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新規事業のプログラム運営を徹底討論

導入

起案者、そして事務局やメンターが新規事業の創出に挑む中で、多くの人が抱える悩みや課題がある。その解決のヒントを提供しているのが、新規事業開発支援を行うAlphaDriveの「新規事業よろず相談室」だ。第10回目となる今回のテーマは「プログラム運営」。年を重ねるごとに応募数が増え、新規事業開発人材が育ち、そしてビジネスの種が生まれていく。そのようなプログラムを実現する事務局運営の「いろは」について答えていく。

ボトムアップ型は新規事業の種をまくのにうってつけ

お悩み1:なぜボトムアップ型で?

古川:新規事業プログラムの立ち上げにまつわるお悩みです。事務局として、ボトムアップ型で行う新規事業開発プログラムの重要性を経営層に説いていますが、ボトムアップ型の捉え方や意識の差があり苦労しているようです。ボトムアップ型は、AlphaDriveとしても推奨していますが、このお悩みには、いくつか気になるポイントがあります。

麻生:それは何でしょう?

古川:1つは、「プログラム運営に資源(人・金・時間)を割く決断」とありますが、ステージゲートをつくることで資源を割く必要性はなくなります。もう1つは、「事業案依存ではない、人依存」「財務目標だけでなく人材育成を見据えた新規事業開発の重要性」とありますが、やはり新規事業開発の目的は、新規事業を創出することそのものに重きを置くべきだということです。

麻生:その通りです。そもそも新規事業開発は、「財務目標か人材育成か」の二律背反で考えるべきではありません。

古川: ボトムアップ型だけが正しい新規事業の在り方ではありません。例えば、短期間で効率的に大きく立ち上がる新規事業として、M&Aがあります。他にも、トップダウン型やR&D主導型、オープンイノベーション支援、アクセラレーションプログラムなど、さまざまな手法があります。あらゆる手法で新規事業をつくっていけばよいのです。

麻生:ではなぜ、AlphaDriveはボトムアップ型を推奨しているのか。

古川:それはボトムアップ型が、あらゆる新規事業を生み出すのに適した重要な方法だからです。先ほどM&Aを例として挙げましたが、実行するには、M&Aという実務をこなせる人材がいなければかないません。ボトムアップ型は、会社の中に新規事業の種(=事業アイデアと人材)をまくのにうってつけの手法です。この質問者へのアドバイスは、ボトムアップ型を選択したとしても人材育成ありきでやるべきでなく、事業創出を念頭に置いてほしいということです。それが結果的に新規事業創出の種をまくことにつながっていきます。まずはご自身でマインドセットし、それから経営層に説いていくのがよいかと思います。

本気度が分かる先行事例で人を呼び込め

お悩み2:プログラムに人を呼び込むには

古川:有望な人材ほど本業が忙しく、なかなか新規事業開発プログラムに応募してくれない。たとえ参加してもらえても、結局プログラムに時間を割き切れないという課題です。有望な起案者を呼び込むには、どうすればよいのか。まずは、有望な人材が応募してくれないという課題の対策はありますか。

麻生:捉え方によって対策は異なります。本業が忙しい人ほどエントリーしてくれないという事情はよく理解できますが、「新規事業開発で活躍する人」と「既存事業で活躍している人」が必ずしも一致するわけではありません。つまり、必ずしも既存事業で活躍している人を呼び込む必要はありません。既存事業のエースにエントリーしてもらうのは悪いことではありませんが、既存事業で輝けない人が新規事業で輝けることがあるのが新規事業開発の面白いところです。

古川:同意見です。むしろ、既存事業で活躍している優秀で有望な人材を新規事業開発に引っ張ってくるのはもったいない。引き続き既存事業を担当してもらった方が、会社にとってもよいと思います。

麻生:一方、有望な人材どうこうではなく、単純にエントリーが少ないというケースもあり得ます。その課題には、どのように立ち向かいますか。

古川:ここでは語り切れないくらい、さまざまな考え方や方法があります。しかし、大前提として押さえておくべきことは、「エントリーする側が意味や意義を感じられるか」ということです。例えば、「毎年プログラムが開設されていることは知っているけれど、いつもそれほど優れたアイデアが事業化されていない」「事業化までたどり着いても起案者本人が関われない」など、ある意味冷めた目で見ているようなら、当然、エントリーしないでしょう。エントリーに人が押し寄せるのは、魅力的な事業が立ち上がったときです。意味・意義を感じさせる先行事例、言い換えれば、まずは会社の本気度が分かる先行事例をつくる必要があります。

麻生:本当にその通りですが、そうした先行事例があると、一方でハードルが高く見えてしまい、エントリーに二の足を踏む懸念が出てきます。そこで、先行事例を広めつつも、入口の部分ではハードルを下げなければいけないと思います。

古川:誰もが新規事業開発で活躍できる可能性があるということを印象付ける施策を組み合わせて考えたいところです。

麻生:エントリーを増やすなら、①イベントやコンテンツで新規事業開発制度のすごさを見せつける、次に、②意識が低い人に合わせる、最後に、③事務局が一人一人口説く、この流れがよいと思います。AlphaDriveが属するユーザベースグループに「think beyond」という新規事業育成プログラムがありますが、そこの事務局はSlack内で告知をした後、スタンプを返した人全員を口説いているそうですよ。

古川:それもまたすごい話ですね。ただ、こうした話だけをうのみにするのも少々危険な気がしています。お祭りみたいな人の集め方をすると、確かに事業案は集まりますが、結果として「選ばれた人だけ」が活躍する制度(仕組み)という印象を与えてしまいかねません。そうすると、また翌年以降に人が集まらなくなってしまいます。そこで私は、①〜③に加えて、「④当落に関わらず集まってきた全員を大切に扱う」も推奨します。

理解が得られないなら、会社制度を都合よく使うべし

お悩み3:プログラムを改変する際の上司の説得方法

古川:新規事業開発のプロセス整理やステージゲート設計をしている人のお悩みです。起案者チームの活動が社内にこもりがちになるなど、顧客課題設定の弱さを感じて制度設計から見直そうとしています。しかし上司から、「社内でつくったものが一番合っている」と言われて困っています。要するに、質問者の上司がプロダクトアウト的な考えに固執しているようです。

麻生:製薬会社や素材メーカーなど、R&D要素が強い会社のビジネスモデルならそれも分からなくはないですが、この会社がソフトウエア産業やサービス産業に近い業態なら、かなり根深い問題です。端的に言えば、「役員会議に私、麻生を呼んでほしい系」のお悩みです。それほど根底から変えていかなくてはならない問題です。しかし、よろず相談室の回答としてはそれではいけません。どう攻略しましょう?

古川:既存の制度やステージゲートの中の枠組みではなく、事務局オリジナルの課外活動や有志活動をつくってしまうという方法はどうでしょう?

麻生:会社の制度とは別に、非公式の枠組みをつくるということでしょうか。

古川:そうです。会社公式の既存制度やステージゲートに顧客課題解決の要素を盛り込むことに賛同が得られないのであれば、事務局が勝手に非公式のコミュニティをつくり、その中で顧客課題解決をやってしまえばいい。非公式だと最初は会社側も文句を言うかもしれませんが、顧客課題と向き合いながら生まれたソリューションが、「これは儲かるビジネスだ」と判断されれば、会社側も態度を改めるかもしれません。最終的に会社公認となり、お金を出してもらえれば、それでもいいのではないでしょうか。「会社の制度を都合良く使う」という発想に切り換えて、前向きに進んでいきましょう。

新規事業開発は「4人以上では成立しない」が定石だが…

お悩み4:チームメンバーを指名制で選ぶプログラム

古川:このお悩みは、プログラム運営者ではなく起案者から寄せられた、プログラム運営にまつわる質問です。この会社の新規事業プログラムは「リーダーのみ立候補制」で、「メンバーはリーダーによる指名制」がルールのようです。質問者は立候補したリーダーであり、メンバーの巻き込み方に悩んでいます。

麻生:そもそもこの会社のルールでは、リーダーが指名すれば、指名した人を必ずメンバーにできるということなのでしょうか。そうなると、かなり強引なルールです。

古川:この文面だけでは、会社のルールの詳細までは分かりませんね。「最低でも4名は指名せねばならず」と書いてあるので、質問者は4人も指名しなければいけないことに悩んでいるのかもしれません。とりあえず、こういう事例が「他社でもあるのでしょうか」ということに対しては、私の知る限りは例がありません。1人で新規事業を進めていくのは大変な部分もあるため、1人チームの起案者に「チームつくった方がいいよ」と促す「半指名制」のような制度がある会社はあります。しかし、「最低○人は指名しなければいけない」みたいな強制ルールは聞いたことがありません。

麻生:どういう思想でつくられたツールなのか、気になるところです。拙著『新規事業の実践論』にも書いていますが、そもそも「4人以上の新規事業は成立しない」が私の持論です。4人以上が関わると、新規事業開発は自動的にうまくいかなくなってしまう傾向があります。人数の問題はおいても確かなのは、指名された側がそのビジネスアイデアに思い入れや「Will」を持てなければうまくいくはずもありません。

古川:制度の是非はともかく、この制度でやらなければいけないとした場合、何か「抜け道」のような方法はありますか。

麻生:「最低4人」ということであれば、50人くらい指名してはどうでしょう。そしてリーダー権限で、「いかにこの事業をやりたいか」を50人全員にプレゼンテーションさせる。つまり熱意のある人を絞り出し、中心メンバーをつくってしまうのです。

古川:その案は、賛成です。何も分からない中で、ピンポイントで指名するなんて不可能に近いですから。

麻生:もう1つ方法があります。それはいきなり4人を指名するのではなく、まずは誰か1人をパートナーに指名する。会社の中には、「この人が横にいてくれたら最強だな」と思えるような凄腕エンジニアなどがいると思います。口説けるかどうかは別ですが、指名された側もきっと悪い気はしません。それに成功したら、あと3人も指名しなければいけないのなら、その3人は新卒から指名する。彼らは何も分からないことが前提です。起案者+パートナーの手足となって活躍してもらいましょう。実質2人+3人のチームです。

古川:案外、楽しそうなチームになりそうですね。お悩みの詳しい事情は分からないままでしたが、なかなかよい着地ができたのではないでしょうか。

事業化決定後のふ化期間は、事務局が担う

お悩み5:事業を生み出すための出口戦略

古川:事業計画策定後の出口戦略、実行部隊への引き渡しがうまくできていないようです。

麻生:最終審査での事業化決定までは進むが、その後、事業が立ち上がらない。これは新規事業開発でよくあるパターンです。最もお勧めの解決策は、事業化初年度から2~3年目くらいまでは、事務局が実行部隊を担う方法です。ある程度の収益化のめどが立つまで、事務局が事業立ち上げを担うのです。その後、実行部隊や既存事業部門に引き渡します。

古川:新規事業開発室内に事業化初期の機能やノウハウを持つ、ということですね。

麻生:その通りです。例えるなら、ふ化する前の卵を誰かに渡せば、途中で割れてしまう危険性があり、ふ化までたどり着けないかもしれません。ならば、ふ化してから引き渡せばよい、ということです。

古川:同意です。逆に、「事務局で持たない」パターンがあるとすれば、「対象となる事業と領域の近そうな既存事業部門を最終審査段階からあらかじめ巻き込んでおく」「子会社をつくり渡す」などの方法があります。

麻生:古川さんの方法も含め解決策は複数ありますが、この問題の本質は、「事業化決定の手間まではサポートが手厚いのに、事業化決定の後になると急に何のサポートもなくなる」という、新規事業開発プログラムによくある、仕組みの欠点にあります。何もない荒野に新規事業を放り出してもビジネスは育ちません。さまざまな苦労を重ねてようやく新規事業の種が芽生えそうなのに、事務局が何の支援もしないなんて本当にもったいない話です。

古川:付け加えるならば、事務局として行うべき起案者の支援は、開発・マーケティング・セールスです。企画やデリバリー・納品の部分は、起案者チームで頑張れたりするものですが、現実的にお金がかかる開発・マーケティング・セールスは、いくら優秀な起案者チームでも経験がないと難しいものです。

麻生:開発をやったことがなければ、開発会社の選定に失敗する可能性も高くなります。同様に、マーケティングやセールスをやったことがなければ、誰にも届かない間違った広告・宣伝プランを立ててしまう可能性が高くなります。「事業案はよかったのに立ち上がらない」というのは、往々にしてそういうことが原因で発生します。だからこそ、事務局がその役割を担ってほしいと思います。

古川:ちなみにその仕事は、かなり楽しいと思います。次々に立ち上がってくる新規事業の初期設計を自分で手がけられるなんて、最高にやりがいがあります。採用枠を設け、そうしたことを得意とする専任者を中途採用してもよいと思います。

Q&Aセッション

以下、その他に寄せられた質問に短くお答えします。

——新規事業にフルコミットしてもらうとキャリアが寸断される懸念が生まれる。チャレンジャーを増やすのに効果的なインセンティブ設計を教えてください。

麻生:通常、新規事業開発においてプログラムをきちんと設計できれば、少なくとも事業化決定まではフルコミットにはなりません。まずは、寸断が起きないような制度設計が重要です。事業化が決定して子会社を立ち上げるといった段階になればフルコミットも致し方ありませんが、その段階になれば、出世ルートとは別の道になりますが、キャリア寸断どころか市場価値が何倍にもなります。それが最大のインセンティブです。

古川:おそらく、プログラムそのものがフルコミットになっていて、インセンティブでなんとかしようとしたお悩みなのでしょう。インセンティブについては、私のnoteの「新規事業創出制度における『インセンティブ』のあるべき姿」という記事が、参考になると思います。

——提案がうまくいかなかった起案者に、「損をした」と思われる。彼らをフォローする施策例を教えてください。

麻生:書類選考で落選した程度ならたいしたダメージがありませんが、「損をした」と思われるということは、「結構な段階まで進んだが失敗の烙印(らくいん)を押された」というようなケースだと思います。しかしその段階まで進んだのならば、かなり能力が開発されているはずです。事務局は、その起案者の上長に接触して、「彼はこんなにも成長した」「もっと大きな仕事を任せてあげてほしい」といったことを解説してあげるとよいでしょう。

古川:チャレンジした時点で、人事評価を加点評価する会社もあります。一方、落選者フォローの枠組みという観点から付け加えれば、起案者の皆さんはプログラムを通じて会社の新規事業になる「渾身(こんしん)の案」を生み出してくれたわけです。そうした努力へのアンサーとして、落選させたアイデアに対しても、「審査基準に照らし合わせてどこが良くて、どこが駄目だったのか」をフィードバックしてあげてほしいです。納得していない起案者には特に丁寧に対話した方がよいでしょう。その他、「通過アイデアと似たようなアイデアを出していた落選者には、マッチングイベントを開催する」「次年度に向けた再チャレンジを促すブートキャンププログラムを開催する」などの施策も効果が期待できます。

筆者について

麻生 要一

株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO

大学卒業後、リクルートへ入社。社内起業家として株式会社ニジボックスを創業し150人規模まで拡大。上場後のリクルートホールディングスにおいて新規事業開発室長として1500を超える社内起業家を輩出。2018年に起業家に転身し、アルファドライブを創業。2019年にM&Aでユーザベースグループ入りし、2024年にカーブアウトによって再び独立。アミューズ社外取締役、アシロ社外取締役等、プロ経営者として複数の上場企業の役員も務める。著書に「新規事業の実践論」。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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