東急不動産ホールディングス株式会社は、2019年に社内の新規事業プログラム「STEP」を設立。これまでに4件の事業化を実現しています。
同社では、株式会社アルファドライブ(AlphaDrive)による「インキュベーション支援(制度設計・運用支援)」と「アクセラレーション支援(事業立ち上げ、グロース支援)」を導入しています。
今回は「STEP」事務局の大塚祐貴様と、同プログラムから生まれた新規事業「TQコネクト」起案者の五木公明様にインタビューを実施。同社が新規事業に取り組む背景や、制度設計のポイント、事業化後の成長戦略についてうかがいました。
※本記事では、新規事業創出のための施策を「新規事業プログラム」と表記します
※本記事で記載される役職や内容は、2022年9月の取材時のものです
大塚 祐貴 様
東急不動産ホールディングス株式会社 グループ企画戦略部 企画戦略グループ
五木 公明 様
TQコネクト株式会社 代表取締役社長
川上 裕太郎
イノベーション事業部 イノベーション2グループ ブランディング本部 ブランド戦略グループ アカウント戦略ユニット 企業変革推進本部 アカウントプロデュースグループ
AlphaDrive川上(以下AD川上):まず、「STEP」立ち上げの背景を教えてください。
大塚様:
VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguityの頭文字をとった言葉。先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態を指す)の時代と言われる中、当社も不動産業界の外に出て、デジタル技術を取り入れた新しい事業を展開していかなければいけないという、強い危機感がありました。そのためには、社員一人ひとりが主役になり、自由な発想で新しい事業を生み出す、継続的な「仕組み」をつくることが必要です。そこで2019年、ボトムアップ型の新規事業プログラム「STEP」を立ち上げることにしました。
また「STEP」は新規事業創出だけでなく、東急不動産ホールディングスの精神である「挑戦するDNA」を育む、社内の文化醸成施策としても位置付けています。
大塚様:
実は、当社では過去にも新規事業開発に取り組んだことがあります。
しかし当時は、新規事業に対する社内の知見がなく、事業案をどう評価していいか、運営にどの程度のリソースを割くべきかなど、ルールが整備されないまま進行していました。結果、アイデアが出てきてもなかなか事業化が進まず、中途半端に終わってしまっていたのです。
AD川上:
新規事業開発には「制度設計」が重要ですよね。
大塚様:
はい。今度こそ継続的に事業を生み出す「仕組み」をつくるため、新規事業開発の知見を持つプロの方に制度設計から入ってもらうことにしました。
制度設計から運用・事業化まで、プログラムを一気通貫でサポート
AD川上:
新規事業プログラムを立ち上げるにあたって、なぜAlphaDriveを選んでいただいたのでしょうか。
大塚様:
さまざまな支援企業をリサーチし、実際に提案をしていただいたのですが、AlphaDriveさんの提案内容は非常に緻密で具体的でした。制度設計の項目や、募集時に起こりうる懸念、運営体制やスケジュールなど……これほどの知見を提供してもらえるのなら心強いと感じました。
また個人的には、提案時の「熱量」も印象的でした。担当いただいた川上さんが「麻生要一さん(CEO)、古川央士さん(取締役兼COO)を中心に培ってきたAlphaDriveの知見とノウハウを全て提供します!」とまで言ってくださり、ぜひ私たちの挑戦を支援してほしいと決めました。
AD川上:
ヒアリングの際に、運営事務局の皆さまの熱量が伝わってきましたので、提案時は私も熱量が高くなりましたね。また、ご一緒させていただくからには一時的な支援だけでなく、「STEP」が仕組みとして組織に浸透できるように、より丁寧な制度設計を支援したいと考えました。
ステージごとに検証を行う「ステージゲート法」で設計
AD川上:
「STEP」の制度の特徴は何だとお考えですか。
大塚様:
「ステージゲート法」を採用している点です。
ステージゲート法はその名の通り、事業開発を各プロセス(ステージ)にわけ、ステージごとに検証する機会(ゲート)を設けて、段階的に進める手法です。ステージごとにマーケティングや技術的な視点で調査・検証、フィードバックをしながら事業を開発します。
この方法ですと、段階に応じて投資を行い、事業化の可能性が低いとわかれば速やかに撤退できます。事業を小さく生んで大きく育てることができるのです。
AD川上:
新規事業プログラムの立ち上げには、非常に多くのルールを議論し、制度に落とし込んでいく必要があります。
例えば募集要項ひとつをとっても、「STEP」はチーム制で、東急不動産ホールディングスの社員だけでなく、社外メンバーの参加も認めています。これには「事業開発に必要なチームワークを学んでほしい」という思いが込められています。
また、起案者へのインセンティブも特徴的です。「STEP」では事業案が審査を通過した場合、専門的に取り組めるように「子会社化」して推進します。起案者は子会社の社長になり、一部の株も保有できるように定めています。株という明確な形でインセンティブを受けられることで、起案者が事業の経営者として意思決定に責任を持てるようになることが狙いです。
他にも、制度に関する論点をひとつひとつ洗い出し、制度に組み込んでいきました。事務局の皆さんもかなりご苦労された点ではないかと思います。
大塚様:
加えてスケジュールも非常にタイトでした。AlphaDriveさんの支援が始まったのが6月。それから3カ月で設計を行い、9月に告知。説明会を複数回実施し、10月に応募を締切るとすぐに審査。今思い出しても、本当に大変でした(笑)
AD川上:
審査期間は6カ月。起案チームに対してメンタリングを行いながら事業案をブラッシュアップし、2020年4月の最終審査まで駆け抜けましたね。
皆さん本当に大変だったかと思いますが、その成果もあり「STEP」参加登録者数は250名、応募数106件。五木さんチーム「TQコネクト」が見事に事業化決定しました。2020年以降はコロナ禍によってオンライン開催になったにもかかわらず、毎年着実に新規事業が生まれています。
大塚様:
正直、コロナ禍での開催には賛否がありました。しかしできる限りの方法で続けることで、「STEP」が仕組みとして組織に浸透すると考え、継続を決めました。
また、オンラインでもかなりの部分がカバーできることがわかってきました。どこにいても参加できるようになったことで、より気軽にチャレンジできるプログラムになったと感じています。結果を見ても、初年度から毎年1案件と安定して事業を生み出すことができており、「STEP」が社内に浸透してきたことを実感しています。
離れて暮らす母をサポートしたい。新規事業「TQタブレット」誕生秘話
AD川上:
ここからは、初めて「STEP」を通過し、子会社化した「TQコネクト」についてうかがいます。起案者の五木さん、詳しくお教えください。
五木様:
私たちのチームが起案したのは、高齢者の方がタブレットを通してコールセンターに相談できるサービス「TQタブレット」です。
実はこのサービス、私の実体験から生まれたものです。離れて暮らす母が、しつこい訪問営業に困っていたんですね。そんな時にこのサービスがあれば、タブレットでコールセンターの人に助けを求め、対応してもらえると思ったのです。
AD川上:
「TQタブレット」のアイデアは、「STEP」の審査期間で大きく変化しました。最初は「コールセンターを頼れるタブレット」で、次は「健康相談もできるタブレット」になり、最終審査時には「オペレーター付きのインターネットサービス」となりました。随分ピボットしましたよね。
五木様:
審査期間の半年間は、月に2回川上さんからフィードバックを受けて顧客ヒアリング、ブラッシュアップという作業を繰り返し行いました。いつも厳しいフィードバックで悔しい思いもしましたが、耳の痛いアドバイスほど役に立つものだと思い、何度も何度も考え直しました。
AD川上:
新規事業プログラムでメンタリングを行う時は、参加チームの本気度を見る意味で厳しいフィードバックを行うこともあります。
五木さんのチームの皆さんは、毎回真剣に改善案を検討してくださっていたのが印象的でした。訪問撃退にとどまらず、身の回りのあらゆる相談ができるようになったらうれしいという顧客の言葉を拾って、サービスの中身を改善させてきました。そうすることで、本当に顧客が求めるサービスへと研ぎ澄まされていきます。
改めて、TQタブレットは顧客の声を起点にピボットを繰り返してきた、理想的な事例だと感じます。
事業化後も、ピボットし続けることが事業成長の鍵
AD川上:
五木さんは現在、TQタブレットの事業を進める子会社「TQコネクト」の設立社長となり、事業の拡大に取り組まれています。AlphaDriveでは事業化後も継続的に伴走支援を行っています。
事業化から2年で、実証実験は数百回。「TQタブレット」はさらにピボットし、進化していますね。
五木様:
当初、「TQタブレット」の価値は、高齢者の困りごとを解決するサービスだと考えていました。しかし顧客の声を聞いているうちに「誰かがそばにいてくれる」という安心感こそが価値になっていることを知りました。
当初考えていた「強引な訪問販売の対策」は「何かあったときに、一人でどうにかしなければならない」という心細さからくる一例に過ぎなかったのです。
誰かに連絡ができるという安心感があれば、高齢者の心細さを大幅に低減することができる。そうした発見を経て、「TQタブレット」は「いつでも相談できる人とつながることができるタブレット型サービス」に進化しつつあります。
AD川上:
メンタリングしていると、新規事業は「生きもの」のようだと感じる時があります。顧客のリアクションで、事業の方向性を仮説立てて行ったり来たりさせることで、どんどん成長していくものだと思います。
「社内起業家」の選択肢をすべての従業員へ
川上:
「STEP」は立ち上げ3年が経った今も、毎年50件を超える応募数が集まる状況が続いています。今後の展望をお教えください。
大塚様:
「STEP」が社員にとっての「働きがい」につながる制度になっていってほしいと考えています。20代から60代まで年齢を問わず、全ての社員がキャリアの選択肢に「社内起業家」という道があることを認識してほしいです。
また、これまで当社は「不動産」のイメージが強かったと思います。「STEP」によりデジタル領域の新規事業が誕生していくことで、デジタルに強いイメージも醸成していきたいです。この取り組みは、企業としての魅力を高めていくことにもつながると期待しています。
AD川上:
五木さんは「TQコネクト」の今後をどのようにお考えですか。
五木様:
これからはサービスを拡大していくフェーズです。マーケティング戦略を考えるなどして、顧客開拓のアプローチを模索していきたいです。今後もご支援、よろしくお願いします。
AD川上:
もちろんです。事業を拡大させるための戦略を、一緒に考えていきたいですね。引き続き支援させてください。
プロジェクト担当者:川上裕太郎
執筆:ぺ・リョソン
編集:大久保敬太
写真:曽川拓哉