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総合商社若手エースが新規事業で挑む 農業の物流改革

0.導入

 AlphaDriveは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部から識者をお招きし、定期イベントを開催しています。今回のゲストは、住友商事株式会社のバイオマス原燃料部の仲村将太朗氏と、物流施設事業部の榎本太一氏です。2人は2015年入社という若手ながら同社の社内起業制度で選考を突破し、農業関連物流マッチングサービス「CLOW(クロウ)」の事業化を目指しています。同アイデアはどのように起案され、審査員の心をつかんだのでしょうか。

1.仕事の中で抱いた農業の大きな課題

 仲村氏と榎本氏はともに、2015年住友商事株式会社に新卒入社しました。バイオマス原燃料部に配属された仲村氏は、語学研修制度を通じたブラジル駐在でテクノロジーを活用した同国の最先端農業、とりわけ製糖会社におけるサトウキビ畑の物流効率化システムに感銘を受けます。そして帰国後の2019年、社内起業制度へ応募しました。立ち上げ当初の物流施設事業部で営業・開発調整などに従事していた榎本氏もそこに参画し、2人は最年少で選考を突破しました。現在は共同事業責任者として、同社でCLOW事業の推進に従事しています。
 CLOWは、農業関連物流マッチングサービスであり、「農家から次の目的地への物流」と「民間の農業法人から次の目的地への物流」の2つの物流の改革を目指しています。

「多くの農家さんが自己所有のトラックで生産物を目的地へ運送しています。配送先は1カ所だけでなく、集荷場、直売場、小売店舗などさまざま。忙しい農作業の中で、輸送は大きな負担となっており、中には販路拡大の時間を確保できない農家さんもいます。また民間の農業法人の物流を見ても、A社・B社・C社のそれぞれが配送のために物流会社を個別に手配しています。同じエリアに運送するならば同じ物流会社を手配した方が効率的ですが、既存の仕組みではそれがかないません」
 このように農業物流が抱える課題を2人は指摘します。CLOWでは、出荷者(農家・農業法人)が運んでほしい農作物情報をCLOWのクラウドに一括集約・管理し、同時に物流会社からのトラックの空き情報を集約。それらの情報をもとに最適なルートをAIが策定し、出荷者と物流会社をマッチングする仕組みになっています。
「この仕組み構築により、物流会社が各農家・農業法人を順番に回ってから目的地に配送することが可能となる効率化を実現、配送コスト低減にも寄与すると考えます」

2.共同事業責任者をスカウトした理由

 CLOWはどのように起案され、審査員の心をつかんだのか。AlphaDriveの古川央士が仲村氏、榎本氏とのディスカッションを通して探りました。

──起案・チャレンジのきっかけを改めて教えてください。

仲村氏:CLOW事業の源流はブラジル駐在時代にありますが、世界を変えるようなビジネスをつくりたいという野望はかねて持っていました。その意思が固まったのが入社3~4年目のころです。先々の人生を賭けたチャレンジを考えたとき、外に出て起業する道も選択肢の1つではありましたが、資金・人材・ネットワークが豊富な「住友商事」の名前を使わない手はありません。それが事業化の最短ルートだと考えました。

──榎本さんを誘われた理由は?

仲村氏:新規事業開発に関するいろいろな知識をインプットする中で、CLOWを事業化させるなら「3人」が理想だと考えました。起案者である私、ともに推進してくれる人、そしてテクノロジーに長けた人です。それを考えたとき2人目の「ともに推進してくれる人」として適任だったのが、同期入社で気心も知れ、非常に優秀な榎本でした。一緒に飲みに行く機会があり、そのときにスカウトしました。

──誘われたとき、榎本さんはどのような心境でしたか。

榎本氏:中高で打ち込んだバスケ部が厳しい監督のもとで活動していた反動から、大学では自分の考えやこだわりを優先できる環境を選びました。その大学生活が非常に充実していたこともあり、社会人生活でも「自分の考えやこだわりを形にできる」そんな仕事を選び、住友商事に入社しました。だから、入社後の配属先である物流事業部がまだ立ち上がってもいない、ゼロからの部門だったことも心地よかった。しかし3年、4年と社会人生活が過ぎ、正式な事業部として活動できるようになったころには、すでにある程度達成感のようなものを覚えるようになっていました。そして「自分の考えやこだわりを形にする」という自らのビジョンを振り返っていたタイミングで仲村から声をかけられ、「なるほど、社内起業も悪くない」と思いました。

──とはいえ、住友商事で充実したキャリアを積んでいたわけです。社内起業をせずともキャリアアップしていけそうです。

榎本氏:そうかもしれませんね。僕らは、会社の中では結構浮いた存在です。この選択が本当に正しいのかどうか、本心ではよく分かっていません。自分のキャリアに傷が付く不安も正直あります。でも、まだ若いからこそ失敗してもやり直せます。住友商事の中には、新規事業で失敗してもやり直せるセーフティーネットもあるので、安心してチャレンジできました。

3.「住友商事という大企業がやる理由」を念入りに詰めた

──会社が事業化を採択してくれたポイントは、何だと思いますか。

仲村氏:CLOWは、農業業界・物流業界に風穴を開けるビジネスです。これらの業界は保守的であると同時に伝統を重んじます。話を聞いてもらうためには、社会的信用が必要です。その点、住友商事ならば受け入れてもらえる確率が高まります。ベンチャーによる新規事業だったら、参入の難易度は格段に上がったでしょう。このことも踏まえ、ピッチのときに意識したのは「大企業としてやる意味があるかどうか」。一般的な起業家ピッチならば「私という個人がやる理由」だけを話せばよいと思うのですが、当社の新規事業ピッチの場合は「住友商事という大企業がやる理由」も併せた2軸をアピールできなければいけないと考えました。

榎本氏:もう1つは、タイミングです。農業・物流業界にとってテクノロジー活用による変革が最もホットなトピックだったこと。そこに、私たちの「熱意」が加わったのもポイントです。1分1秒単位で管理したプレゼンの練習もしましたし、ベンチャーキャピタルからの審査員の皆さんのバックグラウンドなども全て調べ上げて、想定質問とその回答も事前にまとめました。念入りに準備しました。

──採択されたポイントとして、大企業としての参入意義、タイミング、熱意の3つが挙がりましたが、「事業性」の部分はどう評価されたと思いますか。

仲村氏:「いけそうなビジネスアイデア」というのは、素人目から見ても世の中に山ほどあると思います。しかしそれが実際のニーズに合致しているかどうかを知っているのは、お客様だけでしょう。そのことが分かっていたので、お客様からの一次データをひたすら集めました。アイデアやプロトタイプをお客様に投げかけ、その反応を集約する。そしてピッチでは「これだけの声が出ています」と言い切ることで、ビジネスとしての確度が高いことを証明できます。それをしっかりとやったことで、事業性を認めてもらえたのだと思います。

──われわれもクライアントに新規事業開発の支援をするときは、普段から「新規事業開発の最初期には、顧客のところへ300回行く」ということを繰り返し言っています。本当に大事なことです。

4.300件超のテレアポを繰り返し、課題当事者のキーパーソンを見つけた

──これまで順風満帆に進めてきた印象を受けますが、検証プロセスにおける苦悩、またその乗り越え方があれば、教えてください。

榎本氏行き詰まったときの2人の合言葉は「自分たちの頭で考えても答えはない」です。お客様のもとへ話を聞きに行くことを至上命題としてきました。しかし農家さんには本業があります。必ずしも手弁当で僕らに付き合ってくれる方ばかりではありません。付き合ってくれる農家さん・農業法人さんを見つけるまでは大変でした。
特に僕らのビジネスは「複数の農家さんの小さいニーズを集約する」ことで物流会社とのマッチングができるというものですから、ある程度の件数を同じエリアで集めなければいけませんでした。1軒1軒の農家さんというよりは、農家さんを取りまとめている団体を中心に、テレアポは300件以上繰り返したと思います。ときには詐欺の電話だと思われることもありました。

仲村氏:仮に「そのアイデアいいね」という方にたどり着けても、その後「一緒にやってみよう」と言ってくれる関係性を築けるとは限りません。情熱ある課題当事者に巡り合うまでは本当に苦労しました。

──快く協力してくれた方々に、何か共通点はありますか。

榎本氏:共通点と言えるかどうかは分かりませんが、良い意味で変わっている方だと思います。ご自身だけが良いと思って終わるではなく、周りの農家さんを巻き込んでいってくれる、そんな方が多いです。そのような方に会えるまで、根気よく続けることが大切なのだと思います。

──キーパーソンに巡り会えるまで頑張り続けるということですね。最後に読者に向けてメッセージをお願いします。

榎本氏:僕らのような起業家は言うことを聞かないし、新規事業創出制度の事務局の皆さんは大変な思いをしていると思います。ある程度放っておいても勝手に前に進んでいきますので、温かい目で見守っていただけたらうれしいです。

仲村氏成長途上で偉そうなことを言える立場ではありませんが、起業家を志望される皆さんにお伝えしたいのは、やはり「やりたいことをやる」のが一番だということです。事業化に死ぬ気で取り組めるか否かは、そこにかかっています。やりたいことを見つけ、道筋を考え、最短ルートを選択していただきたいです。
事務局の方にお伝えしたいのは、「会社のコンプライアンスを侵さない程度に、自由度を確保してあげられるか」だと思います。「300回顧客のところに行く」ということも、大企業のこれまでのやり方ではかないません。事務局が新規事業の枠組みを守ってあげることで、確度は高まると思います。

登壇者について

仲村 将太朗

住友商事株式会社 バイオマス原燃料部

2015年に住友商事株式会社に新卒入社。バイオマス原燃料部でトレーディング、事業投資業務に携わる。2017年より語学研修制度を通じてブラジルに駐在する中で、テクノロジーを活用した先進的な農業現場を目の当たりにしたことをきっかけに、2019年に社内起業制度へ応募し、選考を歴代最年少で突破。現在は事業責任者として「CLOW」事業の推進に従事。

榎本 太一

住友商事株式会社 物流施設事業部

2015年に住友商事株式会社に新卒入社。不動産関連の事業に一貫して携わる。立ち上げ当初の物流施設事業部にて、営業や開発調整等の幅広いビジネス領域の業務を担当。2019年に仲村氏とともに社内起業制度で「CLOW」事業を起案し、同様に最年少で選考を突破。現在は共同事業責任者として、「CLOW」事業の推進に従事。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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