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東急不動産の社内ベンチャー制度から生まれた「TQコネクト」、事業化までの道のり

0.導入

 アルファドライブは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部から識者をお招きし、定期イベントを開催しています。今回のゲストは、東急不動産ホールディングスの社内ベンチャー制度から誕生したTQコネクトの代表取締役社長である五木公明氏と、取締役副社長の江部宗一郎氏です。社内ベンチャー時代のサービス開発から事業化に至るまでの道のりについて、アルファドライブの古川央士がお聞きしました。

1.高齢者の不安・不満・不信を、インターネットを通じて解決

2021年設立のTQコネクト株式会社は、高齢者を対象に、オペレーターがオンラインでインターネットの使い方を支援した上で、インターネットを通して各種生活支援を行うプラットフォーマーです。
同社提供サービスの特徴は、高齢者でも利用しやすいシンプルなインターフェースにあります。サービスの提供スタイルは2つあり、各種トラブルの専門窓口(詐欺相談・家のトラブル・健康相談)に直接つながり、ビデオチャットで相談できる「ダイレクト相談」と、タブレットでの操作に困った際、オペレーターを呼び出して自身が見ている画面を共有しながらサポートを受ける「インターネット利用操作のサポート」です。

 事業のきっかけは、同社の五木氏の母親が、訪問詐欺の被害に遭ったことでした。五木氏は2019年度、東急不動産ホールディングスの社内ベンチャー制度「STEP」で、「悪質訪問者から高齢者を守るためにオペレーターが訪問対応を代行するビジネス」を起案。翌2020年度には訪問詐欺撃退を軸に、サービスの流れとシステム開発を検討していきました。
「高齢者は、生活のあらゆるシーンで不安・不満・不信を抱えていますが、その大半はインターネットで解決できます。そんな気付きから、タブレットのボタン1つでオペレーターによるインターネット利用サポートを受けられるサービスの事業モデルを検討し、複数回の実証実験を実施。その後社内審査を通過し、事業化が決定しました」(江部氏)

 将来的には「高齢者と企業・行政をつなげるプラットフォーム」への進化も念頭に置いているそうです。

2.実体験から生まれたビジネスアイデア、制度挑戦のきっかけ

 ここからは、アルファドライブの古川央士がファシリテーターを務めたパネルディスカッションの内容を振り返ります。

──最初のテーマは「社内ベンチャー制度挑戦のきっかけ」です。社内ベンチャー制度のSTEPをきっかけに生まれたとのことですが、お2人がSTEPに参加された経緯・背景を教えてください。

五木:私はもともと東急不動産の社員で、入社から30年間ほど住宅事業に携わっていました。新規事業を担当することになりましたが、当時は社内に仕組みがなく、さまざまな不満がありました。一時は退職して起業することも考えました。そんなことを考えていたさなか、STEPが立ち上がりました。

──運命的なタイミングだったのですね。

五木:先述した通り、母親が訪問詐欺被害に遭遇したことに加え、実は私自身あるきっかけから全身まひの状態となり、半年ほど入院生活を余儀なくされたことがありました。自らの意思で身体を動かせない、意思疎通が図れないという実体験から多くの不自由さを感じ、シニアの方の生活を想像するようになりました。

── 一方の江部さんは、どのようにジョインされたのでしょうか。

江部:私は入社後最初の5年間はリゾートホテルの開発に従事しましたが、6年目から東急不動産ホールディングスに出向となり、不動産業とデジタルを組み合わせて新しい事業をつくることに取り組んでいました。五木さんの課題認識にはかねてから共感していたこともあり、本事業に参画することにしました。

3.起案から事業化まで、ユーザーヒアリングを経てブラッシュアップ

──改めて起案から事業化までのプロセスについてお聞かせください。

五木:STEPの枠組みでは事業化決定まで一次審査・二次審査・最終審査と3回の審査があります。私たちの場合は2019年度の起案タイミングですが、一次審査は書類審査で、通過すると3カ月間くらいの検証を経て二次審査に臨みます。そこも通過すると、今度は会社から予算を与えられ、パートナー会社を巻き込みながらの実証実験に挑むことになります。それを1年間ほど経て、2020年度の最終審査に通過しました。

──二次審査、最終審査とビジネスアイデアをブラッシュアップしていったと思いますが、どのような変化が見られたのでしょうか。

五木:一次から最終まで「本当にお客様ニーズがあるのか」「そのニーズに対してソリューションが提供できるのか」「そのソリューションにいくら払ってもらえ、会社としてどれだけのコストがかけられるのか」「その収益とコストから利益は出るのか」など、検討することは、あまり変わらなかったと思います。もちろん後半の審査になるにつれ、よりきめ細かい粒度を求められるようになっていきました。

江部:特に最終審査は「儲かるのか」「スケールするのか」、そして「競争優位性」などを厳しく問われます。しっかりと定量的に事業計画を示さなくてはなりませんでした。

──一連のプロセスで特に印象的だったことはありますか?

江部:1つは、「どの切り口から手を付けるべきか」の議論です。それまでの業務は、新しいことに取り組むときでも過去の事例を参考にできましたが、新規事業ではそうはいきません。五木さんと2人で何度も議論を重ねました。もう1つは、1年間で4回ほど行った実証実験でのユーザーヒアリングです。特に本取り組みの対象となる高齢者の特性として、遠慮や配慮から自分の考えを伝えるのを控える傾向があるので、ある程度の期間をかけて「見て、感じる」ことで、潜在課題を掘り起こさなければいけませんでした。

4.数百人で検証、緻密な商品開発の裏側とは

──実証実験のフェーズについて、詳しくお聞かせください。

五木:数百人の高齢者を対象とした検証を行いました。大事にしてきたことは、深掘りするフェーズと深掘りから得た気付きを試すフェーズを分けて考えること。幸い私の場合は、母親やリハビリのときの仲間が本サービスの対象ユーザーだったこともあり、そうした限定的な数人に対しては「深掘り」を実施。その後、サービスを動画などで具現化して第一印象を確かめるときには「その他大多数」に聞き取りを実施しました。数百人と一口に言っても、その中で関わり方の深度を変えていました。

──その他大多数には、どのようにアプローチしたのでしょうか。

五木:パートナーの存在が大きかったです。パートナーと言っても業務委託関係というよりは、このビジネスに共感してくれた本当のパートナーです。4人のパートナーが深く関わっていて、総勢6人のネットワークを駆使しながら協力してくれる高齢者施設・団体を探しました。

──4回の実証実験ではどのようなことが検証されたのでしょうか。

江部:最初の2回は「訪問詐欺の課題を解決するための実証実験」という位置付けです。2回の実施で、高齢者の生活における負の課題は、詐欺被害以外にも存在していることを改めて認識でき、その多くは「インターネットで解決できる」という仮説が生まれました。そこで3回目は高齢者にタブレットを渡して、タブレット内のボタンを押すだけでオペレーターを呼び出せる環境を仮設的に整備しました。それを2カ月間試したところ、コロナ禍ということもあり健康に関するお悩みが非常に多く寄せられました。そこで4回目は、健康相談にフォーカスを当てました。結果的に「各種トラブルの専門窓口」「インターネット利用操作のサポート」の2つの機能の実装に至りました。

5.インターネット+オペレーターの理由。「全員」を前提にしたサービスは広がらない

──確かに高齢者の生活で抱える課題の多くは、インターネットで解決できます。しかしそれとは別に「オペレーター」にもつながることが、独自の価値だと感じます。そこにたどり着いたきっかけは?

五木:東急不動産の住宅事業部に在籍していたときの経験ですが、「全員」を前提にしたサービスは広がらないものです。インターネットに抵抗感を持つ高齢者も取り込むためには、オペレーターによるサービスも必要でした。そこで、インターネット+オペレーターの形をとりました。

──全てをオペレーターで解決していたら、採算が合わなくなるのではないでしょうか? 

五木:当然その点は、当初から懸念しました。だからこそ2年間の運用の中でオペレーションの質の低下を感じさせることなくお客様対応を効率化させることを繰り返し、今ではオペレーションにかかる時間を当初の30分の1くらいに短縮しました。2年間の経験の蓄積でその問題を解決しています。

──最後に、今後の展望をお聞かせください。

江部:高齢者とインターネットサービスをオペレーターのサポートによってつなぎ、高齢者の生き生きとした生活を支援したいと考えています。まずやるべきは、高齢者が生活シーンで抱えている課題を解決することです。自社だけでは限界があるので、さまざまなインターネットサービス会社の方と一緒に取り組んでいきたいと考えています。

五木:この1年間でさらに思いを強くしたのは、「つながる」という前提のもとでは、高齢者はやりたいことをどんどん出してくるということ、そして社会・企業の側も高齢者とコンタクトを取りたがっていることです。ただ一方で、新しいものへの警戒心が存在します。それらのハードルを下げるとともに、新たなサービス拡充のアイデアを試しながら社会実装していけたらと考えています。

──ありがとうございました。

登壇者について

五木 公明

TQコネクト株式会社 代表取締役

京都大学工学部卒。1990年より東急不動産株式会社に入社。分譲住宅の企画、開発を中心に、住宅関連の各業務に携わった後、2016年から住宅の新規事業、新規サービスの開発を担当。

江部 宗一郎

TQコネクト株式会社 取締役副社長

青山学院大学経営学部卒。早稲田大学大学院経営管理研究科(MBA)終了。2013年より東急不動産株式会社に入社。リゾートホテル・ビジネスホテルを企画、開発。2018年より東急不動産ホールディングスに出向。不動産領域での最先端技術を活用した新しいビジネスモデルの検討や新規事業、新規サービスの開発を担当。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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