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現業か、新規事業か?「社内起業家というキャリア」を徹底議論

導入

起案者、そして事務局やメンターが新規事業の創出に挑む中で、多くの人が抱える悩みや課題がある。その解決のヒントを提供しているのが、新規事業開発支援を行う株式会社アルファドライブの「新規事業よろず相談室」。今回のテーマは「社内起業家というキャリア」です。新規事業開発に携わる中でのキャリア開発・キャリア形成についてのお悩みに答えていきます。

難易度の高い「β版」開発者は、もっと評価されるべき

お悩み1:新規事業部署内での評価

古川:開発者からのお悩みです。新規事業では起案者・事業計画作成者といったビジネスサイドばかりが評価され、「開発者は社内評価・社内キャリア形成に不利」だと嘆いています。

麻生:事業化判断前のフェーズでは、開発者が前面に出てくる場面がないので、おそらく事業化決定後のフェーズの話でしょう。事業化決定後フェーズの中でも、より後ろの方の工程であれば開発チームにも予算が与えられ、プロジェクトをリードするような立場になるかもしれません。でも、前の方の工程(プロジェクト創業期)では、リソースも予算も限られている中でたった1枚の資料から開発をすることが求められるケースが起こりがちです。
この悩みはすごく共感できます。新規事業立ち上げ期のプロダクトマネジメント・開発マネジメントは、もっと評価されるべきだと思います。

古川:おそらくこの方は、いわゆるプロトタイプ(=α版)と事業化直前の本開発の狭間にあるβ版に特化した開発者なのでしょう。

麻生:プロトタイプとも言えないし、本開発ほど要件が定まっているわけでもない。未検証の中からどれを検証するか、その定義とKPI設計、それにひも付く最小限の要件定義などを考慮しながら、アジャイルに開発していくことが必要です。絶妙なあんばいが求められますし、職種として確立してほしいとすら思っています。

古川:でも、話を聞いていて思ったのですが、すでにそのプロジェクトチームの経営にまでコミットしているのであれば、評価されているビジネスサイドの面々として名前を連ねてもらえばよいのではないでしょうか? 

麻生:それができればよいのですが、起案者・創業者ではなく途中参加のメンバーなので、3番手くらいの評価がせいぜいでしょう。そうすると、やはり会社の中で「職種として立てる」ことが先決だと思います。難しいとは思います。日本の新規事業全般の課題として、われわれも啓蒙していかなければいけないと感じています。

古川:新規事業開発室のようなところで連続的に次々と新しいプロジェクトを立ち上げている企業なら、そうしたポジションを置くことも可能かもしれません。しかし、新規事業単体で見ると結構難しい部分もあるかと思います。

麻生:そうですね。たとえ評価されなくても、個人のキャリアとしての市場価値が高まることは間違いありません。自信を持って頑張ってほしいです。応援しています。

現業と新規事業のどちらをとるか? 顧客と向き合い見えてくる

お悩み2:現業か、新規事業か

古川:現業と新規事業を兼務されている人は多いことでしょう。将来的に現業と新規事業のどちらの道を選択することになるかもしれません。そうなった場合に、どのように判断すればよいのでしょうか。

麻生:教科書的な回答としては、こんなことで悩んでしまう程度の新規事業開発テーマなら、最初からやらない方がいいと言えるでしょう。もっと言えば、こんなことで悩んでいるくらいの入れ込みようならば、多分その新規事業は立ち上がらない。人生をかけて解決したいテーマがあってこその新規事業です。私は日ごろから「顧客のところへ300回行きましょう」と言っていますが、この程度のモチベーションでは300回も行けないでしょう。
キャリア戦略を軸に「新規事業開発にチャレンジすべきかどうか」を議論すると、一般的なキャリア戦略としては「社内で成り上がる」と「市場価値を高める」の2つの方向性があります。当然、前者なら現業、後者なら新規事業です。質問者が将来的にどちらのキャリアをイメージしているのかによって、採るべき選択が変わると思います。
一方で、この質問者のケースは該当しないかもしれませんが、現業で成り上がり、会社の中で大きな権力を持つと、いずれ社内で好きなことができるようになります。そのときに自分のやりたい新規事業をやってみるという方法もあります。かなりの時間を要しますが、「まずは現業を極めてみる」というやり方もあるにはあります。

古川:「現業のポジションを失うのは怖い」という言葉から察するに、失ったら怖いくらいのポジションに就かれているのでしょう。きっと会社ではエース的存在で、新規事業コンテストに出してみたら、あれよあれよと事業化が進み「このまま異動になるのでは?」と不安を感じている。麻生さんが「顧客のところへ300回行きましょう」とアドバイスしたように、案外、顧客と向き合う中で答えが見つかるかもしれません。新規事業は、顧客と向き合う中で「自分が解決しなければいけない」と思えるかどうか、そこまで自分の思いを持っていけるかどうかが肝です。
新規事業にチャレンジしたことは本当に素晴らしいことです。ここで投げ出してしまったらもったいない気もします。たとえ新規事業の方で失敗しても、この方くらいの力があれば何度でもやり直しができるのではないでしょうか。まずは真剣に新規事業が想定している顧客と向き合ってみることをお勧めします。

麻生:そうですね。事業化に成功し市場での評価も得たら、本社に返り咲き、素晴らしいキャリアを築くこともできるかもしれない。むしろそれが一番格好いいキャリア戦略だと私は思います。

アサイン型の新規事業開発で当事者意識を持たせるのは困難

お悩み3:アサイン型におけるモチベーション醸成

古川:会社が主体となってチャレンジする領域(テーマ)を定めて、適任者に白羽の矢を立てる「任用型」の新規事業開発における、モチベーションの醸成に関するお悩みです。この質問者のケースでは、「社歴10年以上」「40代前後」のメンバーを中心に任用されているようです。

麻生:前提ですが、会社としてチャレンジしたい領域を決めてから白羽の矢を立てているのが大きな問題だと私は思います。それはさておき、お悩みに対して回答しましょう。
「社歴10年以上、40代前後を多く」ということですから、おそらく複数人を任用しての合議制でしょう。このやり方だと結果的に任用した社員のキャリアをつぶしてしまう恐れがあります。

古川:私も同意見です。その上で、この質問者のケースをどのように進めていくべきか。会社が領域を定めているとはいえ、「ウェルビーイング」のような大ざっぱなものであるならば、定められた領域を保ったまま、抜てきされた参加者のモチベーションを維持する事業開発の取り組みに変えていくことはできると思います。

麻生:例えば、参加者それぞれの原体験にもとづくウェルビーイングのテーマを探してもらいます。そうすると、5人それぞれが課題の当事者に触れることになり、モチベーションが形成されます。ただそのときに難しいのが、5人それぞれがテーマを見つけて顧客検証を行う中で、「会社から下ろされたテーマと整合性はとれているのだろうか?」と心配になり、歩みを止めてしまうことです。おそらく真面目で優秀な社員を抜てきしているでしょうから、なおさらそうなりがちです。

古川:確かに、会社が領域を定めたことで新規事業の当事者になりきれないという課題はあるかと思います。

麻生:そこで、「チャレンジしてもらいたいテーマとして、『ウェルビーイング』と定めました。でも一度全てを忘れて、おのおのが顧客とテーマを見つけてください」と指示するのも、一手です。しかしこの手は、組織構造的に難しいかもしれません。
やはり、どうしても会社側が領域を定めたいなら、しかもキャリア開発も念頭に置いているなら、領域(テーマ)を設定した新規事業開発プログラムを全社公募型で立ち上げるのが良策でしょう。そこで生まれてきたボトムアップの新規事業アイデアと、領域(テーマ)を設定した経営企画室の思いをつなげていき、関わるメンバーのキャリアを開発していくのはどうでしょうか。

古川:その制度設計なら、これまでボトムアップ型の新規事業開発制度を多数ご支援してきたAlphaDriveがお手伝いできる部分があると思います。ぜひお声がけください。

社内調整力は汎用的なビジネススキルだが単独では武器にならない

お悩み4:社内調整はキャリア形成につながるか

古川:スタートアップなどと比べると大企業はどうしても社内調整に時間がかかるものです。これって自分のキャリア形成につながっているのか、というお悩みです。

麻生:2つ思うことがあります。まず、社内調整は「社内で出世する」というキャリア形成につながりそうですよね。社内調整のよいところは、社内の人脈が増えること。それは出世するときの貴重なキャリアアセットです。
もう1つ、人材市場の中での市場価値が高まるのかという観点では、「見た目上の」市場価値向上にはつながらないと思います。しかし、質問者は「スタートアップ企業と比べて社内調整に時間がかかる」と言っていますが、スタートアップでも実は社内調整が必要です。会社規模が小さいのであれば確かに社内調整はそれほど必要ないかもしれませんが、ベンチャーキャピタルや株主との調整が必要になります。社内調整力は、大企業であろうがスタートアップであろうが汎用的なビジネススキルです。

古川:この質問から感じ取れる、「だから大企業って駄目だよね」的な文脈には異議を唱えたいです。そういう「あるある」は私も理解できますが、大企業にもスタートアップにもメリット・デメリットの双方があります。サラリーマンも起業家もどちらも、新規事業をやり切れることはすごいことだと思いますし、麻生さんが言った通り「上層部がVCに」「経理部門が税理士に」「法務部門が弁護士に」といった具合に各部門の立場が置き換わるだけです。つまり大企業もスタートアップも仕組み自体は同じ。「大企業は社内調整が……」などと卑下してほしくないです。

麻生:そもそも社内調整だけでは、本質的なキャリア形成にはつながりません。「語学として英語をしゃべれる」くらいのスキルだと思ってください。英語を使えるから出世するということではないでしょう。英語も社内調整も、それを使って何ができるかが重要。社内調整にとらわれ過ぎず、ビジネス的なプロフェッショナル性を身につけていっていただきたいです。。

会社から求められるホウレンソウやアイデア出しは「1%の力で」

お悩み5:新規事業に関わるインセンティブ

古川:既存事業の枠組みにとらわれ過ぎた会社で、「新規事業創出に関わることのインセンティブ」を得られないというお悩みです。

麻生:このパターンにおける「正解」はあります。社内で基本動作とされる「ホウレンソウ」と、社内で評価されるアイデア出しを1%くらいの力でやり過ごすことです。
日本の企業風土では長らくホウレンソウをよきこととしてきた歴史があります。止められるはずもありません。これまで私たちは、ホウレンソウに厳しい上司と向き合うとき、適当にごまかしながらやってきたと思います。そこで宿題を出されても、うまく手を抜きながらこなしてきた。会社のルールに必要以上の時間を割いてしまうのは理想的ではありません。

古川:質問者のケースのように旧態依然とした会社で、「これでは新規事業ができない」という悩みなら、どうですか?

麻生:新規事業に取り組む意義について上層部に分かってもらうしかありません。役員への勉強会を開き、そこに私を呼んでください。

Q&Aセッション

以下、その他に寄せられた質問に短くお答えします。

——大きな既存事業を持つ自社において、組織長として新規事業に対するモチベーションをどのように社員に持たせればよいか悩んでいます。

麻生:既存事業が「右肩上がりか、伸び止まりか、右肩下がりか」で話が変わります。右肩上がりなら、新規事業はやらなくていい。堅調な既存事業に注力した方がいいでしょう。伸び止まりや右肩下がりなら、当然新規事業を進めるべきです。そのときのモチベーションの持たせ方は「ムチ」と「アメ」の2パターンです。ムチのパターンは「このまま既存事業にしがみついていたら会社ごとなくなるかもしれない」というホラーストーリー。アメのパターンは「新規事業でトランスフォーメーションのリーダーになると出世する」というサクセスストーリー。2つのストーリーを使い分けてみてください。

——社外に出ることを想定したときの、新規事業開発に携わることで得られるキャリアの広がりや魅力について教えてください。

麻生:新規事業開発能力とは、新しいことを立ち上げるスキルを持っているということです。よって、大企業の新規事業開発部門に転職しても、スタートアップやベンチャーに転職しても引く手あまたです。年収も、今の会社で冷遇されているとしたら、新規事業開発を経て転職することで間違いなく上がります。

——大企業で時間をかけて新規事業に取り組んだが、世間的に無名な事業にしかならなかったり、事業として成功したとは言い難い結果になったりした場合、キャリアとしての対外的なアピールはどうするとよいですか。 

古川:事業の知名度や成功結果がどうであれ、本当にその事業を立ち上げた内容やストーリーをきちんと説明できれば、転職市場でも評価されると思います。

麻生:誰もが知るサービスになるのが一番ですが、キャリア的にはそこまでなる必要はありません。現業の仕事が世間に知られているのかと言えば、知られてない事業の方が多いはずです。知られてない仕事にも、必ずプロフェッショナル性があります。キャリア形成に、事業の知名度は関係ないのです。

——社内起業家を支援する事務局のメンターとしてのキャリア開発について、事務局の育成方法と合わせて教えてください。

麻生:古川さんは事務局の支援に思い入れも深いと思いますが、どうですか。

古川:ケースとしては「すでにキャリアを持っている人がメンターにアサインされるパターン」と「新規事業経験者がメンターになるパターン(前年度の起案者がメンターとしてサポートするなど)」の2パターンがあると思います。
前者の場合はすでにキャリアアップの途上にあるので、後はマインド&スキルの問題です。AlphaDriveではこの「よろず相談室」とは別に「新規事業メンターアカデミー」を開講しています。メンターとしてのキャリア開発に役立つ情報をお伝えしていますので、ぜひご覧ください。
後者の場合は、現業との兼務で新規事業開発室や経営企画室に絡んでいるケースが多いことでしょう。コーポレート側の立場で新規事業に関わってみると、他の起案者の事業プロセスを俯瞰して見られるようになります。その経験は、社内起業家としてのキャリア形成に役立つはずです。

——新規事業のハードルを下げ、できるだけ多くの人に参加してもらいたい。新規事業を走らせた上で、たとえ薄くても「みんなが新規事業開発のキャリアを持っている状態」にしたい。でも、新規事業を選択するキャリア開発では「決死の覚悟」が必須なのでしょうか。

古川:キャリアのレベル感によると思います。山登りに例えると「みんな一度くらいは富士山に行った方がいいよね」くらいのレベルなら、その通りです。ただ五合目・七合目・山頂まで行かなければ分からないことがあるのもまた事実。富士山踏破は決死の覚悟がなければ、難しいでしょう。新規事業も同じです。

麻生:そうですね。一合目にいるときには決死の覚悟を持っている必要はありません。登るごとに段々と傾斜がきつくなり、人は決死の覚悟になっていきます。だからこの方が書かれていることは本当にその通りで、できるだけ多くの人に参加してもらい、新規事業開発を薄くても経験させるのはとてもよいこと。でも途中から必ず、決死の覚悟が必要になりますから、その意味では、新規事業開発プロセスの「傾斜設計」が事務局としての腕の見せどころとも言えます。

——新規事業におけるプレーヤーとしての選手生命について。アイデア出しは若手が有利になりがちです。ある程度の年長者は、「新規事業のやり方・進め方」にシフトした方がよいのでしょうか。

麻生:全くそんなことはありません。アイデア出しは、若手が有利とは言えません。そもそも、新規事業開発ではアイデア出しなんて、それほど重要ではありません。

古川:大きい会社の新規事業制度を見ても、評価されているのはシニアが多い印象です。

麻生:新規事業は、若手が有利な世界ではありません。一昔前の起業なら若手が有利な風潮があったかもしれませんが、最近はシニアの活躍が目立っています。イノベーションは一定の経験値がないと難しい面があり、むしろ年長者が有利と言っていいのかもしれません。私の感覚では、起業家のホットゾーンは35歳前後という印象ですが、それは体力的な問題からです。体力面を除けば年長者が不利なんてことは、絶対にありません。

筆者について

麻生 要一

株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO

大学卒業後、リクルートへ入社。社内起業家として株式会社ニジボックスを創業し150人規模まで拡大。上場後のリクルートホールディングスにおいて新規事業開発室長として1500を超える社内起業家を輩出。2018年に起業家に転身し、アルファドライブを創業。2019年にM&Aでユーザベースグループ入りし、2024年にカーブアウトによって再び独立。アミューズ社外取締役、アシロ社外取締役等、プロ経営者として複数の上場企業の役員も務める。著書に「新規事業の実践論」。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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