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【どう進めてる?SEED期以降の事業開発】 NTTドコモから生まれた教育サービス「embot」の育て方

0.導入

社内起業家をお招きし、シード期以降の事業開発をケーススタディー形式でご紹介するセミナーシリーズ【どう進めてる? SEED期以降の事業開発】。第三弾は、株式会社NTTドコモの新規事業創出プログラムから生まれた、プログラミング教育サービス「embot」(エムボット)について、同事業を運営する株式会社e-Craft 代表取締役CEO・額田一利氏に伺います。この新規事業は、最初はNTTドコモの社員だった額田氏が仲間と3人で趣味として取り組んでいたが、小中高でのプログラミング教育が必修となり、サービスに対する社会からの期待が拡大。教育ビジネスという領域特有の難しさの中で試行錯誤しながらも、事業成長の鍵となるインサイトを着実につかみ、成長を続けています。その詳細に迫ります。

1.子どもの好奇心を妨げないプログラミング教育サービス

embot事業は、NTTドコモが実施している新規事業創出プログラムから誕生した子ども向けのプログラミング教育サービスです。

同事業を立ち上げ、子会社「株式会社e-Craft」(2021年8月設立)としてカーブアウトさせた代表取締役CEOの額田氏は、事業について次のように話します。

趣味のボランティア活動として始めたembotについて、こう説明します。

「embotはもともと、私が趣味のボランティア活動として開発したサービスです。一般的なプログラミング教育には、難解な知識が必要であり、せっかくの好奇心や探求心をスポイル(台無しに)してしまう側面がありました。知識がなくても、つくりたいものをすぐにつくれるようにしたい、そう考えて立ち上げました」

embotのサービスでは、パッケージに入っている紙製のロボットを組み立て、モーターやライトなどを配線すれば、すぐにプログラミングでロボットを動かすことができます。プログラミングといっても難しい作業ではなく、タブレットなどの端末を使い、ブロック状に表示される指示を組み合わせるだけ。専門的知識がなくても直感的に楽しめるのが大きな特徴です。

また、決められた設計図通りだけでなく、自ら部品を変更して新しい車をつくるなど、自由にカスタマイズできるのも特徴です。単に「学ばせる」のではなく、子ども自身の創造性を引き出すことで、アイデアは無限に広がります。

embot事業はリリース後徐々に売り上げを伸ばし、総出荷台数3万5000セット超えが見えてきた段階で、NTTドコモの子会社として事業化が決まりました。とはいえ、この事業のゴールは、単にembotを売るだけの「モノ売り」ではないと額田氏は言います。

「現在は多様なサービスを展開して『コト売り』へと事業活動を広げています。例えば、ユーザーのチャレンジを支援するためのコンテンツを月額課金で提供したり、高度なプログラミングにチャレンジしたいユーザー向けにスクール事業を展開したりといった具合です。embotという製品をゲートウェイにして、ゆくゆくは子どもたちが自らサービスを提供しあうプラットフォームを構築できたらと考えています」

2.組織づくりはエンジニアを核に、社外の支援も積極活用

ここからは、AlphaDrive執行役員イノベーション事業/アクセラレーション事業担当の加藤隼が、シード期以降の事業開発をどう進めていけばよいのかという視点で、額田氏にお話を伺います。

加藤:最初は趣味の活動だったものが、ビジネスにシフトした経緯を教えてください。

額田:はい、当初は友人と3人で子どもたちにプログラミングの楽しみを伝えるボランティアのイベントを実施していました。新規事業立ち上げ的な視点でいえば「シーズはあるがニーズがない」状態です。ところが、政府主導でプログラミング教育必修化の方針が打ち出された結果、非常に大きなニーズが生まれ、事業化の話が持ち上がりました。

加藤:事業化の際のチームづくりでは、プログラミングの知識が豊富な人材を集めたのでしょうか。

額田:むしろ、全員がプログラミングの専門家である必要はなく、同じ船に乗るメンバーにはそれぞれの夢と才能があるというスタンスで組織を形成しました。「新しく会社をつくるのであなたが必要です。会社を成長させる中で、共に自己実現しましょう」と声をかけた結果、専門性の高い人や、私が持ち合わせていない能力を有する人たちが集まり、現在の5人のチームになりました。

加藤:現在のサービスを5人で運営しているとは驚きです。役割分担について教えてください。

額田:エンジニア中心のチームにしたかったので、私とCOOが経営を見て、後の3人は、エンジニア2人とセールス周りの統括担当が1人という構成です。開発は、当初から付き合いのある外部のエンジニアにも手伝ってもらっています。また、NTTドコモのカーブアウトである強みを生かし、法人営業などグループのアセットを活用するなど、社外の力を積極的に活用しています。

加藤:事業の核となる開発は自社で回してスピード感を維持しながら、その他は自前にこだわらずに進めていくということですね。

額田:もともと「ものづくりを楽しもう」という思いから生まれたチームということもあり、エンジニアリングの部分は内製で進めたいという思いがあります。また、メンバーの関係性を大事にしたいので、現在は基本的に社員のネットワークを使って採用しています。

3.親会社の法人営業に同行し、地道に提案して販路を開拓

加藤:改めて、embotのターゲットについて教えてください。

額田:大きく ①小中学生(の保護者)のtoC、②教育関係者(公教育、私教育)のtoBの2つです。②について、以前は各地の教育委員会や自治体などの公教育機関が主でしたが、最近は塾や学童保育の場など、私教育の顧客も増えてきました。

加藤:AlphaDriveへの相談にも、教育の領域で事業を行いたいが、toCとtoBいずれで展開すべきか悩んでいるという声があります。

額田:実は当初、①のtoCビジネスはあまり考えていませんでした。特に子ども向けでは大人の感覚は通用しないし、何が売れるのか見当もつかない。そこで、しっかりと下地固めをしながらブランディングをしていこうと考え、toBからアプローチを始めました。

そのころちょうど文部科学省より「GIGAスクール構想」が打ち出され、学校は生徒1人に1台ずつ端末を用意することになりました。そこで、NTTドコモの法人営業にお願いして、学校への営業に同行させてもらい、「タブレットを買ってもコンテンツがないと、宝の持ち腐れです」とembotの紹介をしてまわりました。

そのうちに、「embotのおかげでNTTドコモの端末や回線の契約が取れた」という事例が出はじめ、NTTドコモ社内で「額田という面白い奴がいる」と広まっていきました。

またtoBでは価格も追い風になりました(スターターキットは税込み6,600円)。子ども向けのおもちゃで6,000円は高いが、「教材なら安い」と認識されたのです。他のプログラミング教材には5~6万円というものもありますが、embot はその10分の1です。

加藤:NTTドコモの持つ教育現場への接点を存分に生かせた成果ですが、あくまでembotを売るのは、個別にボトムアップで攻略していったわけですね。事業立ち上げ期のカーブアウトでよく聞くのは、「営業部隊や販売担当が積極的に売ってくれない」という悩みです。その点、額田さんは自ら動いて、小さな成功事例を積み上げていったのですね。

4.親や教師に「子どもが楽しそうな様子」を見せる

加藤:一般に教育関連の事業では、収益を上げることは困難とされています。どのようにクリアしていったのでしょうか。

額田:教育現場の方々にとって、実体のある物品の購入は理解できても、ソフトウエアの購入はイメージしにくい側面があります。そこで、「コンテンツがないと、宝の持ち腐れ」と説得して、まずはembotに触れていただく。その上で「追加のハードウエアを購入しなくても、機能やコンテンツを増やしていけます」と説明して、月額課金へ意識を向けてもらいます。また提案の際は、「お子さんたちに使ってもらってください」とサンプルを渡し、生徒さんが楽しむ様子を実際に見ていただいたことが購入につながっていきました。

また子ども向けビジネスでは、未知のサービスについていくら効果やメリットを説いても、「本当なのか?」と言われてしまいます。半面、ピアノや水泳などの習い事には抵抗がない。すでに広く定着していて信頼感があるからです。

プログラミングも、子どもに習わせて何になるのか、まだ十分に認識されていません。教育熱心でプログラミング学習の必要性を理解している保護者でも、いざ購入となると手が伸びない。そこで「なぜピアノや水泳は、習わせているのですか」と尋ねると、始めた動機は教育的効果や体力づくりでも、いまだに続けている理由は「子どもが楽しそうだから」という。

この経験から、子どもたちがembotで楽しそうに学ぶ姿を見てもらうことが、継続的な利用の入り口になると分かったのです。

加藤:有効なマーケティング/セールス施策として「イベント/研修」を挙げています。なかなか費用対効果を期待しにくい施策にも思えますが、いかがでしょう。

額田:これも「子どもが楽しんでいる様子」を、保護者や教育関係者に見てもらうのが大きな目的です。「どこかの子」ではなく、自分の子どもが目の前で楽しんでいる様子を目にすることには、動画などの宣材の何倍も説得力があると考えています。

その上で、今後プログラミングは大切な分野であり、embotには大きな学習効果があると分かれば、コンバージョン率は一段と上がります。なおイベントは保護者などコンシューマー向けに、研修は学校の生徒向けに出張授業の形で行い、それぞれ成果を挙げています。

加藤:この「イベントや研修はコンバージョン率が高い」という気づきは、どのタイミングで得られたのでしょうか。

額田:初期には、ウェブマーケティングなどでかなり投資しましたが効果が出ず、その後、イベントや研修を展開しながら分かってきました。現在はウェブよりも、アナログマーケティングを重視しています。

ただ要注意なのが、イベントや研修ではアンケートやインタビューを行っていますが、ここには一定の割合で耳障りのいい内容が含まれています。そのため、全てを鵜呑みにすると誤ったインサイトを導き出す懸念がある。私が最も純度の高い一次情報と考えているのは、イベントや研修の場での「観察」です。インタビューやアンケートも行いますが、観察の時間を十分に取ってユーザーの反応を見ています。こうしたことからも、子ども向けのビジネスでは、データだけでは拾いきれない事実が、大きく成否に関わっていると感じています。

加藤:通常のマーケティング手法とはまた異なった視点や発想が、子ども向けビジネスには必要なのですね。本日はどうもありがとうございました。

筆者について

額田一利

株式会社e-Craft 代表取締役CEO

NTTドコモに入社後、先進技術研究所(現クロステック開発部)で基地局におけるエネルギー最適化研究を担当。その後、イノベーション統括部で新規事業(楽器演奏者支援サービス、embotなど)の立ち上げを担当。プログラミング教育であるembot事業をカーブアウトさせ、株式会社e-Craftを設立。

加藤 隼

株式会社アルファドライブ 執行役員 アクセラレーション事業責任者

2013年、ソフトバンク株式会社に新卒入社。法人営業を主務とする傍ら、新事業スキームを担当顧客へ提案し、同事業の責任者としてジョイントベンチャー(JV)での事業立ち上げを牽引。兼任プロジェクトとして、孫正義氏の次世代経営者育成機関「ソフトバンクアカデミア」にも所属。2016年、株式会社ディー・エヌ・エーに中途入社。メディア領域の事業開発に従事。DeNAと小学館のJVによる事業再建プロジェクトに携わり、Bizサイド広範の戦略策定・実行を推進し、ゼロからの事業再建を牽引。2019年3月、株式会社アルファドライブに入社。累計35社、4000件超の新規事業プロジェクトに対する伴走・審査に携わり、2021年4月にマネージング・ディレクターに就任。2023年1月、執行役員 イノベーション事業/アクセラレーション事業担当に就任。

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