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三井物産グループの「Moon」から生まれた新ビジネス 「Suup」を手がける若手イントラプレナーの仮説検証手法

0.導入

 AlphaDriveは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部から識者をお招きし、定期イベントを開催しています。今回のゲストは、三井物産株式会社のベンチャースタジオ「Moon Creative Lab(以下Moon)」から、新規事業にチャレンジする堀口翔平氏です。入社2年目で、Moonのピッチイベントに応募し、インキュベーション案件として採択。シリコンバレーにて4カ月間、働き方に関するリサーチを経験し、2020年にリモートワークアプリ「Suup」をリリース。そのきっかけとなったMoonの仕組みや、Suupの事業開発時に行った仮説検証手法などについて、お聞きしました。

1.三井物産入社後、同社ベンチャースタジオ「Moon」に参画

 ゲストの堀口氏は大学卒業後に三井物産へ入社し、風力発電事業のファイナンス・事業管理、太陽光発電所の発電効率を可視化するWebサービス「Oh My Solar!」の事業開発・マーケティングなどに従事しました。

「もとは歌手志望でした。高校1年の夏に高校を中退し、3年半、音楽の養成所に通いました。20歳のとき、いったんその夢は横に置き大学へ進学、在学中はアカペラサークルで活動しました。また、就職活動時にキャリアデザインスクールに通い、自己分析やキャリアデザインを学びました。就活後、今度は自分が学生にそれを教える立場になりましたが、活動を通じて『優秀な学生はいるのに、彼らはなかなか将来のビジョンを見つけられない』という課題感を抱き、高等学校向けに社会人出張授業を行う『ANOTHER TEACHER』というプロジェクトを副代表として立ち上げました。こうした経験から、私自身のミッションは『生きる意味や目的を持って前向きに生きる人を増やし、人生を通じた自己実現をサポートすること』だと考えています」(堀口氏)

 堀口氏は三井物産入社後、Moonに出向します。Moonは三井物産100%の子会社で、三井物産グループ4万4000人超の社員・組織からアイデアを発掘し、Moonのエンジニアやデザイナーとともに0→1のビジネス創出に挑戦するベンチャースタジオです。堀口氏は社内公募によるピッチコンテストを通過後にMoonへ参加。シリコンバレーで4カ月間「働き方の未来」に関してリサーチを行った後、2020年2月「Suup」代表として同サービスを立ち上げました(同年10月サービスリリース)。

2.ローカルワークプレイスを、働く全てのビジネスパーソンに

 Suupは全国300カ所以上のテレワークスペースが15分50円から利用できる検索・予約アプリです。
「コロナ禍で急拡大したテレワーク・在宅勤務が増えました。快適に仕事ができている人もいれば、一方で家では集中できない人も大勢います。そこでわれわれは『テレワークをする会社員が家から歩いていけるワークスペースが欲しい、しかし既存のコワーキングは都心ばかりに立地し住宅街にない』という世の中の課題・ギャップに着目しました。コンビニ並みにアクセスのよいローカルワークプレイスを、フリーランスなどに限定せず、働く全てのビジネスパーソンに提供したいと考えています」(堀口氏)

 2021年夏からは、東急電鉄株式会社との取り組みで、住宅エリア駅周辺の空きスペース(例:定期券売り場や博物館だった場所)を活用した無人ワークスペースの展開を開始。各拠点で月間200人以上が利用しています。また、さいたま市浦和区での株式会社ジェイアール東日本都市開発との取り組みでは、駅から徒歩15分の「家近」スペースを提供、「リピート率66%、利用者毎月100%以上増加」を記録しています。

「既存のコワーキングスペースと比較しても、ローカルワークプレイスはターゲット拡大とエリア拡大で格段に市場ポテンシャルが広がります。それこそが、Suupの着目しているオポチュニティーです。一方、私が実現したい未来像はワークプレイスにとどまりません。ジョブ型雇用や副業・複業など、あらゆる働き方の未来に対応したサービスへと成長させていきたい。働くとは、イコール労働ではなく、誰かの役に立って自己実現することです。このビジネスで『生きる意味や目的を持って前向きに生きる人を増やし、人生を通じた自己実現をサポートする』という私のミッションをかなえていきたいです」(堀口氏)

3.Moonで求められるのは「企業内スタートアップ」

 堀口氏は、自らのミッションを強力な動機と原動力にして、今も突き進んでいます。このような若手の高い志と、企業の新規事業開発プログラムがかみ合ったとき、世の中を変えるような新ビジネスが誕生します。堀口氏とMoonのケースではどうだったのか、AlphaDriveの古川央士が伺いました。

──Moonにチャレンジしたきっかけを教えてください。

歌手志望だったこともあり、入社の志望動機は「自分のアイデアを形にし、たくさんの人をハッピーにしたい」でした。当然ながら、新卒からいきなりそれを実行するのは難しいだろうと考えていましたが、最近の若手起業家の活躍に触れるうちに、全部自分1人でできなくても協力を得ながらならできるのかもしれないと思い始めました。ちょうどそのようなタイミングで、Moonが発足しました。1期生として応募し、無事通過しました。

──在籍部門でも多くのことを学べます。そのような中で、入社2年目でのチャレンジはかなり思い切った意思決定だったのではないでしょうか。

そうですね。でも、1期生になれるタイミングだったことと、同期が応募していたことが私を後押ししてくれました。私は、自分の思いに忠実に生きていかないと心がもやもやしてしまう性格です。不安はありました。でも、チャレンジしない方が、リスクが高いと考えました。

──Moonは、企業内の新規事業開発プロジェクトです。事務局・投資家(三井物産、Moon)の期待値の調整、あるいは事業継続のポイントについてどのように感じていますか。

Moonという社内制度において、われわれファウンダーは「(三井物産の)単なる新規事業」ではなく「企業内スタートアップ」という立場です。従って、評価の対象としては、起業家の成長度や学び・インサイトの深さ、粘着性(ユーザーがどれだけ熱狂しているか)、市場の定義、競争戦略・優位性などになります。そうした特性もあり、自分が今どのような「ゲーム」に臨んでいるのかをしっかり理解することが大事だと思いました。スピンアウト時には、起業家自身も出資して株を持つことができる仕組みであり、本当に「自分の人生を注いでいる」という実感があります。自分ごと感が強くなり、それが「もうひと踏ん張り」を支えてくれます。

4.マイナーピボットを繰り返したSuupの成長手法

──Suupの仮説検証の変遷を教えてください。

繰り返しになりますが、Moonで求められるのは短期的な売り上げではなく、あくまで「企業価値」です。そのため「将来この事業がどのくらいスケールするか」を常に考えながら事業検証に臨んでいます。スタートアップでも、最初に取り組んだビジネスがそのままスケールすることはめったにないと思いますが、ピボットを何度も繰り返す点はわれわれも同じです。
Suupの仮説検証は、4フェーズに大別できます。最初のリリースでは、主にフリーランスを対象とした電源付きのおしゃれなカフェの検索・予約アプリとしていました。当時は同様のアプリがすでにたくさんあってうまくいかず、ターゲットを変えてみたりエリアを変えてみたり試行錯誤しました。検証を重ねた結果、今のサービスに着地しています。

──とはいえ、そのときの自分のアイデアやプランからピボットするのはなかなか勇気のいることだと思います。そのピボットを支えたマインドは何だったのでしょうか。

2つあります。1つは、サービス形態に固執せず「こういう人を助けたい」というビジョンさえかなえば手段はなんでもいいと思っていたこと。もう1つは、仮説検証では自分の頭で考えるよりユーザーヒアリングが何より大事だと思っていたことです。目前にあるサービスの在り方に自分が共感できなくなり、助けたい人の課題を解決するプランBを考え続けた、その結果がピボッドだったのです。

──思いとビジョンが助けたい人へ向いていることは、新規事業開発で何より重要だと思います。反対に、自分のやりたかったことや活用してみたかった技術に向いていると、ピボットしにくいものです。

そうだと思います。就職活動の期間にキャリアデザインスクールに通っていた経験もあり、自己分析が私の数少ない強みの一つです。何かと内省するクセがあるため、物事に固執せず、自分の軸を大事にできているのだと思います。

5.企業内新規事業はpremature scalingに陥りがち

──他に、仮説検証時に気を付けたことはありますか。

仮説検証に時間をかけ過ぎないことです。初期検証にお金をかけ過ぎないことはスタートアップの定石ですが、一方で企業の社内新規事業では時間をかけ過ぎても「後戻り」がしづらくなり、結果としてチームの士気を下げます。つまり、仮説検証に時間をかけていると「前はうまくいっていると言っていたのに、話が違う」と、会社側から言われてしまう可能性が高くなります。だから今は、何か制作物をつくらなければいけないとしても、予算に合ったデザイナーを見つけるまで3カ月かかるなら、多少高額でも早めに対応してくれるデザイナーにお願いした方がよいという考えです。その方が、機会損失が少なくなります。過去にお金ばかりを気にして検証が進まなかった苦い経験もあるため、時間とお金のバランス感覚には意識しています。

──社内新規事業は、時間やお金など、多くの制約があるのでその調整も大変ですよね。

「premature scaling」という言葉があります。課題定義もプロダクトも十分ではないままスケールさせようとする「時期尚早のスケーリング」を指しますが、企業内新規事業は、スタートアップよりもこれに陥りやすいと思っています。なぜならば、企業はお金が潤沢だからです。スタートアップなら成長性に説得力がなければ資金調達できませんが、社内新規事業だとその辺が足りなくても予算がとれることがあり、リピート率が低いにもかかわらず無駄に広告費をかけたりしてしまいがちです。サービスのつくり込みもスタートアップならMVPでやろうとしますが、企業はお金があるから「重たい」ものをつくり込む。当然、そうするとピボットもしにくくなります。スタートアップが優れている、と言いたいわけでは決してありませんが、社内新規事業ではその点を意識した方がうまくいくと思います。

──Suupのチームづくりで心がけたことはありますか。

スタートアップと企業内新規事業を比べたとき、体制の在り方にはどうしても違いが生じてしまいます。スタートアップでは「ファウンダー>社員>業務委託」と、上にいくほどコミットの度合いが高くなるのに対し、企業内新規事業のファウンダーは兼務で挑むことが多いため100%コミットが難しく、おのずと社員・業務委託の方の中にコミット度の高い人が出てきます。そうした経験から、ファウンダー・社員・業務委託のような立場を取っ払った「戦略的意思決定に関わるチーム体制」(スライド参照)の必要性を考えるようになりました。まだ道半ばではありますが、前よりもかなり意思決定がしやすくなったと思います。

──これは多くの人にとてもよいヒントになるかと思います。貴重が経験談をお聞きできました。最後に読者に向け、メッセージをお願いします。

まだ偉そうなことを言える立場ではありませんが、少しでも新規事業にご興味をお持ちならば、何かをやってみることが大事だと思います。人の話を聞きに行くのもいいですし、本で勉強するのもよいでしょう。自分のサービスの仮説を紙芝居にして人に見せてみるのもお勧めです。まずは第一歩を踏み出してみると、自分の思いが通じる誰かにつながっていくはずです。

登壇者について

堀口 翔平

Suupファウンダー兼代表

新卒で三井物産に入社。プロジェクト本部にて、風力発電事業会社のファイナンス・経営改善に従事。太陽光発電所の効率を可視化するwebサービスの事業開発・マーケティングなどを経験後、社内公募によるピッチコンテストを通過しMoon Creative Labに出向。当初4か月間、米シリコンバレーにて現地経営者・HR担当役員・有識者などへのヒアリングや、現地でのプロトタイピング、ユーザーヒアリングを通じ未来の働き方についてリサーチ。2020年10月にファウンダー兼代表として、リモートワークプレイス提供サービスSuupをリリース。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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