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トヨタ自動車・MUFGトップマネジメント対談 業界のリーディングカンパニーは新規事業開発をどのように捉え取り組んでいるのか?

0.導入

AlphaDriveは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部からキーパーソンをお招きし、定期的にイベントを開催しています。今回は、トヨタ自動車と三菱UFJフィナンシャル・グループ両社の「トップマネジメント対談」の模様をお伝えします。モデレーターを務めたAlphaDrive代表取締役社長 兼 CEOの麻生要一が、双方の新規事業開発プログラムにおける取り組みの全体像と成果、そして今後の挑戦について伺いました。

1.トヨタ自動車、MUFG。それぞれの体制と取り組み

今回の対談は、トヨタ自動車事業開発本部本部長の中西勇太氏、三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)常務執行役員の大澤正和氏の両名によって行われた。最初に、それぞれの会社の概要や近況が報告された。

まず中西氏が口火を切った。トヨタ自動車は、グローバルに存在感を示す自動車メーカーだが、事業の発端は1937年に豊田自動織機から分離独立したベンチャービジネスにある。創業者の豊田喜一郎氏は豊田自動織機で働く傍ら、業務時間外の「部活動」、ときには「道楽」とも言われながら国産自動車の開発に従事。「戦火の中でもこの国を明るくしたい」という思いで、「空飛ぶ車」「海を走る車」なども構想したと創業時のエピソードを紹介した。

中西氏が本部長を務める事業開発本部は、そうした創業者の思いを引き継ぎ、1980年代後半に設置された。現在は「トヨタの未来に貢献する、新しい価値・競争力ある事業の創出」「新価値創造に向けた、仲間づくりをリードし、ビジネスを具体化」することをミッションに300人規模で活動している。そんな同本部についてこう語る。

「広範な領域でボトムアップ型のビジネスを具現化していこうと、新事業企画部(エネルギー事業室・ヘルスケア事業室・事業統括室)、アグリバイオ事業部、マリン事業室を管轄下に置きますが、100年に一度の大変革期といわれる昨今は、『モビリティカンパニーへの変革』という大号令のもと、ソフトウエアサービスの開発などにも注力しています。自動車をつくる・届ける・使っていただく・廃棄するという一連のサーキュラーエコノミーの各プロセスで生じる『正負の価値』を『強み・課題』と捉えながら、これからの戦略を明確化していくためにも関連会社との連携やシナジーを一層強化していきたい」(中西氏)

続いてMUFG常務執行役員の大澤正和氏は、国内最大級メガバンクである三菱UFJ銀行の他、信託銀行・証券会社など、グループ企業の総計で連結従業員13万人、全世界に約2000カ所の拠点を置くなど、広範に及ぶグループの概要を改めて伝えた。

そんなMUFGは2021年4月、パーパス(存在意義)「世界が進むチカラになる。」を定義するとともに、「MUFG Way」を制定した。そこには「金融機関は社会経済の黒子に過ぎず、皆様が一生懸命生きていくための後押しをする存在」との思いがあると語った。同時にテック系企業など異業種参入組と渡り合うためにも、近年は他社とアライアンス提携しながら、Embedded Finance(エンドユーザーが自ら金融事業者にアクセスせずとも、普段利用している非金融事業者の提供するサービスから利用できる金融サービス)に取り組んでいる。そして自らが主導する新規事業開発の取り組みについて以下のように語った。

「2019年、新たなオープンイノベーションを興していくためにも、独自のCVCとしてMUFG Innovation Partnersを発足。スタートアップへの出資・事業共創の取り組みも強化しているところです。その成果は業務サービスにも波及し、徹底したペーパーレス化を実現するようなシナジーも生まれつつあります。また、社内の取り組みとしては全従業員を対象とした新規事業創出プログラム『Spark X』を2022年に始動。初年度には早速約650件の事業開発テーマが寄せられ、入賞プロジェクト3件の事業化を進めています」(大澤氏)

2.ボトムアップ型の新規事業開発に取り組む意義

以降はAlphaDrive代表取締役社長 兼 CEOの麻生要一がモデレーターを務め、企業内「新規事業開発」に関するディスカッションが行われた。まずは冒頭の大澤氏の近況報告を受け、中西氏が所感を述べた。

中西氏 新規事業創出プログラム「Spark X」のお話がありましたが、当社も先般、既存制度を刷新し、新たに公募型の新規事業開発プログラムを開設しました。よく言われているように、本当に新規事業開発は「多産多死」であり、ステージゲートをクリアして事業化にこぎ着けるのは毎回数件程度です。ただしそれでも「挑戦し続ける」ことを企業文化として広げていきたいと考えています。創業者である豊田喜一郎は、かつて「部活動」などと言われましたが、われわれは、それを業務としてしっかり取り組んでほしいと願っています。その意味で、MUFGの取り組みには共感する部分がたくさんありました。

大澤氏 Spark Xは、昨年(2022年)が最初の年ということもあり、興味本位で「ちょっとのぞいてみよう」という参加者も多かったと思います。ただ、おかげさまで初年度から650件もの応募がありました。しかし2年目も同じようにいくとは限りません。今は、参加者のモチベーションを下げない制度策定に頭を悩ませているところです。

——0→1の新規事業では、「1億円のビジネス」を創出するだけでも大変なことですが、数兆円レベルの既存事業に比べれば、小規模と言わざるを得ません。それでも「ボトムアップ型新規事業開発」を運営する意義はどこにあると捉えていますか。

大澤氏 われわれMUFGがいま社会的に求められているのは、これまでの時代のように「金融サービスを提供すること」だけではなくなってきています。特にEmbedded Financeが当たり前になってきた今の世の中では、アライアンスを組む相手となる会社、すなわちお客様のニーズを知らなければいけません。

例えばMUFG はNTTドコモと協働で、デジタル口座サービス「dスマートバンク」を提供していますが、「通信事業ではお客様に出来るだけ長く継続的にご利用頂きたい」といったNTTドコモのニーズを理解できなければ、私たちは何も仕事になりません。もちろんこれまでにも当行で口座を開設されるお客様、あるいは融資させていただくお客様と数多く接してきましたが、何かと規制の厳しい業界の習わしとして、バンカーたちはあまり外に踏み出すことができなかった。
ボトムアップ型新規事業開発は、そんなバンカーに、これまではなかなか経験することのなかった「他流試合」の機会を与えてくれますし、顧客の課題を考える癖が養われていくと思います。

中西氏 同感です。当社社員もビジネスアイデアを考えると、どうしても「シーズありき」になってしまいます。つまり、お客様のニーズを聞こうとせず、自分たちの持っている技術で勝負しようとする。大澤さんは「他流試合」と表現されましたが、われわれも自動車メーカー以外の業界の方とのたくさんの会話から各業界のニーズを拾い、己を変えていかなければいけないと思います。

当社制度のステージゲートにはTPS(Toyota Production System、トヨタ生産方式)の考え方を取り入れていますが、その根底には「工程の中で品質をつくり込む」「後工程で品質不良を出さない」という教えがあります。それを期間内にクリアするためにも、お客様ニーズをしっかりと聞き取らなければいけません。最近はその癖がだいぶ身に付いてきたように感じています。

——組織的・経営的なインパクトにつながりそうな兆しはありますか。

中西氏 ありますね。トヨタ自動車の本業は自動車の開発・販売であり、長らく「クルマをつくっている人・売っている人が一番偉い」とする気性が、当社には少なからずあったと思います。しかし、当然ながらもうそれだけでは成り立ちませんし、マインドは変わってきていると実感します。これからも苦労は伴うでしょうが、他流試合をたくさん経験して新しいビジョンを考えていく——そういう人たちが報われるような仕組みや制度を、われわれがつくっていかなければならないと感じています。

大澤氏 われわれがこのボトムアップ型の新規事業開発でやりたいことを一言で申し上げれば、「顧客目線に立った分厚い組織をつくること」です。すなわち、徹底的にお客様課題を考えたことがある人、そして乗り越えたことがある人、あるいは失敗でもいいから経験したことがある人、そういう社員がすべての年齢層に介在し、リーダーとして牽引している状態です。これまではプロジェクトを立ち上げても「たまたま良いリーダーが来た」とか、「今度の後任は外れだね」などと言われてきました。でも、もうそんな時代は終わりだと思っています。もちろん新しい事業開発から1億、10億、100億の「弾」が出てくることは大いに期待したいですが、現時点ではそれ以上に、既存事業のプロジェクトチームをも引っ張ってくれるようなリーダー人材が輩出されることを期待しています。

3.今後の挑戦は「飛び地事業」の創出

——ボトムアップ型新規事業開発に期待する成果について伺いました。しかし、やはり企業内新規事業ですから、いずれは「利益を生む」ビジネスとしてスケールも求められます。将来展望をお聞かせください。

中西氏 われわれが目指しているモビリティカンパニー像とは、言い換えれば「すべての人に移動の自由を届ける」ことです。しかし、その正解はまだ誰にも分かりません。これからも暗中模索しながら、それを見つけていかなければいけません。ただ、正解が分からないからこそ「戻るべき原点」が重要となります。当社の場合は、「トヨタフィロソフィー(豊田綱領)」がそれに当たります。当社がビジネスチャンスと捉える事業領域は自動車のみならず、エネルギー・農業・海洋と非常に広範ですが、いずれの領域にしても「誰かのためになれば、結果的に幸せが量産できる」。迷ったらその原点に立ち帰りながら新たなビジネス、サービスをつくっていきたいと考えています。

——MUFGは「世界が進むチカラになる。」というパーパスを掲げられています。今の話を受けて、大澤さんはどうお考えですか。

大澤氏 近年のDXやデータ利活用に関して、徐々にではありますが、一定の成果が出てきています。ただそれらは既存の業務やサービスをリフォームしたに過ぎません。トヨタさんのように、自動車メーカーがエネルギーや発電のことも考えるといった、「完全なる飛び地」で大胆に活動するフェーズには至っていないと感じます。その飛び地を金融業界に置き換えるならば、Web3.0やNFTが台頭する中で広義の金融資産を考え、国内コンテンツカンパニーやユーザーのニーズ・課題を見つけることになるとイメージしています。いずれにせよ「世界が進むチカラになる。」というパーパスにおいて、誰かが進んでゆくことの力になりたいと考え、挑戦していきたいと思います。

——先日、『両利きの経営』のチャールズ・A・オライリー先生と対談しました。彼は「新規事業開発では、ハンティングゾーンを設定せよ」と話していました。今のお話は、それに近い内容だったと感じます。実際にボトムアップ型の新規事業では、「既存事業の枠組みから出ていない」ものから「飛び地過ぎる」ものまで、いろいろなアイデアが出てきます。その取捨選択について、どうお考えですか。

中西氏 事業アイデアを見るとき、われわれが念頭に置いているのは「なぜそれをトヨタがやるのか」です。トヨタは30兆円企業などと言われますが、この先自動車単体で勝負するのは難しくなっています。その意味では、ボトムアップで出てきた事業アイデアをトヨタがどのようにスケールアップさせていくか。今の制度では、まだそこまで至っていませんが、次のフェーズでは、トヨタがやる意義をしっかり見つめて進めていきたいと考えています。

大澤氏 ボトムアップ型でやる以上、参加する人たちには自由にやってほしいというのが本心です。ただ、顧客課題起点でやっていくとなると、中には「金融機関がそれをするのか」というアイデアも出てきます。例えば、昨年度の入賞プロジェクトの1つは、美大を卒業後、なかなか有名になれない作家に対して、われわれの全国の店舗や顧客基盤を活用するようなプラットフォームビジネスでした。顧客課題をえぐり出した、入賞に値するアイデアには違いないのですが、MUFGの中核的なビジネスになるかどうかといえば、中には懐疑的に感じる人もいるかもしれません。しかし、0→1ステージだからそれでいい、というのが今のわれわれが持つべき意識だと感じています。1→10の事業化ステージとなればまた違う評価軸が必要になります。その時は、場合によってはMUFGのネットワークを生かし、私どものお客様の企業に事業をお譲りするような選択肢もあるのではないかと考えています。

——最後に、お二人と同じように新規事業開発を推進している視聴者に向け、メッセージをいただけますでしょうか。

中西氏 新規事業で一番大事なのは、やはり人と人が出会うことです。人との出会いに恵まれ、相手に共感し、相手の心を動かし、最終的には一緒にチーム・組織として同じ方向に向かっていく。それが新規事業開発だと思います。同じ新規事業開発の推進者の皆さまに私からアドバイスできることがあるとすれば、1人で悩まず、いろいろな人と会い、話をして、自分の考えをしっかり共感いただけるよう整理していくということでしょうか。トヨタ自動車には、そんな思いで新規事業を推進するメンバーがどんどん増えていますので、皆さんとともに日本を元気にしたいと思っています。

大澤氏 活動を通じてつくづく感じるのは、「新規事業開発は人を変える。人を成長させる」ということです。何十人・何百人の顧客課題を聞き、ソリューションの有効性をひたすら確かめる。それをただ繰り返しただけで、多くの起案者たちがマインドセットを変え、行動のパターンそのものを変えていきます。より理想的なのは、そうした個々人の成長と、会社としてのパーパスやカルチャーが重なっていくこと。MUFG において、それをリカーリングする(繰り返す、循環する)プロジェクトとして、活動を継続させていきたいと考えています。

——本日はありがとうございました。

登壇者について

大澤 正和

三菱UFJフィナンシャル・グループ 常務執行役員

1991年三菱銀行(当時)入行後、コーポレートバンキング、M&A、個人取引などに国内外で従事。2008年のモルガン・スタンレー宛出資、2013年のアユタヤ銀行の買収・統合に参画。2017年以降は、デジタル企画部長、CDTO(Chief Digital Transformation Officer)、デジタルサービス事業本部長として、約6年間に亘り、銀行およびMUFGのデジタル戦略を担当。2023年4月からは、グループDeputy COO-Internationalとしてアジア戦略を所管。 東京大学法学部、シカゴ大学ロースクール卒業。

中西 勇太

トヨタ自動車株式会社 事業開発本部 本部長

1992年、エンジニアとしてトヨタ自動車入社(セリカ、コロナ、MR-S)。 2000年より事業開発本部へ異動。会社再建から事業計画まで、新規事業の様々な領域を担当(ラグーナ蒲郡の再建、マリーナ事業など)。 2013年よりFグリット宮城大衡LLP代表を務める (東北TMEJ工業地帯のエネルギーマネジメント)。 2020年にトヨタグリーンエナジーLLPを設立。 2022年4月より事業開発本部 本部長就任。

麻生 要一

株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO

大学卒業後、リクルートへ入社。社内起業家として株式会社ニジボックスを創業し150人規模まで拡大。上場後のリクルートホールディングスにおいて新規事業開発室長として1500を超える社内起業家を輩出。2018年に起業家に転身し、アルファドライブを創業。2019年にM&Aでユーザベースグループ入りし、2024年にカーブアウトによって再び独立。アミューズ社外取締役、アシロ社外取締役等、プロ経営者として複数の上場企業の役員も務める。著書に「新規事業の実践論」。

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