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トヨタ自動車「災害救助にドラレコ活用」。新規事業で実感したWillの重要性

0.導入

2023年10月、トヨタ自動車は交通事故や火災など災害時の迅速な救助を目指し、堺市消防局と連携してドライブレコーダー映像を活用する新規事業プロジェクトを開始しました。社員一人の気づきと課題感を起点に生まれた事業案は、社内外に賛同者を増やし、本格的な事業化の手前まで漕ぎつけました。今回の事例セミナーでは、同社の新規事業開発に伴走支援をしているアルファドライブの古川央士がモデレーターを務め、プロジェクトをリードしている小池優仁氏と坪田沙弥香氏に、社会的意義と技術革新を両立させた挑戦について迫りました。

1. ドライブレコーダー映像活用で119番通報を補完し、消防を支援

トヨタ自動車は交通事故死傷者ゼロを目指すため、安全な車両の開発を行っていますが、万が一事故が発生した場合にも、迅速に対応できる体制の構築にも力を入れています。その取り組みの一環として堺市消防局との協力で実施したのが、ドライブレコーダー映像を活用し、火災や事故の現場の状況を迅速かつ正確に把握する実証実験です。

2023年10月から始まったこの実証実験では、堺市消防局の消防指令センターが災害時の119番通報を受けた際、現場の状況を映像で確認する必要があると判断した場合、専用のシステムを使用して周辺を走行中のドライブレコーダーを搭載した車両を検索し、その映像をリアルタイムで確認できるようにしました。今回の実証実験では、協力企業の車両400台にドライブレコーダーを装着し、実施されました。

この実証実験のベースは、新事業企画部事業開発室に所属する小池優仁氏が、トヨタ自動車の社内で毎年実施している新規事業創造プログラム「Breakthrough-Project」で提出したアイデアです。

2012年に新卒でトヨタ自動車に入社した小池氏は、自動車の商品企画に約8年間従事。その後、新規事業を企画する部署に所属し、自身も起案者として2020年度のプログラムに参加しました。小池氏のアイデアは最終選考を通過し、自らプロジェクトリーダーとして、事業化に向けた実証実験を進めています。

小池氏は、このアイデアを事業化する意義について、次のように語ります。

「119通報だけでは正しく把握できないことがある現場状況を視覚的に得ることで、現場到着時間の短縮や部隊の増強判断等が可能になります。また、出場する部隊に正確な情報の事前提供を可能にすることが、安全で効率的な活動のサポートにもつながります」(小池氏)

アイデアのポイントを整理すると、次の3点です。

・事故対応の迅速化…現場の状況をより早く把握し、迅速な対応を可能にする
・救急救助の効率向上…正確な情報に基づく効果的な人的リソースの配分と救急救助活動の最適化
・事故現場の安全性の向上…事前に現場の状況を把握することで、部隊の安全と効率的な活動のサポート

アルファドライブの古川央士は、これまで大企業の新規事業創出や、数千件にのぼる新規事業プラン策定を支援してきた経験をもとに、トヨタ自動車の新規事業創造プログラムの制度設計にも携わっており、小池氏のメンターとして事業化に伴走しています。その古川が「非常に社会的意義が大きい」と話すように、ドライブレコーダー映像の活用は、従来の災害救助の方法に革新をもたらすと、社内外から大きな期待を寄せられています。

2. 幼馴染との再会で得た着想。Willを起点に新規事業に挑む

小池氏が、ドライブレコーダー映像を活用するアイデアを発想するに至ったのは、商品企画の業務に携わっていた経験が土台にあったからだと振り返ります。

「車の商品企画に携わる中で、将来的にコネクティッドカー(※)の時代が訪れる未来を予感しながら、日々商品企画を行っていました。その後、現在の部署へ異動になり、自分でも新規事業のアイデアを模索していた際に、漠然とではありますが、ドライブレコーダー映像のデータを活用することで、さまざまなサービスの可能性が広がるのではないかと考えていました」(小池氏)

(※)インターネットや他の車両、インフラ、デバイスなどと繋がることで、さまざまなサービスや機能を提供する自動車のこと

アイデアの種は日常のひとこまに転がっていました。友人の結婚式に出席したときのこと、同じく出席者だった幼馴染の現役消防士と会話するタイミングがあり、消防のリアルな現状を耳にしたと言います。

「私は大学時代にテレビ局でアルバイトをしており、多くの火災や事故現場に同行した経験があります。消防士の幼馴染との会話で、そのときの現場のリアルな状況が頭に浮かびました。このことをきっかけに、ドライブレコーダー映像を活用し、消防の課題解決に役立つアイデアが生まれました」(小池氏)

ただ、消防の組織がどのような体制なのか、警察とどう違うのかという前提を理解していなかった小池氏。まずは基本的な知識を蓄えて、それから複数の消防士へのヒアリングを重ねてアイデアを具体化したといいます。

「メンターの古川さんをはじめ、アルファドライブの皆さんからは『まず大事なのは意志(will)、そして次に顧客の課題を理解すること』と常に言われていました。この教えに従い、プロジェクトの初期段階から消防士の方々の話を徹底的に聞くことから始めました」(小池氏)

最初に考えていたアイデアは、「消防にとって必要な情報を車が検知して直接送信する」というもの。しかし、消防士から話を聞く中で、消防のリソースにも限りがあるため、「119番通報を起点に必要な映像に絞って受け取る仕組み」のアイデアにピボットしていったとのこと。

現場のニーズを理解し、当初の計画を柔軟に見直すことで、より実効性のあるソリューションを練り上げることに成功。しかし、当時の小池氏は、新規事業創出プログラムを運営する事務局で仕事をしており、どちらかといえば制度設計を考える立場。そのため、自分がプログラムの参加者になることに躊躇する気持ちがあり、最後まで企画書を提出するかどうか迷ったそうですが、結果的に提出を決断したといいます。

3. 堺市消防局との実証実験で学んだ「本音のパートナーシップ」の重要性

小池氏のアイデアをもとに走り出したプロジェクトには、当時、トヨタ自動車のDX変革におけるデータ統合ソリューション企画に携わっていた坪田沙弥香氏がジョインしました。

「ちょうど社外での課題解決にデータを活用する業務を担当したいと考えていたおりに、小池さんと話す機会がありました。実は、阪神・淡路大震災が発生した当時、私は神戸市に住んでおり、大規模な災害における人命救助で映像が果たす重要な役割を目の当たりに。しかし、その時から数十年が経過した現在でも、119番通報は依然として音声情報に依存しており、映像の可能性は十分に活かされていません。このような課題に対して当社の持つアセットを活用できるかもしれない、映像活用を進めることで、もしかしたら1人でも多くの人命救助に貢献できるかもしれないという強い思いから、このプロジェクトの一員となることを決意しました」(坪田氏)

坪田氏はアイデアをかたちにする上で、技術面での課題解決とシステムインテグレーションを担当。小池氏によると「プロジェクトを成功させるためにぶつかることもある」と明かしますが、データ・情報の取り扱いにかけてはエキスパートである坪田氏は力強いパートナーであることに変わりなく、色々なアドバイスを受けながら議論を重ねているそうです。


小池氏が始めた活動は、チームプロジェクトへと少しずつ規模を拡大。トヨタ自動車の製品を納品している消防の関係者や、友人のつてで紹介してもらった消防士に話を聞いてもらうなど、接点を増やしていったとのこと。手探り状態のアプローチではあったものの、小池氏のアイデアに関心を寄せる消防は多かったといいます。

現場の声を集め、ついに「選択した車両のドライブレコーダーの映像を閲覧できるシステム」を開発。2022年12月には、システムの試作品を消防指令センターに入れて最初の実証がスタート。そして、新規事業を提案してから3年が経った2023年10月25日、プロジェクトは次のステージに突入しました。

大阪府の堺市消防局とともに、火災や交通事故などの緊急事案において、市内を走る車両のドライブレコーダー映像を活用する、共同の実証実験を開始しました。

堺市消防局は、堺市、高石市、大阪狭山市に住む92万人の暮らしを守っており、1日に300件近くもの119番通報が入ることから、ドライブレコーダー映像の活用に高い関心を示したそうです。

実証実験では実際の119番通報時に、ドライブレコーダー映像を消防指令センターがリアルタイムで確認できる体制を構築しています。

「バスやタクシー、トラックの会社の皆さまにご協力いただき、約400台のドラレコを活用できるシステム構築し実証実験を進めています。協力を得られた理由は『社会貢献のために一緒に活動しましょう』という思いもありましたが、現地に何度も足を運び、プロジェクトの話だけでなく、日常の雑談も交えながら人間関係を構築できたことが大きいと思います。最初は堺市やトヨタ自動車からの依頼だからと協力してくださっていた方々も、次第に本音で話をしてくれるようになり、堺市民として貢献をしたいという本音を共有していただけるようになりました」(小池氏)

4. 人命を左右する「53秒」を短縮。アジャイル開発でシステムの実用性を強化

実証実験では、想定と異なる事態も発生したといいます。例えば、システムの使い方に関して。消防指令センターのオペレーター向けに分かりやすさを追求した、小池氏いわく「完璧なマニュアル」を作成し、何度も説明会を実施。しかし、なぜか最初の2週間はほとんど使用されませんでした。

毎週現場に赴き、ヒアリングを重ねて利用しづらい原因をリサーチ。アジャイル開発で、週1回のアップデートを行いました。その結果、現場の声を反映したシステム改良や実事案の現場状況をドライブレコーダー映像で確認できたことで価値を実感してもらえたとのこと。

これをきっかけに「意味があるシステムだ」と認知され、使用頻度が向上。現在は400台と車数に限りはあるものの、多いときは1日4件ほど現場の映像を確認してもらえるようになったそうです。

実証実験におけるシステムの構築をリードした坪田氏は、チームを最適な形で維持し、成長させ、生産性を高めることで、ベストプラクティスの構築につなげることを重要視してきたと振り返ります。

「ツールを活用して、われわれの方で消防局の方々の操作を把握し、プロセスを改善するための活動を行っています。具体的には、会議の中で事例を共有した上で、短期間の作業サイクルでシステムを随時改善する体制を整えました」

多様な関係者と効果的にコミュニケーションを取ることがプロジェクト成功の鍵であること、目標に対するステークホルダーの共通理解が重要だという教訓を得たと語る両氏。古川からは「とくに大企業が新規事業に取り組む際に重要な点」として、ガバナンスやリスクへの対応における社内調整に関する質問が投げかけられました。とくにドライブレコーダー映像を活用するため、プライバシーなどの問題は無視できません。この点についても、小池氏はコミュニケーションの重要性を挙げます。

「プライバシー部門や情報セキュリティ部門のメンバーとしっかり議論することを大切にしました。坪田さんの協力もあり、各部門のキーマンと連携して、適切なフィードバックを得てプロジェクトを進めました。専門部門の意見を取り入れながら、上長にも説明できるよう意識して進めたことが功を奏したと思います」(小池氏)

実証実験のフェーズではありながらも、新規事業の意義を実感した出来事があったと明かします。

「道路の端に人が倒れているという通報がありました。しかし、出動指令を出した地点付近を走る車のドライブレコーダー映像を確認しても、倒れている人はいませんでした。さらに、確認を進めていったところ、大きな道へ合流する反対側の側道で倒れている人を発見。現場の部隊に地点が異なることを予め連絡することができました」

結果的に、現場到着までの時間を53秒短縮。わずかな時間に感じますが、救命率に大きく関わるため、53秒早く到着できたということは、大きな成果だったといいます。

5. 「役に立つ」だけでは伝わらない。社会の受容性を重視し、支持される事業へ

現在、プロジェクトはシード期にあり、堺市消防局との実証実験やMVP検証を経て、事業として価値があると判断され、本格的に参入を検討する段階にあるといいます。

また、将来的なビジョンとしては、スマートシティ構想の一環に、ドライブレコーダー映像を活用するシステムを組み込み、公共交通インフラの保護や市民の安全向上に貢献することを目指していると明かします。


「グローバルでは、車両から得られるデータのユースケースが急速に広がっています。とくに公共交通インフラでは、道路状態や危険な運転行為などに関するデータの活用が進んでいます。同様の取り組みへの注目度は国内でも高まっている状況です。ドライブレコーダー映像の活用についても、公共の安全を支える重要なインフラとしての位置づけを強化し、社会的に受け入れるための方策を考えています」(坪田氏)

小池氏は、実証実験で一定の価値を示したものの、「役に立つ」「社会的意義がある」と説明するだけでは伝わらない部分が大きいとのこと。これからも様々な声に耳を傾け、慎重に開発を進めていきたいと語ります。

「社会の受容性調査を行いました。堺市では市民1500人にウェブアンケートを実施し、130名には直接意見を聞きました。多くの方は目的が不明なまま映像が使われることに抵抗を示されていましたが、活用の目的や消防が利用することで消防活動への大きなサポートに繋がることを丁寧に説明すると、9割以上の方から『活用しても良い』との回答を得られました。市民の方により一層ご理解をいただくためにも、正確に、かつ透明性をもって伝えていくことが非常に重要だと実感しました。今後も丁寧な情報発信を継続していきます。」(小池氏)

プライバシーの観点から、ドライブレコーダー映像の活用はデリケートな問題です。しかし、社会的意義の大きさを確信し、一つひとつのハードルを乗り越えるため、丁寧なコミュニケーションで現場に耳を傾けながらシステムを迅速に改善する姿勢こそ、新規事業を成功に導く必須要素ではないでしょうか。

スタートこそ個人の情熱が起点となりましたが、現在は社内の仲間や様々な企業、個人の協力を得て、大きな取り組みへと拡大しています。新規事業の開発に携わる皆様にとって、今回ご紹介したトヨタ自動車の事例は、多くの示唆と学びを提供することでしょう。

「企業内新規事業の事業開発責任者として取り組まれている方」「DX・新技術等、特定テーマ内での事業開発PJTを推進されている方」「新規事業開発プログラムを運営する事務局担当の方」へ。

アルファドライブは今回ご紹介したプロジェクトをはじめ、多くの企業様の新規事業開発をご支援しております。多くの企業様から寄せられたアイデアをもとに、事業化・会社化・製品化を実現するプロセスに伴走させていただいています。

何もないところからアイデアを創出し、事業投資を受けるまでのビジネスプランを作り上げるインキュベーションフェーズ(ゼロイチのフェーズ)と、事業として成功させるプロセスであるアクセラレーションフェーズの両方を支援可能です。新規事業開発のご相談や詳細な情報については、ぜひお問い合わせください。皆様の新たな挑戦を全力でサポートいたします。

登壇者について

小池 優仁氏

トヨタ自動車株式会社 新事業企画部 事業開発室 所属

2012年九州大学を卒業後、トヨタ自動車に入社。 国内の商品企画部門に配属され、コンパクトカーやスポーツタイプの車両の企画を行った後、2019年に新事業を企画する部署へ異動。トヨタの新たな取り組みである月面有人与圧ローバ等の様々なプロジェクトや、社内で公募する新規事業創造プログラム(Breakthrough-Project)の制度設計や審査員、起案チームの伴走などを担当。そして、2020年度に「119通報だけで把握が難しい現場状況を、ドラレコ映像を用いて解決する」アイデアで提案者としてもチャレンジ。 最終選考を通過し現在は事業化に向けて活動中。

坪田 沙弥香氏

トヨタ自動車株式会社 社会システムPF開発部 新事業企画部 デジタル変革推進室

大学卒業後、金融フィナンシャルグループの銀行・カードの様々なプロジェクトの企画開発を牽引。 第1子育児経験を契機に2016年トヨタ自動車に入社。アフターサービス分野のIT企画からトヨタのIT変革、DX企画を推進。 現在は、車両から得られるコネクティッドデータの社外活用サービス企画開発のグループを担当。 データプラットフォームの企画開発、ITアーキテクト専門。 プライベートは2児の母、旅行好きで野湯巡りが趣味。

古川 央士

株式会社アルファドライブ 取締役 兼 COO

青山学院大学卒。学生時代にベンチャーを創業経営。その後、株式会社リクルートに新卒入社。SUUMOでUI/UX組織の立ち上げや、開発プロジェクトを指揮。その後ヘッドクオーターで新規事業開発室のGMとして、複数の新規事業プロジェクトを統括。パラレルキャリアとして、2013年に株式会社ノックダイスを創業。飲食店やコミュニティースペースを複数店舗運営。一般社団法人の理事などを兼任。社内新規事業や社外での起業・経営経験を元に、2018年11月、株式会社アルファドライブ執行役員に就任。リクルート時代に1000件以上の新規事業プランに関わり、10件以上の新規事業プロジェクトの統括・育成を実施。株式会社アルファドライブ入社後も数十社の大企業の新規事業創出シーン、数千件の新規事業プランに関わる。2023年より株式会社アルファドライブ取締役兼COO。

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