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LIONの研究員が新規事業で「覚醒」 R&D組織がイノベーション創出のハブになるまで

0.導入

 AlphaDriveは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部から識者をお招きし、定期イベントを開催しています。ライオン株式会社のR&D内で唯一、理系出身でない社員も所属する「LION イノベーションラボ」。同ラボは「全社のイノベーションのハブ」という大きなミッションを背負うと同時に、研究員のスキルやマインドセットを醸成する場にもなりつつあります。R&D組織がイノベーション創出のハブになるまでの道のりについて、イノベーションラボ所長の宇野大介氏(株式会社point0取締役、station株式会社 アンバサダー)にお聞きしました。そこには、複数の先進的な取り組みがありました。

1.「R&D組織」と「イノベーションのハブとなる組織」の相違点

 ライオン株式会社の宇野氏は1990年に入社。以来、歯磨剤(歯磨き粉)の開発、クリニカブランドのブランドマネジャー、オーラルケア製品の生産技術開発を担当してきました。イノベーションラボの所長に就任したのは、2018年1月のこと。同社が掲げる「次世代ヘルスケアのリーディングカンパニー」を目指し、新規事業創出をミッションとする同ラボを率いています。ラボに課せられたミッションは「イノベーションの量・質・スピードを高めるための全社のハブになること」「従来の事業部、開発研究所体制を超える『驚きのある』新規事業を創出すること」の2点です。

 ラボを起点とする新規事業創出では、ラボ所属のメンバー自らがテーマの発掘・選定、顧客探し、仮説検証の全てを担当します。これまでアイデアが具現化されたケースには、舌の状態をスマートフォンで撮影すると、口臭リスクをリアルタイムで見える化する「口臭ケアサポートアプリ「RePERO」、専用の機器を使って口腔内から美容ケアを行う「VISOURIRE」などがあります。

 R&D組織とイノベーションのハブとなる組織の大きな違いは、「ゴール、体制、文化の3つにある」と宇野氏は話します。中でも、ラボ立ち上げにあたってこだわったのが「ネットワーク型組織」の構築でした。

 「いわゆるピラミッド型の組織から脱却し、ネットワーク型の組織をつくりました。管理職であろうが新入社員であろうが、テーマを立ち上げた人間がリーダーとなります。『こちらのテーマではリーダーだけど、別のテーマではサポーター』といったように、チームが有機的に組み合わさっている組織にしたいという考えがありました」(宇野氏)

 宇野氏は、立ち上げ当初に以下の3点を宣言したといいます。
①他部署に対して「既存事業に関わる仕事はしません」と宣言。
②メンバーに対して「起業家を目指しましょう」と宣言。
③メンバーに対して「自分(宇野氏)のことを『所長』と呼ぶのは禁止」と宣言。

 それとは別に、ユニークな仕かけとして「デニム生地のハーフコート」をつくりました。
「ラボの拠点は研究開発本部の中にあるため、周りを見渡すと全員が白衣を着ています。でもラボは基本的に研究所内で実験をしません。『従来の枠から飛び出した柔軟な発想』『多様な事業開発が可能だという意識』を浸透させる狙いもあり、このコートをつくりました」(宇野氏)

2.難解なミッションにどう立ち向かったか

 ラボ立ち上げと同時に、先述の「宣言」と「デニム生地のハーフコート」によって、抜本的な意識変革に取り組んだ宇野氏は、その後も複数の先進的な取り組みを実施しています。ここまでの話も踏まえ、AlphaDrive 執行役員の古川央士が「R&D組織がイノベーション創出のハブになるまでの道のり」に迫りました。

──ラボに課せられたミッションに「従来の事業部、開発研究所体制を超える」とあります。これは言うのは簡単ですが、実際に動こうとすると、社内のあつれきが相当あったのではないかと推察しています。直球の質問ですが、実際はどうでしたか。

所長になるに当たって、私のボスにはこのミッションだけを与えられました。私も最初は(あつれきなども推察して)動揺しましたが、会社にはラボの前身部隊となるイノベーションプロジェクトがありましたし、経営層も「このまま、次の100年までライオンが持つとは思えない」という危機感を持っていました。そこでラボ開設を積極的に発信してもいましたので、幸いにして社内調整は難しいことはほとんどありませんでした。ただ、「イノベーションラボだけがイノベーションを考えてればよい」という問題ではありません。もう1つのミッションである「ハブとなること」は、常に意識してきました。

──「ハブとなること」、このミッションは正直、かなり目標が高いと感じます。宇野さんがこのミッションを受け取ったとき、どのように実現していこうと思われたのでしょうか。

私も何をやればいいのかまったく分かりませんでした。そこで、個人としては書籍を読んだりセミナーに行ったりして学び、あとはとにかくみんなと考えました。数値的なKPIは今でも全く存在しておらず、ひとまずは次のステップにつなげる0→1の数を量産することに決めました。上長と握っているのは「どれだけのテーマをつぶしたか」です。新規事業創出の新陳代謝は非常に強く意識しています。

3.技術畑の研究所員に「顧客起点」を浸透させる仕かけ

──既存の研究所が「技術起点」なのに対し、ラボが新規事業創出を担うには「顧客起点」の素養が必要だと思います。ラボのメンバーに顧客起点を浸透させる仕かけをどのように設計されたのでしょうか。

いまだにそのせめぎ合いは続いています。技術起点で開発すると、自分にとって都合のよいペルソナを描いた提案(例:ある技術を使いたいがための提案)をしがちです。しかし新規事業創出においては、そこに「リアルなお客さま」が存在しているから、そのやり方のまま挑めば「人に必要とされない」ものをつくることになってしまいます。
しかし、ライオンはもとより歯磨剤などの消費財のメーカーです。私も研究員時代、ドラッグストアなどで自社商品を購入したお客さまを目撃し喜びを得ていました。逆に、「こんなものは使わない」と駄目出しをすることにより、傷つくことで気付けることもあります。顧客起点を促す仕かけとしては、「できるだけ早いタイミングで利用者からフィードバックを受けて、駄目出しをもらう」ということでしょうか。

──ラボの方針としては「自前技術」にこだわっているのでしょうか。

自社技術へのこだわりは全くありません。自社技術にこだわっていたら、時間がかかって仕方ありませんから。お客さまを見つけ、課題を見つけ、解決策を見つけ、そこに必要な技術が出てきたら、その技術を保有するパートナーを探す。もちろん自社にその技術があれば使えばよいのですが、完全なる自前主義にこだわる必要はありません。

──まさしくオープンイノベーションですね。おっしゃることはその通りですが、ラボは研究開発本部内の組織です。例えば他の研究開発機関であれば、他社技術を使えばそれが新規事業創出に有益だと分かっていても、プライドから二の足を踏んでしまうでしょう。それをやり切れるのがすごいと思います。

4.ライオン「4つの提供価値領域」のエッジ部分を担う

──続いてマインドセットについて教えていただきたいのですが、「ラボ内で仕事をしていると怒られる」というのは本当でしょうか。

本当です(笑)。「こんなところで、何をしているんだ?」と強めに問いかけます。われわれのミッションは新規事業創出ですから、ラボに閉じこもり、インターネット検索をしている場合ではありません。正解を持っているのは、常にお客さま。正解を求めるには、お客さまのところに行くしかありません。

──ラボには、従来の研究開発に携わってきた方も大勢いると思います。営業出身ならば、すぐに行動に移せるかと思いますが、研究開発出身者となればそうもいかないのではないでしょうか。

最初は全員がそうでした。でも、自ら設定したテーマに関する課題を抱える想定顧客のコーポレートサイトの問い合わせフォームからアタックする人間が1人現れ、親戚や同級生のツテをフル活用してヒアリングしようとする人間がまた1人現れ、徐々に外へ出ていこうとするやり方がラボ内に広がっていきました。さらに、しばらく経つと別部署の人間が異動してきたり、新卒の人間が配属されてきたりして、それらが刺激となって意識に変化が起きていきました。私はもとからこのラボには多様性が必要だと考えていましたが、最近はようやくその多様性が生まれてきたと感じます。ラボのメンバーが互いに刺激し合いながら、徐々に顧客起点の意識・行動が広がってきています。

──最後に今後の展望を教えてください。

現在ライオンは会社全体の方針として「オーラルヘルス」「インフェクションコントロール」「スマートハウスワーク」「ウェルビーイング」という4つの提供価値領域を設定しています。先ほどお話した通り、私は「既存事業に関わる仕事はしません」と宣言していますが、既存事業とは別の枠組みでそれら4つの領域の「エッジ」の部分に関わりたいと考えています。一般的な起業家がベンチャーキャピタルの戦略に沿った提案をした方が出資を受けやすいのと同様、社内起業家も会社の戦略に沿った方が出資を受けやすいはず。われわれラボが会社の戦略に沿うことで、ライオンの守備範囲は今よりさらに大きくなっていくでしょう。

──本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

登壇者について

宇野 大介

R&D incubation center長

明治大学農学部卒業後、1990年4月にライオン株式会社へ入社し、約33年間、歯磨剤の製品開発、クリニカブランドのブランドマネージャー、歯磨剤製造プロセス開発、新規事業立ち上げの業務に従事。特に2018年1月に立ち上げた新規事業創出の専門チームであるイノベーションラボでは、所長として目的・組織・文化の3つの視点で従来の研究所とは大きく異なる組織を構築。5年間のマネジメントで約50名の新規事業人材を輩出。新規事業を創る人を創るを生業とすると決め、2023年株式会社アルファドライブにジョイン。好きな事は、読書、ゲーム、SF、アニメ、ウイスキーなどなど。​

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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