導入
新規事業創出制度の起案者、そして事務局やメンターが新規事業の創出に挑む中で、多くの人が抱える悩みや課題がある。その解決のヒントを提供しているのが、新規事業開発支援を行う株式会社アルファドライブの「新規事業よろず相談室」だ。今回のテーマは「新規事業アイデアのつくり方」。相談室に寄せられた、新規事業開発でのアイデア創出にまつわるさまざまなお悩みに答えていく。
新規事業をアイデアから始めてはいけない
お悩み1:新規事業アイデアの探し方
古川:最初の質問は「新規事業アイデアのネタを探す際のヒント」を教えてください、というものです。これに関連して、「新規事業アイデアを考えるとき何をしているか」をアンケートしてみました。選択肢として「社内でブレスト」「とにかく外に出る」「フレームワークを駆使する」「お風呂で瞑想(めいそう)」を用意したところ、約半分が「とにかく外に出る」と回答。一方で3割が「社内でブレスト」と回答しており、会議室でアイデアを練っている人が多いことが分かりました。
麻生:大前提ですが、新規事業はアイデア出しから始めてはいけません。必ず顧客課題から始める必要があります。課題当事者のもとに行き、顧客に話を聞く。そしてそれに対して提示できる解決策が「新規事業アイデア」です。課題当事者に会わずにデスクトップリサーチのみで考える行為自体が、そもそもの間違いです。
アンケート結果を見て私が強調したいのは、その「順番」の重要性です。先ほどの選択肢の中であれば「とにかく外に出る」が最初に行うべき行為。向かい先は当然、顧客のもとです。一度も外に出てないのにブレストや瞑想から始めるのは、よい方法とは言えません。
古川:あえて質問しますが、外に出るためには事前リサーチで得た“筋のよい仮説”が必要だと唱える方もいます。それに対してどのように考えていますか。
麻生:筋のよい第一歩にこだわるなら、筋のよいとされるトレンドから始めればよいと思います。メタバースとかNFT(Non-Fungible Token=非代替性トークン)とか脱炭素とか、いくらでも挙げられるでしょう。例えば、NFTについて書籍やインターネットで調べれば、「クリエーターやアーティストがトークンを発行することで、これまで無限にコピーされてきたデジタルアートが、唯一性を持って取引できるマーケットプレイスが成立可能」など、基本的なビジネスモデルの意義が理解できるでしょう。
では、ビジネスモデルが分かった後に何をすべきか。それは、課題当事者であるクリエーターやアーティストのもとに行き、そうしたソリューションが本当に必要かどうかをヒアリングすることです。ヒアリング結果によっては、別のビジネスモデルやソリューションに変えることだってあり得ます。
古川:いずれにせよ、「外に出る」ことが必須になるということですね。
麻生:はい。筋のよい第一歩を望む人は、デスクトップリサーチの後、直ちにパワーポイントでの資料作成に移りがちです。しかしそれでは、実のあるプレゼンはできないでしょう。筋が良かろうが悪かろうが「一歩外へ踏み出すこと」が重要なのです。
新規事業開発でのブレストは注意が必要
お悩み2:アイデア集約の手法について
古川:次はブレストにまつわる質問です。
麻生:会議室の中だけで決めようとするのではなく、まずは顧客のところへ行くべきです。
古川:私も新規事業開発におけるブレストは、一昔前のやり方だと思います。最近の新規事業ではブレストがなくなってきた肌感覚がありましたが、まだ「ブレスト頼み」の会社があることには正直驚きです。「ブレストだけの時代ではない」と、危機感を持った方がよいでしょう。強調しておきたいのは、ブレスト自体が“悪”ではないということ。何か大きな社会課題解決に取り組まなければいけない、だけど「誰の課題を解決したらいいか」「どんな顧客像なのか」みたいなことが何も分かっていない状態のときに、一度俯瞰するためのブレストなら意味があると思います。そこに課題当事者の意見を勝手に想像してペタペタと貼り付けていくから、おかしなことになる。
麻生:顧客からインサイトを得た後、ソリューションベースのブレストをするのは、間違っていないと思います。
古川:日本企業は課題解決を得意としてきました。社員は難易度が高いお題を分かりやすく社会や会社から与えられ、技術イノベーションを起こしながら課題を解決してきた歴史があります。その日本において流行ったのがブレストでした。だから解決策を生み出すとき、有効な手法として取り入れやすいのかもしれません。ただ、新規事業開発でやるべきは「問題発見」や「課題発見」です。「解決策発見」の手法をそのまま持ち込んでもうまくいかないのは当然です。
麻生:ブレストの悪い点を挙げるとすれば、その人の脳の中にある情報からしかアウトプットされない点。課題の“外”にいる人間だけでブレストするのが大きな問題なのです。そういう意味では、課題当事者(顧客)と一緒に行うブレストはかなり有効です。
マーケットへの後発参入は、新規事業領域では分が悪い
お悩み3:後発参入のアイデアは悪い?
古川:「後発参入のアイデアはよいか、悪いか」。これに関しても、事前アンケートを取ったところ、「後発でもよい」との意見が圧倒的多数でした。
麻生:私の結論は、後発参入の事業アイデアがあってもよいと思います。しかし、それはもはや新規事業ではない。大企業の資本力で先行プレーヤーを後ろから追い立てて市場シェアを取るのは、一般的な経営戦略です。ただしそれが成立するのは、巨大な資本やアセットが投入されるという条件下でのこと。巨大な資本やアセットが投入されるのなら、それはもう、既存事業上の成長戦略です。
おそらくこの質問は、既存事業とは切り離された、出島的な新規事業開発部が後発参入のアイデアを出してきたケースと見受けられます。だとすれば、それは新規事業にふさわしくないアイデアということになります。既存事業と切り離されたところでは成立しません。
古川:新規事業として後発参入のアイデアが出てきても、やがて進められなくなる段階を迎えるということですか?
麻生:そうですね。既存事業の側には既存事業の側で「成長戦略のストーリー」や「投資の優先順位」を持っているため、そこに割り込むことはできないというのが会社の論理だと思います。会社の資本やアセットを頼りにできるとも限らないし、新規事業側だけで決められることではありません。
逆に言えば、それらの問題や状況が全てクリアにされた新規事業開発の枠組みであれば、有効に機能すると思います。例えば、「会社の成長戦略策定に当たり、このアセットを投入してこういう領域でアプリケーションをつくりたい。しかし、既存事業側にその能力がないから新規事業側でつくってほしい」みたいなケースです。しかしそのケースはとてもまれですから、結論はやはり「後発参入は、新規事業領域では分が悪い」ということになります。
事務局が果たすべきは、会社の「制約条件」を読み解くこと
お悩み4:アイデア探索時の制約条件・方法について
古川:アイデア探索時に、制約条件・探索方法をチーム内で共有しておくべきか、という質問です。しかし、これだけだと詳しい事情が分からず、質問の趣旨がつかみきれません。そこで、この質問を少し発展させて答えたいと思います。
新規事業の制度・プログラムには募集テーマがあります。きちんと設計されている素晴らしいテーマがある反面、ほとんど中身がないぼんやりとしたテーマ設定も見受けられます。そうしたケースでは、本当はOBゾーン(「ここまではやるけれど、ここからはやらない」というゴルフに例えた線引き)やNGラインといった制約条件があるのに、募集要項には何も記されていません。
麻生:後から制約条件を出されて、「先に言ってよ」となるパターンですね。
古川:そういうケースは、どう読み解けばよいですか?
麻生:まず、起案者が読み解くことは不可能です。読み解くことができるとすれば事務局です。特にその会社の新規事業におけるOBゾーンは、経営陣の頭の中をハックしなければ分かりません。事務局は一定程度のポジション・要職に就いた方が勤めているケースが多いでしょうから、それが可能なことがあります。また、閲覧できる過去3カ年ほどの資料などから読み解くこともできるかもしれません。さらに可能なら、経営企画室に近い立場を利用して、経営会議でどのような戦略議論がなされているのか調査してほしいと思います。
古川:その上で事務局が担うべき役割は何でしょう。
麻生:新規事業開発の一次審査となる書類選考、もしくは実証実験前の審査会までの判断・オーガナイズではないでしょうか。例えば、あるIT会社の新規事業開発で起案者が「うどん屋」を出店しようとしているとします。
古川:普通に考えれば絶対審査に通りませんね(笑)。
麻生:自社の戦略にそぐわないそうした事業アイデアは、事務局が判断して落選させるか、起案者に方向転換を促す。他方、起案者からよくよく話を聞いてみると、将来的にはそのうどん屋にITの仕組みが組み込まれ、ビジネスとして発展の余地があったとします。その場合は、事務局はその事業アイデアが会社の戦略に沿うようオーガナイズしてほしいのです。自社の強みが生きるかたちにピボットしていくとか、OBゾーンから少しはみ出した事業アイデアをはみ出さないようにガイドしていくなどといった役割です。
古川:事務局次第で、起案者はOBゾーンギリギリを攻められるようになりますね。
麻生:このテーマで起案者にお伝えしたいのは、最終審査直前まで事業アイデアがOBゾーンに入っていても、「軌道修正する策がある」ということです。先ほどのうどん屋の例だと、「IT会社でなぜうどん屋をやる必要があるのか」と上層部から問われたとき、こう答えるのです。
「実を言うと、このうどん屋はステップ1です。次のステップではこれをチェーン展開し、300店舗の出店を目指します。それが達成できら、さらに次のステップとして来店者の顧客データ収集を実施。具体的にはインバウンドと国内の消費動向の差をAIで分析したプラットフォームを展開し、最終的にはそこから生まれたデータを販売していきます。これなら当社ビジネスとも親和性があるでしょう。しかしこのビジネスをやるには、うどん屋という実業から始めないといけません。つまりわれわれが本当にやりたいのはうどん屋ではなく、収集装置としての飲食店なのです」
これならOBゾーンじゃありません。今、適当に考えた話ですが、少し面白いと思いませんか?
古川:なるほど(笑)。OBゾーンからの軌道修正は1日あればできる。起案者の方も参考になったのではないでしょうか。
万人ができる事業開発は「顧客課題起点」の開発だけ
お悩み5:新規事業は顧客課題から想起すべき?
古川:次の質問は、本当に新規事業は顧客課題から想起すべきか、というものです。質問者は、「iPhoneのように顧客課題起点じゃない事業開発もあるのでは?」とお考えです。
麻生:これ、とてもいい質問です。当社(アルファドライブ)は常に、顧客課題から始めることを提唱しています。なぜなら、万人ができる事業開発は顧客課題起点だけだからです。iPhoneの開発が顧客課題起点かどうかは解釈が分かれるところですが、それはさておいても、顧客課題起点ではない事業開発は世の中にたくさんあります。MetaのVRハードウエア、ソフトウエアの「Oculus」やユニクロのヒートテック、古くは“電気”だって、そうだと言えます。そこで問いたいのが、「エジソンのように電気を発明できますか?」ということです。
古川:難しいですね。
麻生:近年で言えば、青色発光ダイオードをつくれる発明家ならば、顧客課題起点でなくてもいいのかもしれません。でも、大半のビジネスパーソンはそうではないでしょう。よほどの天才でもない限り、顧客課題起点でやるのが、身のためだと思います。
古川:要は「プロダクトアウトか否か」という話ですね。プロダクトアウトはマーケットの反応が分からない状態から市場に出していくため、お金も時間もかかります。その点、顧客課題起点の事業開発はマーケットを見つけてから始める。だからお金や時間をかけずにできる。そうしたことを含め顧客課題起点の開発は、さまざまな人に開かれた手法なのです。
Q&Aセッション
以下、その他に寄せられた質問に短くお答えします。
——顧客検証の取り組み方について教えてください。
麻生:顧客検証の進め方についてお話しすると、それだけで研修がいくつも成立するくらい深い話です。ここで端的に言えるとすれば、「実証実験のプロトタイプをつくりすぎないこと」でしょうか。顧客検証は検証結果を得ることが目的なので、そのためのプロトタイピングに無用なお金や時間をかけてはいけません。
古川:また、顧客検証フェーズにある「ヒアリング」と「プロトタイピング」はまったくの別物であるということを意識するとよいでしょうね。「ヒアリング」は顧客仮説と課題仮説、つまり誰が顧客なのか、誰がどんな課題を抱えているのかを確かめるためのインタビューです。そこに答えはありません。ならば、答えを導き出すためには何が必要なのかといえば、それが「プロトタイピング」です。ここでは答えになりそうなものを顧客にぶつけ、相手の反応をうかがいます。顧客検証と一言で言っても「仮説を確かめたいのか、検証したいのか」で手法が変わることに注意しましょう。
——新規事業を検討するとき、既存事業への将来的な貢献を問われる。しかし事業として考えるとアイデアが狭くなる。どうしたらよいのか?
麻生:既存事業への貢献を最初から考えながら新規事業を立ち上げるのは難しいものです。なぜなら新規事業とは、起案者チームが目前の顧客課題解決への貢献だけに集中することで奇跡が起き、そこから「0→1」が生まれる事業開発プロセスだからです。「0→1」が生まれた後、それが、結果的に既存事業へ貢献できればよい、と私は考えます。
しかし、新規事業をつくることを強く課している会社でも、経営者の本音は「最終的には既存事業にインパクトをもたらしてほしい」だったりします。論理としてはどちらも間違っていないため、非常に難しい問題でもあります。
古川:アドバイスはありますか。
麻生:既存事業とのつながりなんて無視して、「いつか何らかのかたちで事業貢献できる」と信じ切ればよいと思います。本当にそれが既存事業に貢献するかどうかは、新規事業から何かしらの価値が生まれたときに初めて分かる。信じて進めるのみです。
古川:でも、本編に出てきた「うどん屋」の話みたいに、既存事業とのつながりを無視した新規事業開発だとしても、机上で帳尻合わせすることも可能ですよね?
麻生:そうですね。ただ、そうした会社には、事務局や新規事業の設計者でできる“処方箋”があります。1つは会社の制度として「新規事業の話に首を突っ込むな」とトップマネジメントにくぎを刺しておく方法。でも現実的にトップマネジメントはアイデア段階から小まめにチェックしたがります。だからその壁となる事務局の人たちが「適当に考えた完璧な資料」でやり過ごしてほしい。先ほどのうどん屋の話みたいに、社長に何か問われても「これはデータプラットフォームのビジネスにつながります」などと答えて、なんとか理路整然とはねのけてくれたら頼もしいですね。
——会社から問われるのは「どのように事業をスケールさせるのか」ばかり。特にニッチ市場を狙った新規事業開発にはネガティブなコメントが集まり、なかなか前に進めません。
古川:ニッチ市場だと大変そうですね。やっとシャープな顧客課題を見つけ、そこに対してPoC(概念検証)に臨もうとしたのに「そんなのに注力したところでビジネスとしてスケールするのか」と言われた、という話はよく聞きます。
麻生:大企業だと「これはどうやっても取るに足らない規模にしかならない」という結論にたどり着くことがあります。そのときはもう打ち手なし。起案者がどうしてもその事業をやりたいのなら会社を辞めて起業するか、会社にMBO(事業譲渡)をお願いするしかありません。
一方で、ニッチ市場の捉え方があまりにもステレオタイプすぎる会社もあります。場合によって巨大市場に発展する最初のトリガーとして有効な新規事業なのかもしれず、その見極めや設定が非常に重要ではないでしょうか。トリガーになるか否かのポイントは「ターゲットを拡張できるか」そして「二階建て・三階建てのマネタイズが可能か」。トリガー事業として認められるかどうかは、起案者がこのいずれかを“語る”ことができるかどうかにかかっています。
登壇者について
麻生 要一
株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO
大学卒業後、リクルートへ入社。社内起業家として株式会社ニジボックスを創業し150人規模まで拡大。上場後のリクルートホールディングスにおいて新規事業開発室長として1500を超える社内起業家を輩出。2018年に起業家に転身し、アルファドライブを創業。2019年にM&Aでユーザベースグループ入りし、2024年にカーブアウトによって再び独立。アミューズ社外取締役、アシロ社外取締役等、プロ経営者として複数の上場企業の役員も務める。著書に「新規事業の実践論」。
古川 央士
株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO
青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。