導入
新規事業開発制度の起案者、そして事務局やメンターが事業の創出に挑む中で、多くの人が抱える悩みや課題がある。その解決のヒントを提供しているのが、新規事業開発支援を行うAlphaDriveの「新規事業よろず相談室」だ。第13回目となる今回のテーマは「カーボンニュートラル×新規事業開発」。さまざまな企業がいま、社会が脱炭素へと向かう環境の変化をビジネスチャンスと捉え、イノベーション創出や新規事業開発に取り組んでいます。しかし、「カーボンニュートラル」というテーマを追いかけることで、定石である「顧客課題起点」から外れ、「テーマ起点」での事業開発になってしまいがちです。相談室に寄せられたお悩みに答えていきましょう。
カーボンニュートラルに直結する事業だけでなく、関連領域にも目を向けよ
お悩み1:課題感の強い顧客を見つけられない
古川:今回のテーマは「カーボンニュートラル×新規事業開発」です。お悩みの1つ目は、昨今のさまざまな世界的情勢もあってか、「脱炭素からコスト重視」への揺り戻しが起こっており、「脱炭素関連で本当に課題感を持っているプレーヤー(顧客)を見つけることができない」という内容です。
麻生:少し前までは「多少コストが上がろうとも、カーボンニュートラルは至上命題」のような機運がありました。しかし、円安や資源高の影響により、そうも言っていられない状態です。世界的にカーボンニュートラルが必要であることに変わりはなく、「課題自体はあるが、それとコスト抑制を両立させるソリューションがない」という状態なのだと思います。
古川:「課題自体はある」というのは本当にその通りだと思います。カーボンニュートラルは世の中を席巻しており、新規事業界隈でもそのキーワードを聞かない日はありません。しかし、多くのケースでは、トップオーダーとして「とにかく対策しろ」と言われていたり、バリューチェーンの上流からそうした圧力がかかっていたりしているだけで、現場レベルでは課題感や熱量が大きくなっていないのでしょう。
麻生:今回の「カーボンニュートラル×新規事業」というテーマの大前提として提示しておきたいのは、カーボンニュートラルは間違いなく超巨大産業になるということです。しかし、同時にまだ黎明(れいめい)期にあるのも事実。質問者は「コストへの揺り戻し」を気にしているということで、おそらく「CO2を排出しない、環境負荷をかけない」ものを調達するような最終施策に近い段階で行き詰まっている印象です。私は、それよりもっと手前の段階や現在の事業活動に目を向けるべきだと考えます。
古川:手前の段階というのは、「もっと上流を見よ」ということでしょうか?
麻生:はい。そもそもカーボンニュートラルとは、CO2などの温室効果ガスの排出量から吸収量・除去量を差し引いてゼロにすることを指します。それは顧客がいる通常のビジネスだけでなく、自社の全ての事業活動も含まれます。つまり、課題の範囲は、資源調達などに関わる部分だけでなく、一人一人の活動にも及んでいます。例えば、一人一人が仕事をしたり通勤したりといった行動からもCO2は排出されているのです。細かな一つ一つを可視化・測定できていないから、「現在排出しているCO2をいつまでに、何トン削減します」という具体に落とせないでいるのです。
古川:語れないから何も進まない、そのような状態とも言えますね。
麻生:質問者の本当のお悩みは、この短文からは明らかではないため、詳細まで言及できませんが、印象として、もっと上流に着目してみてはどうでしょうか。
古川:例えば自動車製造でカーボンニュートラルといえば「EVへの転換」が期待されていますが、その結果、既存のエンジン開発に関わるバリューチェーン全体が危機に瀕するということも起こるかもしれません。これは、まさしく顧客課題です。カーボンニュートラルから副次的に生まれる産業領域や課題領域もきっとたくさんあるはず。私は感覚的に、脱炭素に直接的過ぎる議論・検討が非常に多いと感じており、もっと視野を広げるべきだと思っています。視野を広げれば、顧客課題の種がたくさんあるのではないでしょうか。
顧客課題が曖昧ならば、上流から攻めよ
お悩み2:顧客・課題が定まらず事業案の検討が進まない
古川:次は2人からいただいたお悩み(図の上段と下段)について、お答えします。共通するのは、カーボンニュートラルというテーマの特性からなのか、「技術ドリブン(ありき)」「テーマドリブン(ありき)」で動かざるを得なくなり、「顧客課題の解像度が上がらない」というお悩みです。
麻生:たしかに「カーボンニュートラル」という言葉は、何か言っているようで何も言ってないに等しく、取り扱いが非常に難しいです。
古川:特に「技術ドリブン」のケースですが、自社技術の適用顧客を探すのであれば、まずは国が示す指針などを活用するのがよいでしょう。世界的な重要テーマということもあり、国や各省庁でもかなり情報を整理しています。例えば、経済産業省は昨年、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し、そこでは成長が期待される14分野を挙げています。参考にして、自社が踏み込める領域を探してみることをお勧めします。
麻生:一方で、仮に自社がCO2を削減できる「確固たる技術」を持っている場合はどうでしょう。その場合は、技術の適用先として適した顧客がいたとしても、いざヒアリングに行ってみると、顧客がまだ「その技術を使いたい」と思う段階にまでたどり着いていないことがあります。これも顧客課題の解像度が上がらないケースの1つでしょう。1つ前のお悩みに戻りますが、もっと上流から攻めていき、段々と下流に下ろしていくべきというのが、私の持論です。
古川:時期尚早な場合があるという点は、DXと似ています。DXもまた会社的な戦略・テーマはできているけれど、課題を整理しきれていないケースが多いです。だから顧客に「こういうことができます」と提案しても相手はピンとこない。その場合も「上流から攻める」というアプローチがよいと思います。
麻生:いずれにせよ、このテーマで忘れてはいけないことは、たとえコスト度外視でもカーボンニュートラルに本気で取り組まなければならない時代が「必ずやってくる」ということです。今日時点のゲームのルールでは、環境負荷をかけまくっても営業利益100億円を出す企業が「偉い」と評価されますが、これからは営業利益がその半分でもカーボンニュートラルを達成している企業の方が評価されるようになっていきます。
古川:カーボンニュートラルは、企業の市場評価に直結するようになっていくということでしょうか?
麻生:はい。自社の持つ技術が本当に優れているならば、やがてそれを必要とする企業が山のように現れてきます。それを見越して、現時点で最も先進的な取り組みをしている会社を探し、そこと一緒に事例をつくったり、R&Dを進めたりしておくのも1つのアプローチです。日本企業でも、先進的な会社はすでにカーボンニュートラル宣言を発信しています。そうした企業に、自社の技術をアピールしてみましょう。
古川:カーボンニュートラルは、欧米を中心に海外の方が進んでいる印象です。いきなり海外企業に話を持っていくのは難しいですか? 海外マーケットで顧客開発を進め、日本が追いついてきた時点で日本展開していくというアプローチもありだと思うのですが。
麻生:そのアプローチの成否も、最終的には技術が「本当に優れているのか」にかかっています。グローバルの中でも光る技術であるならば、今すぐにでも海外マーケットが買ってくれるはずです。
カーボンニュートラルは、経営陣のコミットが必要な領域でもある
お悩み3:ターゲット選定? フィービジネス?
古川:3つ目は、自動車リース会社にお勤めの質問者からです。自動車リース事業におけるこれからのビジネスモデルに関するお悩みで、手数料で収益を得る、いわゆる「フィービジネス」の新規事業を検討しているようです。
麻生:状況を整理しながら、見ていきましょう。まず、リース事業ということで、基本的にはBtoBビジネスに該当します。つまり、契約者は法人です。そして、今回のカーボンニュートラルの文脈においては、自社だけでなく、契約法人のCO2排出量を測定・把握した上でサプライチェーン全体のカーボンニュートラルを達成していくことが求められています。これは、リース事業も例外ではありません。
となれば、新規事業どうこうではなく、既存事業のガソリン車両をEV車両に換えておかないと契約してもらえなくなるという段階が、おそらくやってくるでしょう。ここで問題なのは、そのような時代が「いつ」来るのかが明確ではなく、現時点では「まだまだ先」だということ。「今、何をすべきか」という観点では、結構難しい問題かもしれません。
質問者が述べているように、今EV車両に換えたところで、それは自社の売りにはなりません。契約法人の方でCO2の測定を行っているとも考えにくく、ビジネスインパクトを出すことも不可能でしょう。どれくらいでそのような時代が来るのか市場の見立てを行った上で、どういう時間軸で進めていくのか経営戦略を練るのが先決だと思います。
古川:カーボンニュートラルに限らず、「将来的にある顧客課題がかなり高い確率で発生するけれど、今は熱量が高くない。現時点ではビジネスにならない」という領域は、既存の新規事業市場でも結構あります。そういうときは、どのようにアドバイスしていますか。
麻生:例えば、大企業の新規事業開発制度の中で事業案として立ち上がり、「12カ月以内に投資判断しなくてはならない」というケースだと難しいですね。多くの場合、未来の課題に対するイノベーションを誰が起こすかといえば、大企業内新規事業というよりはスタートアップです。彼らは今くらいに創業しておくと上場するのは10年先、その時間軸の中で時代が追いついてくるからちょうどいいのです。
古川:なるほど。
麻生:ただ私が強調しておきたいのは、カーボンニュートラルに関しては、これまでとは次元が違うスピードで物事が進むような気がするということです。10年先ではなく3年先など短い時間軸での変化かもしれません。そうすると、カーボンニュートラルの場合は、事業化に3年くらいかかる企業内新規事業の方が「ちょうどいい」のかもしれないと感じます。
古川:3年後の課題解決ということは、おそらく今は目前に顧客はいないでしょう。しかし課題が全く顕在化していないかといえばそうでもない。だからこそ、ターゲットの検討を進めつつ、3年後の事業化を狙うという感じでしょうか。
麻生:今回のテーマは本当に難しい。いつものよろず相談室で、私たちはボトムアップ型新規事業を推奨しているけれど、カーボンニュートラルにまつわる新規事業は、現時点ではボトムアップ型になりにくく、どちらかといえば、トップダウン型で始まります。しかし、さっき言ったように、今の時点では売り上げが立たたなくても、3年後や5年後の時間軸で考えるしかありません。
インターネット黎明期には、「本当にそのようなビジネスが成り立つのか?」と懐疑的な人が多くても、経営陣がインターネットについて学び、長期的な時間軸で経営戦略を定めて成功した企業がたくさんあります。カーボンニュートラルも、同じような流れになるかもしれません。経営陣の教育が必要な領域でもあると言えます。まずは経営陣向けにアプローチし、会社を動かしていくことが必要かもしれません。
古川:経営陣に危機感を持ってもらうことが必要ですね。
専門技術が社内になければ、産学連携に目を向ける
お悩み4:専門技術が社内になく事業開発が進まない
古川:事業アイデアはあるけれど、専門技術が自社にない。そこで、大学や研究機関を巻き込みたいが、その方法が分からないというお悩みです。これはカーボンニュートラルに限った話ではなく、一般的な新規事業開発にも当てはまる相談でしょう。
麻生:なぜ巻き込めないのか、その理由によって解決策が異なります。
古川:すでに顧客を見つけていて、「ニーズもあり、必ず売れる」状態であれば、大学や研究機関も協力を惜しまないはずです。
麻生:大学や研究機関とのつき合いが過去になく、「話の持っていき方が分からない」ということであれば、産学連携部署に問い合わせるのがよいでしょう。そうした産学連携部署は大学発ベンチャー用の資金を確保していたりもしますし、おそらく前のめりで話を聞いてくれるはずです。
古川:ここまで「すでに顧客を見つけている」という前提で話を進めましたが、そうでないなら顧客を見つけることが先です。顧客の設定があいまいな状態でドアをノックしても、相手に伝わりません。「目の前にこんなに困っている人がいて、皆さんが研究している技術を応用することで課題解決できるかもしれない」と熱弁できる状態に仕上げておく必要があります。
競争優位性のないブルーオーシャン市場だと認識せよ
お悩み5:競合優位性はどのように考えるべきか?
古川:5つ目も2つの質問を並べました。「カーボンニュートラルに関する秀でたアセットが自社になく競合優位性で見劣りする」「カーボンニュートラルには多くのライバルがいるが競合優位性をどのように考えればよいか」というお悩みです。
麻生:答えはシンプルです。まず、カーボンニュートラル市場を小さく捉え過ぎです。先ほども触れましたが、カーボンニュートラルは「インターネット」と同様のインパクトがあります。インターネット黎明期、通信会社は通信網の太さ・通信の速さでしのぎを削っていました。でも、インターネットで恩恵を受けたのは通信会社だけではなく、その通信網の上には巨大な産業が形成されました。いま「インターネットとは無関係です」と言える会社はないでしょう。カーボンニュートラルもそれと同じことが言えます。
古川:そもそもカーボンニュートラルは、競合優位性をそれほど気にする必要はないのではないでしょうか?
麻生:その通りです。しかも、かなりブルーオーシャンだと思った方がよいです。「競合に勝てない」と、競合優位性を理由に二の足を踏む必要はありません。皆さんが考えるべきは、どうしたら巨大なインターネット産業の上に載っているGoogleやFacebookといったアプリケーションを生み出せるか。広い視野でビジネスを考えてください。
古川:カーボンニュートラルの可能性は、無限に広がっていると思います。
Q&Aセッション
以下、その他に寄せられた質問に短くお答えします。
——カーボンニュートラルの事業開発においても、「顧客のところに300回行くべき」なのでしょうか。
麻生:社内起業家としてカーボンニュートラル関連の事業を立ち上げる必要があるなら、他の新規事業開発と基本的な姿勢は変わりません。「顧客のところに300回行け」です。しかし、おそらく「CO2排出量削減のための何か」という事業案にはならないはずです。なぜなら、その課題は顧客の方で顕在化されていないから。本編でもお話したように、カーボンニュートラルは必ずやらなければいけないけれど、まだ課題としての優先順位は高くありません。それよりも上流の課題や、顕在化している周辺の課題にアプローチせざるを得ません。
その意味で、この質問に対する答えは「Yes」なのですが、会社から「自社の技術領域でカーボンニュートラルに直結する何かをつくれ」という課題を設定されているのだとしたら、ボトムアップでは無理でしょう。既存事業のカーボンニュートラル戦略策定から始める必要があるため、顧客のところへ行くより先に、経営陣の教育が必要になります。経営企画室のような動きになると思います。
——カーボンニュートラルと既存事業の関連性を、どのように捉えたらよいでしょうか。
麻生:カーボンニュートラルは、自社の事業活動や、自社に関わるサプライチェーン全体で「温室効果ガスをゼロにする」ということでもあるため、まずは自社周辺での目標を立てなければいけません。しかし、トップから「カーボンニュートラルの新規事業」というお題目が下った途端、社内起業家は「CO2排出を抑制する技術を開発しなければならない」「自社の事業領域に近しいビジネスでカーボンニュートラルとの関連性を考えよう」といった結論に行き着きがちです。しかし、カーボンニュートラル×新規事業とは、そういうものではありません。「自社のカーボンニュートラルトランスフォーメーション」の話と「新規事業開発としての事業開発」の話は分離させるべきであり、それをつなげてしてしまうと、「カーボンニュートラルという冠をつけただけ」という状況に陥りがちになります。
古川:カーボンニュートラルというテーマは、社会全体の関心事であり、ホット過ぎるくらいのキーワードです。「○○をやらなければならない」という圧が常にあり、結果的にカーボンニュートラルは矮小(わいしょう)化されがちです。つくづくDXと状況が似ていると思います。
しかし、DXの議論でも一昔前は「自社のコスト削減の話」「既存事業のビジネスモデルをデジタルシフトしていく話」「デジタルを活用したイノベーションを起こしていく話」が混在してしまい、全てがDXとされていましたが、今は整理されてきました。カーボンニュートラルでも、会社として命題を整理し、そこに参画する人間同士が認識をそろえておく必要があるでしょう。
筆者について
麻生 要一
株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO
大学卒業後、リクルートへ入社。社内起業家として株式会社ニジボックスを創業し150人規模まで拡大。上場後のリクルートホールディングスにおいて新規事業開発室長として1500を超える社内起業家を輩出。2018年に起業家に転身し、アルファドライブを創業。2019年にM&Aでユーザベースグループ入りし、2024年にカーブアウトによって再び独立。アミューズ社外取締役、アシロ社外取締役等、プロ経営者として複数の上場企業の役員も務める。著書に「新規事業の実践論」。
古川 央士
株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO
青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。