまいがちです。一方、キャリアや実績が少ない人は、持ち込むノウハウがないため、スタートアップとの協業でも柔軟に対応できることが多いです。

8.成熟企業に求められる組織の在り方

——本日の締めくくりに、「成熟企業に求められる組織の在り方」について、メッセージをお願いします。

宇杉氏 東急不動産は設立70周年を迎え、このままでは成熟企業を超えて衰退期に入っていきます。単一の分野に長年身を置き、知識だけは誰にも負けないといったような人材ばかりでは、企業として限界が出てくることは目に見えています。今後は経営面を含め、さまざまな経験を積んだ人的資本をどれだけつくり出せるか。課題解決に向けて考えを巡らせています。

岡島氏 「働き方のイノベーション」が重要になっていくと思います。成熟企業ではDXが進み、これまでの事業別の縦割りとは異なる形態のプロジェクトがたくさん走っています。そこでは、企業のカルチャーをもう一度つくり直す試みが必須になるでしょう。特に若手の皆さんには、新しい時代をつくっていくためにあえてリスクを取って前に進んでいっていただきたい。それが会社にとっても、良い方向に向かっていく道だと思います。

石井氏 成熟企業ほど、独自の哲学、方法論を持っている。あるいは過去の成功体験へのこだわりが強いので、ドラスティックな組織や風土の変革が難しいものです。そこで有効なのは、小さな成功を積み上げて、それを周囲に見せて理解を広げていくことです。一つ成功して満足するのではなく、それをいくつも積み重ねていくことで、やがて全体の変革につなげていくのだという意識が大切です。

——本日は、多くの示唆をいただき、ありがとうございました。

登壇者について

宇杉 真一郎

東急不動産ホールディングス株式会社取締役執行役員

1968年兵庫県神戸市生まれ。1991年 横浜国立大学工学部卒業。同年、東急不動産株式会社 入社。2002年より住宅事業本部に配属となり、2016年より再開発事業に従事。二子玉川ライズ タワー&レジデンス、Kosugi 3rd Avenue The Residence(コスギ サード アヴェニュー ザ・レジデンス)、HARUMI FLAG(晴海フラッグ)、ブランズタワー大船など首都圏を中心とした大規模再開発プロジェクトに携わる。2019年より再開発事業部門の執行役員を務める。2023年4月より現職。

岡島 悦子

株式会社プロノバ 代表取締役社長、株式会社ユーグレナ取締役CHRO

ヒューマンキャピタリスト、経営チーム強化コンサルタント、リーダー育成のプロ。三菱商事、ハーバードMBA、マッキンゼー、グロービス・グループを経て、2007年プロノバ設立。丸井グループ、セプテーニ・ホールディングス、マネーフォワード、ランサーズ、ヤプリにて社外取締役。20年12月より、ユーグレナの取締役CHRO(非常勤)に就任。世界経済フォーラムから「Young Global Leaders 2007」に選出。著書に『40歳が社長になる日』(幻冬舎)他。

石井 芳明

経済産業省経済産業政策局新規事業創造推進室長

経済産業省にて、中小企業・ベンチャー企業政策、産業技術政策、地域振興政策等に従事。LLC/LLP法制、日本ベンチャー大賞、始動Next Innovator、J-Startupなどのプログラム創設を担当する。2012年経済産業省新規事業調整官。2018年に内閣府に出向。日本オープンイノベーション大賞、スタートアップ・エコシステム拠点都市などのプログラム創設を担当する。2021年から現職。(Twitter:@yoshi_ishii)

麻生 要一

株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO

大学卒業後、リクルートへ入社。社内起業家として株式会社ニジボックスを創業し150人規模まで拡大。上場後のリクルートホールディングスにおいて新規事業開発室長として1500を超える社内起業家を輩出。2018年に起業家に転身し、アルファドライブを創業。2019年にM&Aでユーザベースグループ入りし、2024年にカーブアウトによって再び独立。アミューズ社外取締役、アシロ社外取締役等、プロ経営者として複数の上場企業の役員も務める。著書に「新規事業の実践論」。

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