Knowledge (ナレッジ記事)

技術先行でも新規事業はできる? LION研究員が自社技術を事業化するまでの紆余曲折ストーリー

0.導入

AlphaDriveは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部から識者をお招きし、定期イベントを開催しています。今回のゲストは、ライオン株式会社ビジネス開発センタービジネスインキュベーション副主席部員の後藤博氏です。後藤氏は、研究所で睡眠改善にまつわる機能性表示食品の研究開発に従事していましたが、あるとき大きな課題に直面し、ビジネスアイデアを大きく方向転換。職業ドライバーの体調を見える化・共有し、安全な運転業務を支援するサービス「コンディションナビ」を生み出しました。メーカー研究職出身であるAlphaDriveの猪谷祐貴が、紆余曲折のストーリーに迫りました。

1.リアルタイムでドライバーの疲労度と漫然運転リスクを把握

 社員一人一人の睡眠から企業の課題を解決し、社員がイキイキと働く職場を実現する。ライオン株式会社が2022年4月21日からサービス提供を開始した「コンディションナビ」は、ドライバーのコンディション(睡眠不足・疲労感など)を見える化し、運行管理者とそれらのデータを共有することで、コンディション起因の事故防止をサポートするサービスです。

 通常、交通事業者におけるドライバーの体調確認は、朝の点呼時に行われます。しかし現実の点呼では、「少し疲れがたまっているけれど、これくらいなら大丈夫かな(ドライバー)」「本人は平気だと言っているので大丈夫かな(管理者)」といった感覚での確認で済ませてしまっていることも多く、客観的にコンディションを把握できていないのが実状です。

 コンディションナビは、リストバンド型デバイスでドライバーの睡眠状態を日々測定し、見える化。管理者もリアルタイムでドライバーの疲労度と漫然運転リスクを把握できるため、ドライバーに休むことを促したり、シフトを調整したりするのに役立てられます。またドライバーに向けては、各自の睡眠状態に合わせた生活改善を専用アプリが提案します。

 生みの親であるライオン株式会社ビジネス開発センタービジネスインキュベーション副主席部員の後藤博氏は、「①ドライバーの睡眠・疲労の見える化だけでなく、改善に向けた生活習慣変容のアドバイスを行う点、②ドライバー任せにせず、点呼を活用しながら管理者と共同でコンディションを整えていけるため、漫然運転リスク時間帯予測や運行アドバイスを提示できる点、③日中の疲労度をリアルタイムに確認できることで、これまでより一歩踏み込んだアドバイスが可能という点が特長です」と説明します。

2.広く浅い課題・ソリューション設定ではお金を出してくれない

 同サービスは、主に旅客・運送業の課題を解決するソリューションですが、初めから今のコンセプトだったわけではありません。

 そもそも後藤氏は、2006年にライオンへ研究職として入社。洗剤・歯磨き剤のプロセス技術開発研究や海外工場立ち上げに従事した後、2017年から同社のある機能性表示食品の開発で「新規事業」を兼任、2020年専任者となりました。

「私は睡眠改善にまつわる機能性表示食品の開発を担当していましたが、顧客の睡眠不具合タイプ(深さ・寝つき)を正確に認識できず、睡眠改善が継続されないという課題に直面していました。そこで、睡眠状態を見える化する技術を開発しました。その技術を使って物販だけの事業から脱却を図り、新たな『物販+サービス事業』を始めることにしたのが、コンディションナビというサービスです」(後藤氏)

 当初は、生産性・職場安全性・全身健康などの顧客課題をターゲットにしたサービスでしたが、「広く浅い課題・ソリューション設定だったため、お金を出してくれる企業はあまり多くありませんでした」と後藤氏は振り返ります。そこで後藤氏は改めて、①ターゲットの絞り込み、②顧客課題の深掘り、③ソリューションの妥当性確認、④実際の企業での受任性確認、⑤有償での受容性・継続性確認を行い、現行のサービスコンセプトに行き着きました。

 具体的には、①として「自社技術で可能な一次効果・二次効果を明確化し、そこから課題の大きそうな分野、マネタイズできそうな分野を定性評価・定量調査で選定」。その結果、労働安全性に課題を抱える業界・企業、とりわけ「旅客・運送業」がターゲットになりました。次に②では、同業界20〜30社へのヒアリングとインタビューを実施。

「ここで、異業種の自分たちがだから気づける潜在的課題が明確になりました。そして③では、設定された顧客課題と自社保有の技術を徹底的に因数分解。顧客課題と自社技術の相性を事細かに検討し、提供ソリューションを考えていきました。これら①〜⑤いずれの流れも必要でしたが、何よりも大事だったのは『解決したい』という意思(will)があったことです」(後藤氏)

3.研究職として事業開発に携わることのメリット

 AlphaDriveイノベーション事業部インサイドインキュベーション・リードの猪谷祐貴はライオンの出身者で、後藤氏と面識があります。猪谷が、研究職として事業開発に携わることのメリットなどについて、後藤氏にお聞きしました。

猪谷:私も後藤さんも研究職採用でした。ライオン入社後は研究所に配属され、技術開発に従事しています。新規事業開発は、顧客起点や社会課題起点が重視されるため、研究職が新規事業開発に取り組むと、「技術はいつ考えるのか?」と困惑しがちです。技術起点のメリットとデメリットについて、後藤さんはどのように考えていますか。

後藤:メリットは、技術に対する明確なエビデンスを持っているため、お客様に自信を持って話せることです。また後工程で技術開発が必要になったときには、バックアップしてくれる部署をすでに持っていることが強みになります。

猪谷:ライオン研究所の専任だったときは、お客様課題やお客様ニーズをどのように確認していたのでしょうか。

後藤:私の研究テーマは「睡眠」でしたが、スタートは「睡眠は大きな社会課題だよね」と漠然と思ったことです。そのため、お客様一人一人のニーズまでは確認していませんでした。ヒアリングも、主には共同研究の関係先などにお声がけすることが大半でした。

猪谷:コンディションナビは、途中で開発プロセスそのものを大幅に見直したとお聞きしています。見直しのきっかけは?

後藤:共同研究の関係先は、最初は「いいですね」とポジティブに反応してくれるものですが、お金を出す段階になったタイミングで、渋めの反応に大きく変わります。それを何度も経験し、「これでは新規事業はうまくいかない」と感じたのがきっかけです。

猪谷:それは「コンディションナビ」のコンセプトも、仕上がっていないタイミングですか?

後藤:そうです。当時はまだ、「睡眠改善」の自社技術を前面に出した設計で、サービス名も「眠りデザイン」でした。今思うと、自己満足的な名称だったと思います。

猪谷:お金を出してくれる顧客候補と、お金の話になると雲行きが怪しくなる顧客候補の違いは、何かありましたか。

後藤:前者は、自発的に自分たちの課題を伝えてくれます。それに対して後者は、共同研究の進め方などに話が終始してしまい、なかなか課題を話してくれません。これは、われわれが顧客の琴線に触れ、課題を聞き出すようなトークができていなかったという反省もあります。

猪谷:研究職の出身者として、私にも思うところがあります。研究職同士で話をすると、「買う、買わない」ではなく「面白い、面白くない」になりがちです。しかし、ビジネスや新規事業では「面白い=買いたい」とは限りません。「買う、買わない」の話は、非常に重要であり、その点が技術起点のデメリットでもあると思っています。

後藤:その通りですね。

猪谷:他にも、技術起点のデメリットはありますか。

後藤:研究に従事した先輩や仲間のことを思うと、開発にかけた時間や人員、お金が自分にとっての足かせとなる場合があります。

猪谷:確かに、研究を引き継ぐと同時に背負うものが出てきてしまいます。

後藤:ピボットすれば、自分を裏切り者扱いする人もいるかもしれません。でも現実にはそのまま続けていても徐々に貧しくなっていくだけだったりします。私の今回のケースも同様で、割り切ってピボットするしかありませんでした。私は、新規事業開発というビジネスサイドに移り、「1年後のゴール」という時間制限があったからこそ、そこに気づけたのだと思います。

4.ルールが整備されていない研究所。いかに問題を乗り越えたか

猪谷:通常、研究所内でのビジネス開発では、ステージゲートのような「ルール」が整備されていないことが多いようです。研究職専任時代の後藤さんも同様だったかと思いますが、ルールがない中でご苦労はありませんでしたか。

後藤:研究職専任時代、一番の苦労は予算をとってくることでした。新しいビジネスを創出したくても予算をつけてもらうのが難しく、いかに既存事業に見せかけて研究開発するか、さまざまな手を使いました。研究所内には新規事業経験者がいないため、予算がとれたとしても、進め方が分かりませんでした。

猪谷:どのように乗り越えたのでしょうか。

後藤:AlphaDriveさんのような新規事業開発のプロに話を聞き、関連書籍も読み、スタンダードを知ることから始めました。

猪谷:新規事業開発の書籍はたくさん出版されていて、素晴らしい内容の書籍も多いです。しかし、読めば万事がうまくいくというわけではありません。「百聞は一見にしかず」と感じられたことが、あったのではないでしょうか。

後藤:一番は「顧客のところへ300回壁打ちに行く」という手法です。率直に「どうやればそんなに行けるのだろう?」と思いました。実際に始めてみても、最初はストレスに感じることもありました。

猪谷:AlphaDriveにも「ヒアリングのやり方が分からない」という悩みが、多く寄せられます。後藤さんは、どうやって克服したのですか。

後藤:私の場合、お客様から(技術の価値を)認めてもらえなかったことが、功を奏しました。それを解決する答えはお客様のところにあるため、話を聞きに行くしかありませんでした。もう1つは、タイミングがコロナ禍だにあったこと。リモートで話を聞ける素地ができたことが大きかったです。

猪谷:環境の変化が、ビジネスモデルを設計していく上で役立ったことはありましたか。

後藤:研究職と新規事業開発の兼任から、新規事業開発の専任に切り替わったことは、大きな後押しになりました。既存事業への逃げ道がふさがれ、やるしかない状態になりました。

猪谷:100パーセント専任で退路を断つからこそ、真剣に考えるようになる。新規事業開発とはそういうものですね。やはり既存事業との兼任だと、本業を理由にものごとが進まなくなったり、起案者が逃げ腰になったりしてしまいがちです。大きな意思決定をするときには、決してためらうことなく「専任」を置くべきでしょう。最後に、研究職が事業開発を行う意義について、後藤さんのお考えをお聞かせください。

後藤:仮説を立て、検証する。研究職は、その繰り返しと言っても過言ではありません。新規事業に不可欠な仮説検証を繰り返し行うことに抵抗がないのは、研究職が事業開発をする上での強みでしょう。

猪谷:私の経験でも、研究職出身者に事業開発を教えると、彼らは「型にはめて、その通りに動かす」ときのパワーがすごい。やり方さえ分かれば、大きな力を発揮してくれると感じています。研究職の皆さんも事業開発に興味を持っていただけると、うれしいです。本日はどうもありがとうございました。

登壇者について

後藤 博

ライオン株式会社 ビジネス開発センター ビジネスインキュベーション 副主席部員

大学院卒業後、2006年にライオン株式会社に入社。 R&D部門で、粉洗剤、界面活性剤、歯磨剤の製造プロセス開発研究に従事。 マレーシアにおける界面活性剤工場の立上げやタイにおける歯磨工場の立上げを行い プロセス設計、設備導入、安全対策等を実施。 業務と並行し労働組合活動において会社の労働環境や新たな制度の導入により 従業員の働きやすさ、イキイキと働ける職場作りを推進。 2017年から機能性表示食品の開発担当となり睡眠改善のための機能性食品開発に携わる中で、 現在のサービスの元となる睡眠の見える化技術・睡眠改善ソリューションの開発に注力。 2020年より社内起業家として睡眠研究を基にした新規事業開発に携わる。

猪谷 祐貴

株式会社アルファドライブ

ライオン株式会社に新卒入社。研究職として歯ブラシ、歯磨剤の開発及び口腔内細菌叢の研究に従事。その後、新規事業として口臭リスクを見える化するサービスの開発をリードした後、2019年に新規事業提案制度「NOIL」初代事務局に就任。事務局兼メンターとして2年間で約200件の応募、8件の事業化案件創出を達成。事務局業務を通じて「ビジネスパーソンに火がつく瞬間」に立ち会うことに大きなやりがいを感じ、2021年1月、株式会社アルファドライブに入社。人づくりに対するWILLが強く、EQPI検査を活用した起業家資質の分析やその発揮のためのコーチングを得意とする。2022年にR&D Incubation Centerを設立し、研究所発のイノベーション創出支援にも注力している。

Download

資料ダウンロード

AlphaDriveの新規事業開発支援に関する各サービスの資料です。
支援概要から事例集まで、幅広くご用意しています。

Contact

お問い合わせ

新規事業開発支援の詳細についてご不明点がございましたら、
ご遠慮なくお問い合わせくださいませ。担当者がご対応させていただきます。