Interview (クライアントインタビュー)

Client

松竹

国内のエンタメを牽引する松竹が世界へ。海外の優良コンテンツを発掘するべく新たに携えた、大きな武器とは?

# 事業開発伴走

松竹株式会社は、1895年に創業し、2025年で創業130周年を迎えました。創業当初から歌舞伎の興行を手がけ、数多くの映画作品の製作・配給に携わるなど、日本のエンターテインメント業界を牽引してきました。現在は国内を超え、海外のライブエンターテイメントに進出しようと新たな挑戦をスタートさせています。

海外展開の大きな柱の一つが、ミュージカルをはじめとする世界中の優良コンテンツに出資していくこと。その際の課題は、これまで担当者の感性や経験に頼ってきた「作品の良し悪し」や「ヒットのにおい」を誰でも適切に判断できるよう、明確な評価基準を作ることでした。AlphaDriveはその評価基準の策定と、出資審査のオペレーション構築をサポートしています。

本記事では、松竹の海外事業を推進する楠瀬史修氏、評価基準の策定に携わったAlphaDriveの芳岡あゆみが、これからのライブエンターテイメントの展望や、未来に向けた松竹の挑戦について語り合います。

松竹株式会社 事業開発本部イノベーション推進部 ライブエンタテインメント事業室長 楠瀬史修様

2007年松竹株式会社入社、経理部配属。適時開示・IRを担務。その後、経営企画部や演劇本部にて、歌舞伎をはじめとした日本文化の海外展開や新規事業を担務。2019年からは、オープンイノベーションを活用したコンテンツの開発を経験。2022年にバーチャルプロダクションスタジオに経営参画し、ゲームエンジンを用いた映像制作手法の研究開発を推進。2024年よりライブエンタテインメント事業室にて、最先端技術を活用した鑑賞体験の拡張や、新しいライブフォーマットの開発や事業化に従事。

株式会社アルファドライブ アクセラレーション事業部 リードコンサルタント 芳岡あゆみ

日系コンサルティング会社、リンクアンドモチベーションに新卒入社。新規事業であるモチベーションクラウドの立ち上げメンバーとして営業部に配属され、一貫して中堅・成長ベンチャー企業の組織変革に従事。その後、組織人事領域におけるコンサルティング事業(採用・育成・制度・風土変革)に携わり、リードコンサルタントとして計30社以上の組織変革を実現。同時にインキュベーション事業部にて未上場顧客に対する投資を推進しながら、バリューアップを推進。2024年よりAlphaDriveに参画し、大手企業〜中堅・成長ベンチャー企業における新規事業のアクセラレーション支援に従事。JV設立支援や業界を問わない、1→10フェーズの事業開発に特化をした支援の実績がある。

進化し続ける世界のライブエンターテイメントを学び、吸収していく


──ライブエンタテインメント事業室があるイノベーション推進部では現在、「エンタメの未来を拓き、この国の、娯楽を進める」を合言葉に、新たなチャレンジを進めています。その柱の一つが海外マーケットへの出資ということですが、歌舞伎をはじめ国内の伝統的な興行を手掛けてきた御社が、海外へ打って出ようとしている背景や狙いを教えてください。

楠瀬様:
海外に目を向けた理由はいくつもありますが、一つ大きな目的を挙げるとすると「海外のライブエンターテイメントとの接点をつくること」です。松竹は演劇や映画分野では国内におけるリーディングカンパニーのうちの一社であると言えますが、世界では新しいエンターテイメントがどんどん生まれ、成長している。市場規模も、たとえばアメリカの演劇のライブパフォーマンスの市場規模は約9000億円程度で、日本の市場規模約2000億円を上回っています。

もちろん、単純に比べることはできませんが、そこに出資していくのはビジネスの観点だけでなく、世界のエンタメ業界と接点を持ち、さまざまなことを学ぶという点でも意義があると考えています。

今回AlphaDriveさんには海外への出資にあたり、ベースとなる部分でのご支援をいただきました。

──AlphaDriveの具体的な支援内容については後ほどお伺いするとして、海外展開の具体的な中身をもう少し詳しくお聞かせいただきたいです。現時点で明かせる範囲で、具体的にどんなことをやろうとしているのか教えてください。

楠瀬様:
大きく2つのパターンが挙げられます。1つ目は、アメリカやイギリスのミュージカルを中心に、これからスケールしそうな海外の良質なコンテンツに出資していくこと。そのうえで、日本でどう展開できるかを考えていきます。

2つ目は日本のIPを各国のプロダクションやクリエイターの方と一緒に、現地向けにローカライズさせ、世界中へ届けていくことです。

──つまり、インバウンドとアウトバウンドの両方をやっていくと。

楠瀬様:
その通りです。海外マーケットの出資については、すでに複数の作品に出資しています。その過程でもクリアしなければいけないハードルは多く、学ぶことが多い。非常に良い経験を積み重ねられていると感じます。この経験を活かしながら強固なネットワークを構築し、さらなるタイトルの獲得につなげていきたいですね。

──ちなみに、現時点で注目されているタイトルを教えていただくことは可能ですか?

楠瀬様:
出資した作品について具体的なタイトルは明かせませんが、これまでにない見せ方や演出に工夫を凝らしたミュージカルが増えていて、とても面白い傾向だなと感じています。たとえば、今年のトニー賞で6部門にノミネートされた『Just In Time(ジャスト・イン・タイム)』は、名曲をつなぎ合わせて物語を展開するジュークボックス型のミュージカルでありながら、観客が演出の一部として参加するイマーシブな仕掛けや、ショーアップされたレビュー的な要素も取り入れた、まさに最先端の演出が話題となりました。

今後はこういった有望な作品が注目を浴びる前のトライアウトの段階から私たちが関与して、スケールを追っていきたいと考えています。

課題は「作品の良し悪し」をどう判断するか。誰でも適切に評価できる仕組みづくりが必須だった

──海外への出資にあたり、AlphaDriveに支援を依頼することになった経緯を改めてお聞かせいただけますでしょうか。

楠瀬様:
当時の課題として、出資の判断軸を暗黙知に頼ってしまっているところがありました。特に、作品の良し悪しの判断というのは、どうしても個人の勘や経験、感性に依存せざるを得ない部分があったのです。しかし、それでは投資という重要な意思決定が属人化し、再現性がなくなってしまう。これから海外への出資を積極的に行うにあたっては、勘や経験頼りではなく、評価項目や評価基準を明確に言語化し、誰でも適切な投資判断がスピーディーにできる仕組みを作る必要があると考えました。

──その仕組み作りから支援してくれるパートナーを求めていたと。

楠瀬:
そうですね。ただ、それまで我々とお付き合いのあったコンサルティングファームは、「戦略系」「基幹システム系」など専門ジャンルがかっちり決まっていて、それ以外のことはあまり相談できないイメージがありました。そんななか、AlphaDriveの麻生代表と会話をする機会があり、これまでのコンサルとは違う印象を持ったのです。こうしたジャンルを特定できない、やや幅のある相談に対しても柔軟に対応いただける方たちなのかなと期待が高まり、支援をお願いしました。

──芳岡さんは松竹さんからの支援依頼を、どのように受け止めましたか?

芳岡:
まずは非常にチャレンジしがいのある取り組みだと感じました。先ほど楠瀬様がおっしゃっていた通り、エンターテイメントは勘や経験、あるいは感性などが大きく物を言う世界で、言語化は難しいという考え方が根強くあります。「エンタメはそういうものだし、むしろそれでいい」と考えている会社も多いように思いますが、松竹様はあえてそこにメスを入れようとしている。業界全体を見渡しても他に例のない取り組みだと感じましたし、我々としても挑戦してみたいと。最初にお話を伺った時から、正直できるかどうかは分からないけれど、ぜひご一緒したいという気持ちでしたね。

数字だけでは判断しきれない「作品の可能性」も考慮した評価基準表を作成

──AlphaDriveから提供した、具体的なアウトプットを教えてください。

芳岡:
コンテンツの評価項目、採点基準が言語化された「評価基準表」を作成しました。投資起案(作品)に対して評価者が評価記入を行うシートで、約20項目の評価基準に基づいた定量採点のほか、定性的な評価コメントも記載できるフォーマットになっています。

作成にあたっては海外の評論サイトや論文を読み漁って「作品を評価する際に必要な観点」をリサーチし、それを松竹様に投げて繰り返し議論を交わしました。そのうえで、松竹様が大事にしている価値観や考え方も踏まえながら何度も修正を重ねて、ようやく完成したものです。

また、他にも投資起案をするにあたって必要な事柄をまとめて記入する「起案シート」や、投資審査のオペレーション(起案→評価→意思決定→その後の改善の振り返り)の一連のプロセスを書き起こした資料も作成しています。

──評価基準表を作成するにあたって、どんな点に注力しましたか?

芳岡:
注力した点は大きく3つあります。

  1. 定量と定性のバランス設計にこだわり、「作品の良さ」をすくい上げる構造にした
    エンタメ領域における出資は、数字だけでは評価しきれない「感性」や、作品が持つ「潜在的な力」を含む判断が求められます。そのため、興行収入や権利スコープといった「定量項目」に加え、作品性や演出の新規性、観客への感情的インパクトといった「定性的な価値」を適切に扱える構造としました。定量偏重になれば判断のしやすさは増しますが、可能性の芽を見逃すリスクもあるため、そのバランスには細心の注意を払っています。
  2. 未知・未踏のプロジェクトも評価できるよう、「未来の価値」を測る設計とした
    すでに実績がある作品に加え、これからの挑戦領域や市場創造を目指す企画にも目を向けることを意識しました。たとえば、新しい演出方法によるイマーシブ(没入)体験や非伝統的なフォーマットなど、従来の尺度では評価しにくいコンテンツ。これらに対しても、事業全体への波及効果や学びの蓄積といった観点から投資価値を可視化できるよう、インキュベーション的視点・ノウハウ獲得・ブランド獲得といった独自の評価軸を用意しています。
  3. 一次評価・二次評価の段階設計により、イノベーションの芽を摘まない評価プロセスにした
    出資判断を一足飛びに下すのではなく、まずは多面的な視点から一次評価を行い、そのなかで特定の強みや将来性が光る案件については二次評価でより深く掘り下げる二段構えの設計としました。これにより、「全体的に高得点ではないが、特定の観点で尖っている作品」への投資可能性を残し、リスクを取りながらも合理的な説明が可能な仕組みにしました。新しさに価値を見出し、未成熟の芽を潰さない構造は、この基準設計の核でした。

──楠瀬さんは、AlphaDriveが作成した評価基準表に対して、どのような感想を抱きましたか?

楠瀬:
まず、満足度は非常に高いです。期待していた以上に素晴らしいものを作っていただいたなと。これまでぼんやりとしていた評価の視点がしっかり言語化され、項目として網羅性を持った形で表れていた。モヤモヤしていたものが可視化されたような、気持ちのいい体験でしたね。

これを使えば評価できない作品はない。海外出資に限らず、国内も含めて色んなコンテンツを企画する時のツールとして、普遍的に使えるのではないかと思います。

ちなみに、すでに評価基準表の項目はほぼ脳内にインプットされていますので、たとえば海外の作品関係者と会話する時にも頭の中で体系立てて考えられるようになりました。そういう意味でも、かなり有益なものになっていると感じますね。

松竹映画だけでも2100タイトル以上。日本の知られざる作品を海外へ届ける

──先ほど、海外展開のもう一つの軸として、「日本のIPを各国のプロダクションやクリエイターの方と現地向けにローカライズし、世界中へ届けていくこと」を挙げておられました。こちらも可能な範囲で、現時点での計画を教えてください。

楠瀬:
具体的な計画にはこれから落とし込む段階のため、あくまで現時点での私の頭のなかのイメージとしてお聞きいただければと思います。すでに有名で成熟したコンテンツというよりも、そこまで知名度はないけれど良質な映画やゲームなどの作品を題材に、新しい見せ方や演出で舞台作品として再構築し、上演することもできるのではないかと思っています。

グローバルで波及させていくことができそうな可能性を持った作品は、国内に数多く存在します。これまでに松竹が関わった映画だけでも2100タイトル以上ありますし、旧作のゲームや小説などのなかにも、非常に高いポテンシャルがありながらまだ舞台化されていないものが多数眠っているはずです。そうした優良な題材をいかに発掘できるかが重要ですね。

──舞台化する作品の選定は、海外のパートナーと一緒に進めていくのでしょうか?

楠瀬:
そうですね。もちろん、ある程度はこちらでリストアップしますが、それをたとえば海外の脚本家の方にレビューしてもらい、フィードバックを参考にしながら選定していくやり方がいいのではないかと思います。その方が、日本人にはない、思いもよらない視点や感性で意外な作品をピックアップできるかもしれませんから。

──いずれにせよ、2100以上もの映画タイトルは松竹様が海外で勝負するにあたって大きな武器になりますね。

楠瀬:
我々に限らず、日本は優良なコンテンツの宝庫だと思います。現時点では海外展開となるとどうしても有名な作品が優先される傾向はありますが、まだ知られていない作品を世界に伝えていきたいですね。

ちなみに、松竹の武器でいうと映画タイトル以外にも、大きく2つあると考えています。1つ目は130年の歴史。2つ目は、長く歌舞伎の興行を担っていること。海外では歴史や伝統文化へのリスペクトがある方々にとってはこの2点がとても刺さるようで、初対面の場でも私たちに関心を持っていただくきっかけになっています。まずは松竹という会社自体を知ってもらわないことには話は進みませんし、ビジネスにもつながりません。そういった意味では、最初の入り口として、松竹の歴史や伝統に大いに助けられている部分はありますね。

一期一会を逃さないために、海外とのつながり、パートナーとの信頼関係を保ち続ける

──松竹様の海外への挑戦はスタートを切ったばかりですが、今後の展望を可能な範囲で教えてください。

楠瀬:
展望というより決意表明になってしまいますが、まずはこの取り組みを「継続」していくことが非常に重要だと考えています。良い作品というのは試行錯誤の末に、現れるもので、一期一会といってもいい。続けていないと出会えません。その出会いを逃さないためには、我々が常に海外との接点を持ち、パートナーとの信頼を積み重ね、情報をキャッチアップし続け、なにを届けたいかを考え続ける必要があります。

もちろん企業ですので組織や人は、その時代の変化に合わせて変わっていくと思います。ただ、そうした場合でも、取り組みをしっかりと受け継いでいくことが重要です。その際に、誰が担当になっても適切に作品を評価できる基準や、指標となるシステムをAlphaDriveさんと一緒に構築できたのは大きな一歩。これから海外で戦っていくうえで、非常に大きな武器をいただいたと本当に感謝しています。

※インタビュー内容、役職、所属は取材当時のものです。

執筆・編集:榎並紀行(やじろべえ)
撮影:小野奈那子

Download

資料ダウンロード

AlphaDriveの新規事業開発支援に関する各サービスの資料です。
支援概要から事例集まで、幅広くご用意しています。

Contact

お問い合わせ

新規事業開発支援の詳細についてご不明点がございましたら、
ご遠慮なくお問い合わせくださいませ。担当者がご対応させていただきます。