0.導入
社内起業家をお招きし、シード期以降の事業開発をケーススタディー形式でご紹介するセミナーシリーズ「どう進めてる? SEED期以降の事業開発」。第二弾は、パーソルグループが運営する新規事業創出プログラムから誕生した、副業マッチングサービス「lotsful」を取り上げます。新規事業における1→10、そして10→100の壁は高く、越えられず断念してしまうことが多い中、lotsfulは2019年のサービス開始からわずか4年で利用企業が1000社を突破するなど、大きな飛躍を遂げています。順調に成長していく事業と断念せざるを得ない事業、そこにはどのような違いがあるのでしょうか。パーソルイノベーション株式会社 lotsful 代表の田中みどり氏に、SEED期以降の事業開発のポイントを共有いただきました。
1.働く力を流動化させる副業マッチングサービス「lotsful」
2019年6月、パーソルグループが運営する新規事業創出プログラム「Drit(ドリット)」から、新たな事業として「lotsful(ロッツフル)」が誕生しました。lotsful は企業側の採用競争の激化に伴う課題と、個人側の自身の培ったスキルを新たなステージで生かしたいというニーズをつなげる副業マッチングサービスです。同サービスを率いる代表の田中みどり氏は、サービスついて「ミッションとして、『可能性を拡げる体験機会を提供し、主体的なエネルギーあふれる人と組織を創る』を掲げています。企業の事業課題に対してハイスキル人材のスキルやノウハウを活用いただくことで、企業と個人の双方がともに成長できる『キャリア副業』の社会実現を目指しています」と話します。
人口減に歯止めがかからない日本にあって、企業の人材確保は深刻な課題です。2030年には、644万人もの人手が不足するという試算もあり、現在の働き方では多くの企業が頭を悩ませることになります。
「一方で、自分のスキルをどのように広げていくか、どうやって新しいことに挑戦していくかという悩みを抱えているビジネスパーソンは多いと思います。そんな働く力をもっと流動化できれば、社会的な人材課題の解決につながると考え、副業という仕組みに注目しました」
ローンチから4年ほどが経過してサービスの企業利用数は1000社を超え、マッチング件数は20000件を突破しています。コロナ禍によるリモートワークの普及や企業の副業解禁の傾向が後押しになっているとはいえ、同様のサービスがある中で順調だといえるでしょう。
「多くの人にご活用いただき大変にありがたいと思っていますが、一方で『自分のスキルを生かせる案件がなかなか見つけられない』という声がまだあるのも事実です。また、そもそも外部人材を活用したことがない企業も多く、企業側に副業を受け入れる体制が整っていないというのが市況感です。この状況は、視点を変えれば副業人材を獲得するチャンスともいえます。そのことをより多くの企業に理解いただくことで、利用数、マッチング件数を高めていきたいと考えています」(田中氏)
2.外部人材を活用して新規事業のスピードに合わせた体制をつくる
ここからは、AlphaDrive執行役員イノベーション事業/アクセラレーション事業担当の加藤隼が、事業化に至る過程などについて田中氏に伺いました。
加藤:現在、lotsfulは35人の体制で運営しており、その半数以上が業務委託や副業のメンバーだとお聞きしています。
田中:マーケティングやエンジニア、デザイナーなど専門的な領域については、当初から業務委託のメンバーにお願いしていました。利用者(企業・個人)からのフィードバックがよくなり、事業として成立するというターゲットやソリューションが見えてきた段階で、一気に組織づくりを行うため、社員をはじめとし、業務委託や副業のメンバーも追加していきました。
加藤:そのタイミングは、どのように見極めたのでしょうか。
田中:利用者の満足度が反映される「継続率」は常に注視していましたが、実際には、企業会員数や新規の決定人数(マッチング数)が毎月のように倍増していったタイミングで、よりリードを獲得するためにも体制づくりを進めていく必要があると判断しました。
加藤:業務委託や副業のメンバーを増やしたのは、どのような意図からですか。
田中:新規事業の事業スピードは速く、必要なタイミングで社員を1から採用したり年に1回などの社内異動では、十分に人材が獲得できません。そこで外部人材の活用を積極的に行っていました。それに、私たちは多様な人材を活用した組織づくりを企業に提供しているわけですから、自身もその実証を行う必要があるという思いもありました。専門性の高いマーケティングやプロダクト開発は積極的に外部の人材に頼り、ビジネスの特性上、営業など顧客課題と向き合うコアな部分は社内で受け持つ、そのように業務を切り分けて進めています。
加藤:ターゲット顧客と、課題・ニーズについても教えてください。
田中:当サービスの顧客は、「個人」と「法人(企業)」です。個人は、副業でスキルを積みたい現役会社員がメインで、「転職まではいかないが、自身のスキルを広げたい。他で試したい」「希望にマッチする副業が見つからない」という課題・ニーズがありました。また、これは事業を進める中で、「本業で役職についていたり、成果を出していいたりしていても、自信がない」という人が結構多く、「自分自身で経験やスキルを言語化して、売り込むことが難しい」という発見もありました。そのような人たちが、副業をきっかけに自信をつけたり、自走して経験やスキルを生かせるようになれば、スタートアップをはじめとした企業に対してもインパクトがあるのではないかと思いました。
加藤:インサイトを掘り起こされているように感じました。起案後の検証段階で見えていて、それを核として事業をつくっていったのでしょうか。それとも立ち上げる過程で、解像度が上がったのでしょうか。
田中:ある程度の仮説はありましたが、実際にはインタビューしたり、事業検証していく中で、だんだん解像度が上がってきた部分は大きいと思います。
3.安易にプラットフォーム化せず深いニーズまで入り込む
加藤:マッチング事業は、企業と個人の両者へアプローチする必要がありますが、どのくらいのグラデーションで事業化を進めていったのでしょうか。
田中:最初は個人のお客様の思いを拾ってそのまま企業にぶつけていたのですが、これは今振り返れば失敗だったと感じています。どれだけ個人のビジョンを語ったとしても、副業先がなければ話になりません。そのことに気づいてからは、企業側がどのようなスキルでどんな稼働条件で働いてくれる人を欲しているかをしっかりとキャッチアップすること、参加企業を開拓することに注力していくようになりました。
加藤:ビジネスモデルや提供価値についても教えてください。
田中:ビジネスモデルは、大きく分けて2つあります。一つは、企業からプロジェクトを受託し、副業人材をマッチングする「タレントマッチング事業」です。もう一つは、副業を活用するための制度設計を支援したり、受け入れだけではなく、自社の副業解禁やグループ内副業の体制を整える支援など、副業にまつわる周辺領域の支援を行う「ソリューション事業」です。
加藤:一般的なマッチングサービスは、プラットフォームを介して個人が直接企業にコンタクトできるケースが多いと思いますが、lotsfulのタレントマッチング事業では、ある意味、貴社が「仲介」する形式をとっています。この形式にしたのは、なぜでしょうか。
田中:確かに、プラットフォーム化した方が、支援数を一気に拡大できるというメリットがあるでしょう。しかし、lotsfulの(人材)ターゲットは、現役の会社員が中心であり、依頼する業務も、単なるタスク切り出しに留まらない、ビジネス領域の中核業務であったりします。そのため、業務のアウトプットが明確でないことも多く、副業人材を上手に活用するために必須である「業務の切り出し」の難易度が高くなります。一方、個人の利用者にとっても、アウトプットが明確でない業務における、自身の経験やスキルにアプローチすることは容易ではありません。そのような課題感から、「仲介」の必要性を強く感じました。
加藤:「ソリューション事業」も、とてもユニークだと感じました。一般的には、プラットフォーム化など、横に広げる(利用者を増やす)ことでスケールすることを考えるかと思います。しかし、あえて、ソリューション事業として、手間がかかるコンサルティングの領域にビジネスを広げられています。
田中:タレントマッチング事業で企業と個人の間に入り、両者の本当に深いニーズや課題がキャッチできたことで、どのような仕組みや制度づくりを進めていけば、双方にとって良い状態になるのかを掘り下げることができました。知見が深まり、コンサルティングできるような力がついてきたタイミングで、ソリューション事業を広げていったのです。
加藤:他の乱立している副業プラットフォームとは一線を画すサービスになっているかと思います。一方、人材紹介事業と競合するポジションですが、競争優位性についてはどのように考えていますか。
田中:私たちが扱っている業務領域は、一般的な人材紹介や採用では苦戦するような領域だと捉えています。「副業という形でなら手伝える」という人材が結構いるのです。
優位性は、もう1点あります。先ほど少し述べましたが、業務の切り出しや外部人材をメンバーに入れたプロジェクト運用は、ノウハウが必要です。そのマッチングだけではなく、その前後をしっかり支援していくことで、優位性を保てているのではないかと思います。
4.事業ごとではなく、社全体としての利益を考える
セミナー視聴者からの質問に応えるQA セッションも行われました。その一部をご紹介します。
──「lotsful では、大半を自前採用で外部からリソース確保しているとのことですが、親会社から許諾を得ることが難しかったのではないでしょうか?
田中:前提として、パーソルは外部人材の活用にかなり理解がある会社であり、その点はそれほど苦労しませんでした。しかし、事業スピードを担保するためにも、年1回の社内公募制度による異動では間に合わないこと、社内で確保できないような人材が必要だということを、親会社に頻繁に伝えていました。
──パーソルはグループ企業内に多数の事業が存在していますが、グループ内の事業のすみ分けやアライアンス連携などは実施されていますか?
田中:パーソルグループには100社以上の企業が存在することもあり、顧客が近いサービスもあります。ただ、きちんとすみ分けていくことは難しいため、パーソル全体としてその領域でしっかりとシェアと取っていくことを意識してサービスを連携させたり、パッケージングして提案したりして協力し合っています。顧客が重なるサービスがあったとしても、お互いの事業にとってプラスがあると判断できれば問題なく進めていくことができると考えています。
登壇者について
田中 みどり
パーソルイノベーション株式会社 lotsful 代表
新卒で株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に入社。 IT・インターネット業界の転職支援領域における法人営業に従事。 2016年より新規事業であるオープンイノベーションプラットフォームeiicon(現:AUBA)の立ち上げを行う。Consulting・Salesグループの責任者として従事し、 サービス企画、営業、マーケティング、イベント企画、経営管理などを幅広く担当。 2019年6月より副業マッチングサービス「lotsful(ロッツフル)」をローンチ、代表を務める。
加藤 隼
株式会社アルファドライブ 執行役員 アクセラレーション事業責任者
2013年、ソフトバンク株式会社に新卒入社。法人営業を主務とする傍ら、新事業スキームを担当顧客へ提案し、同事業の責任者としてジョイントベンチャー(JV)での事業立ち上げを牽引。兼任プロジェクトとして、孫正義氏の次世代経営者育成機関「ソフトバンクアカデミア」にも所属。2016年、株式会社ディー・エヌ・エーに中途入社。メディア領域の事業開発に従事。DeNAと小学館のJVによる事業再建プロジェクトに携わり、Bizサイド広範の戦略策定・実行を推進し、ゼロからの事業再建を牽引。2019年3月、株式会社アルファドライブに入社。累計35社、4000件超の新規事業プロジェクトに対する伴走・審査に携わり、2021年4月にマネージング・ディレクターに就任。2023年1月、執行役員 イノベーション事業/アクセラレーション事業担当に就任。