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博報堂「AD+VENTURE」・東急「フューチャー・デザイン・ラボ」事務局が語る、新規事業プログラム運営のリアル

0.導入

アルファドライブは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部から識者をお招きし、定期イベントを開催しています。
今回のゲストは、博報堂DYホールディングスの「AD+VENTURE」事務局の大西雅之氏、東急のフューチャー・デザイン・ラボ「社内起業家育成制度」事務局の國枝伸行氏です。
大企業で新規事業創出を支える両者に、新規事業プログラム運営のリアルをお聞きしました。

1. 先進的な2社における公募型新規事業プログラム

 1人目のゲストは、株式会社博報堂DYホールディングスの「AD+VENTURE(アドベンチャー)」事務局の大西氏です。AD+VENTUREは、2010年の経営会議を発端に生まれた、博報堂DYグループの新しいビジネスをインキュベートする「公募型ビジネス提案・育成制度」です。

「単なるアイデアコンテストではなく、選出案件として実際に出資されたビジネスをテストします。正社員と組むことで、正社員でなくても応募できるのも特徴です。また、応募前の、新規事業を考える際のノウハウを学べる研修も用意しています」(大西氏)

 1案件の出資額の目安は、5000万円。応募受付期間は6月中旬〜8月末の2カ月半としています。2020年までの10年間で応募された「ビジネスの芽」は897件、参加人数は延べ1425人に上ります。2020年までに19の事業が誕生しています。

 2人目のゲストは、東急株式会社フューチャー・デザイン・ラボ「社内起業家育成制度」事務局の國枝氏です。社内起業家育成制度は2015年4月に創設され、事業を創造する意欲や能力を有する従業員に対する支援や新規事業創出のスピードアップを図るための取り組みが行われています。

「制度への参加応募は、随時受け付けており(毎月末締めで順次選考開始)、東急および連結子会社の従業員全員が参加できます。チームに関連会社以外のメンバーが参画するのも可能としています。提案領域は『経営理念を逸脱しない分野(制限なし)』としており、かなり幅広いテーマが挙がってきます。これまでの提案カテゴリーの上位は『旅行・レジャー』『生活サービス』『子供・教育』が上位を占めます」(國枝氏)

 2次選考後には社長プレゼンを実施し、最終的な事業化判断が下された後、「起業(会社設立)」もしくは「グループ内事業化」が決定。2020年までに5つの事業が卒業した実績があります。

2. 新規事業プログラムの課題「人材確保」「マンネリ化」への打ち手

 ここからは、アルファドライブの古川央士がファシリテーターとなって行われたパネルディスカッションの内容を振り返ります。

──博報堂DYホールディングスのAD+VENTUREは年1回開催、東急の社内起業家育成制度は随時開催(月1回の選考)となっているそうですね。開催頻度は、千差万別。他社事例ではクオーターごとの開催もあります。まずは開催頻度についてどのように考えているかお話いただけますか。

國枝氏:制度立ち上げ当初のコンセプトは「やりたいことがある人が、やりたいときにやれるように、そしてやりきれるように」でした。何かしらの理由でタイミングが合わずに参加できなければ悔しい思いをすると考え、随時募集としています。ただ、いつでも応募できる状態にしておくとイベント性が薄れるというデメリットがあり、応募件数が減少傾向にあることが1つの課題です。

大西氏:年1回、2カ月半の公募期間としている背景には、広告会社らしいたくらみがあります。期間を限定して区切ることで、キャンペーン的に一気に応募してもらうことを考えています。また、もう1つの重要な理由が、人事との兼ね合いです。年1回にすることで「夏に募集、秋に吟味、冬に審査、春に人事異動」という絶妙なサイクルを描くことができるからです。

──ありがとうございます。さて、ここから本題です。本日は3つのアジェンダをご用意しました。まずは「プログラム運営の苦悩と解決策」。プログラム立ち上げ初期に直面した課題、経年で運営している中で直面した課題、またそれらに対する打ち手についてお聞かせください。

大西氏:AD+VENTURE立ち上げ当初は、2つの課題があったと聞いています。1つは事務局側の人材確保・チームアップです。当初は会社の方針として「既存事業である広告畑の人間による自前での運営」を目標としていました。ところが、よくよく考えてみると「0→1」の新規事業を経験した人間が社内にいませんでした。そこで卒業生を外部に組み入れたり、あるいは中途入社や投資会社から目利きのできる人材を取り込んだりするようになり、徐々に新規事業開発のエコシステムがつくられていきました。
もう1つはマンネリ化への対策です。制度発足当初に盛り上がっても、その後入社してきた新入社員・中途社員はその鮮度を実感できません。近年は20代限定のインセンティブプログラム「ヤングエントリースカラーシップ」を立ち上げるなど、若い社員の心に刺さるような新規プログラムの開設で鮮度を保つようにしています。

國枝氏:当社でもマンネリ化が招く応募件数の減少は、課題になっています。イノベーティブな組織への変革がミッションでもあるため、新規事業の裏話も含めて共有する社内イベントやランチセッション、新規事業経験者のセミナーなどを開催し、啓蒙・啓発活動を行っています。また、3年目から社長プレゼンまで行き着いた案件・チームに対しては、完走したことへの報奨金を出すようになりました。

3. 社内事業化か、法人化か。事業化フェーズの判断ポイント

──2つ目のテーマは「事業としての立ち上げ・育成」について。新規事業開発では後半に当たる「1→10」フェーズでは、どのような育成方針を持っていますか。

國枝氏:一例をお伝えすると、当プログラム1号案件である法人向け会員制シェアオフィスネットワーク「NewWork(ニューワーク)」は、2020年1月に事業部に移管させましたが、2号案件である翻訳・ローカライズ事業「YaQcel(ヤクセル)」は同年5月に事業を終了させています。事業化と撤退、どちらも「卒業」というのがわれわれの育成方針です。特に後者の場合、事業の終わらせ方とともに、起案者の納得度や事業開発から学べたことを認識させることに注力し、終了の判断に至る過程では面談などを通じたコミュニケーションを重ねました。

大西氏:AD+VENTUREは「0→1」に特化したプログラムです。よって、グループ内事業化の場合「1→10」に引き上げてくれるのは、卒業した起案者チームを「買ってくれた先」だと考えます。卒業しても同じ博報堂グループ内であることに変わりはありませんが、「卒業おめでとう、以降は買ってくれた里親のもとで事業成長してください」というのが基本的なスタンスです。しかし、間接業務を事務局が受け持つことになる会社設立となると、別のスタンスをとります。

──新規事業プログラムでは最終的に「社内・グループ内での事業化」と「会社から独立した法人化」の道に分かれます。特に法人化を推奨する際の判断ポイントはありますか。

國枝氏:当社の場合は、基本的に起案者に判断してもらいます。多くの起案者には「社長になってやる!」という野心があると思いますが、実態としての法人化は、大西さんが述べたように間接業務などを引き受けなければならず、事務的リソース負担の面でかなり厳しい。
同時に、これは事務局として甘い親心なのかもしれませんが、起案者にとっても社内にいた方が会社のアセットを活用できるなどのメリットがあります。一方、早い段階から事業部に「嫁入り」させるにしても、新規事業が利益を生み出すには時間もかかります。それらのことから、事業として成功する確度をある程度見極められるまでは新規事業の扱いで進めるのがよいと考えています。

大西氏:AD+VENTUREからの法人化でも、事業移管がうまくいったものもあれば、事業撤退を余儀なくされたものもあります。そうした経験から感じたのは、卓上で事業計画を書き、会社をつくる準備をし、そこでいろいろ見えてきたものをもう一度精緻化し、本当に法人化するべきかを問い直した上で判断させるべきだということ。コロナ禍で社会環境が劇的に変化したことが象徴しているように、法人化前に立てたKPIが現実的かどうか、誰も分かりません。今の状況を見極めた上で判断すべきだと思います。

4. 新規事業の人材発掘・育成・マネジメントをどう考えるか

──3つ目のテーマは「新規事業の人材発掘・育成・マネジメント」です。社内に眠る新規事業人材をどのように発掘していますか。

大西氏:圧倒的熱量を持って応募してくる社員の中には、例えば「なんで広告会社に入ってきたの?」と問いたくなるくらいブロックチェーンに熱を上げている、そんな異能の人材がいます。AD+VENTUREがそうした人材を発見する場になってきていることは確かだと思います。
一方で、そうした異能人材の全てに対してAD+VENTUREの枠組みだけで「経営者経験」をさせるべきか否かは、1つの論点になりつつあります。ブロックチェーンの異能社員は実際にいた社員なのですが、そのときは飛び級的にAD+VENTUREを早期卒業させ、自ら売り込んだ事業会社の事業部門で適切な経営者・メンターを付け、プロジェクト化を推進してもらいました。

國枝氏:発掘に関しては、やり切れていません。例えば、当社人事主催の研修会などでつくられた新規事業提案は、われわれのところに上がってこないケースがあります。今後そうしたところにもアプローチしていきたいと考えています。
育成やマネジメントに関しては、特に現実的な事柄としては、事業化後の燃え尽き症候群を解消したいと考えています。事業化推進には現実的に面倒なことがたくさんあり、そこで行き詰まる社員が大勢います。事業創出を通した人材育成という制度の在り方から考えると、われわれ事務局がもっと起案者チームに入り込み、一緒に悩みながら事業化の壁を乗り越えなければいけないと考えています。

──本日は貴重なお話をいただきありがとうござました。

登壇者について

大西 雅之

株式会社博報堂DYホールディングス 「AD+VENTURE」事務局

1990年博報堂入社、PR局(現:PR戦略局)に配属。得意先の企業広報領域におけるPRコンサルティング業務に従事。 2008年、博報堂DYホールディングスの広報・IRグループに出向、株式市場におけるメディアセクターのIRを学ぶ。2012年、博報堂関西支社に異動、関西経済会のPR業務等を行う。 2016年、再び博報堂DYホールディングスに出向、イノベーション創発センターにて、AD+VENTUREプログラムをGMとして取り仕切る。

國枝 伸行

東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ 「社内起業家育成制度」事務局

2001年に東京急行電鉄株式会社(現・東急株式会社)に入社、メディア事業室に配属。Webコンテンツ事業、コミュニティFM事業立ち上げ、メディアミックス事業等に従事。 2004年に情報・コミュニケーション事業部へ異動し、カード戦略担当に従事。PASMO、東急グループ共通ポイント等の立ち上げを行う。 2009年には東急セキュリティ㈱に出向し、営業部長として個人向けサービス(ホームセキュリティ、キッズセキュリティ等)を担当。 2017年より、経営企画室イノベーション推進課で社内起業家育成制度事務局を担当し現在に至る。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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